161 御先祖様
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テンユウ殿下お薦めの書物が届いてから、私とザーラさんはそれぞれが興味のある物を読み進めた。
もちろん読むのは仕事終わり、使節団に戻ってきてからだ。
書庫にいる間は師団長様に依頼された書物の翻訳もしないといけないしね。
使節団にある自室でザーラさんと一緒に読書をしていると、ザーラさんから分からない単語を聞かれることもあった。
ザイデラに来てからそれなりの時間が経ったこともあり、ザーラさんも簡単なザイデラ語なら読める。
とはいえ、人名や地名等の固有名詞や、難しい言い回し等はまだ理解できなかったのだ。
そんな感じで読み進めていたのだけど、あるときザーラさんが読む書物に偏りがあることに気が付いた。
何か興味が惹かれるものがあったのかしら?
気になって尋ねたところ、思いもよらぬ答えが返ってきた。
なんと、ザーラさんは目的があって歴史書を調べていたらしい。
その目的とは、皇帝から剣を下賜されたというテンシャク殿下の御先祖様について調べることだった。
ザーラさんなりに魔法開発の手伝いができないかと考えて、持ち主のことを調べてみようと思ったのだとか。
流石、ザーラさん。
敏腕秘書は目の付け所が違う。
趣味に走った、どこぞの通訳とは大違いだ。
反省したところで、私も一緒に調べることにした。
ザーラさんは遠慮していたけど、二人で調べれば進みも速い。
そして進めた結果、ちょっと気になる記述を発見してしまった。
「険しい顔をして、どうした?」
調べ事の合間、気分転換に内向きの居間でお茶をしていると、通り掛かった団長さんから声を掛けられた。
下げていた視線を上げて団長さんを見ると、微笑んではいるものの、どこか心配そうにこちらを伺っている。
答えようと口を開きかけたところで、私の頬に団長さんの手が伸びた。
そのまま、するりと撫でられてしまい、思わず言葉に詰まる。
以前からこういうスキンシップは偶にあったけど、婚約を公に発表してからは更に増えたような気がする。
元の世界の友人達が話していたのを思い返すに、恋人同士であれば、この程度の触れ合いはよくあることのようだった。
一々照れてしまう私の恋愛経験値は相当に低いのだろう。
しかし、頻度が高くなったからか、最近では徐々に慣れつつもある。
じんわりと頬に熱が集まるのを感じながらも、何とか笑みを返せる程度には。
それなりにいい大人なので、早く慣れた方がいいとは思うのだ。
努力するので、今暫くお待ちいただきたい。
「ちょっと考え事をしてまして」
「考え事?」
恥ずかしい気持ちを誤魔化すように咳払いして、考えていたことを口にした。
聞きながら、団長さんは自然な様子で隣の席に座る。
「テンシャク殿下の御先祖様について調べていたんですけど」
「あぁ。何か調べていると言ってたな」
団長さんの言葉に頷く。
団長さんだけでなく、カイル殿下や師団長様にも剣の持ち主であったテンシャク殿下の御先祖様について調べていることや、判明したことは随時伝えてある。
テンシャク殿下の御先祖様が皇帝から剣を下賜されたのは、御先祖様が【英雄】として任命されたことを祝ってのことだった。
ざっくりと調べたところ、御先祖様が生きていた頃は【英雄】として任命されることは非常に稀で、国を挙げて祝われる程のことだったようだ。
なお、今は先の【英雄】の引退と同時に次の人が任命され、国全体で祝われるようなことはないらしい。
個人的にお祝いの宴を開いたりはするみたいだけどね。
「はい。その関係で今は【英雄】について少し調べていたんです。それで、ちょっと気になることがあって……」
「気になること?」
「えぇ。【英雄】の呼び方なんですけど、今と昔とでは異なるんです」
テンシャク殿下の御先祖様は【英雄】として任命されるだけあり、様々な逸話を持つ方だった。
魔物の大群を武器の一閃で屠ったという話は良い方で、その一閃で山の形が変わったとか、谷ができたとか。
それらの破天荒な逸話の中で御先祖様は別の呼び方で書かれていることがあった。
「何と呼ばれていたんだ?」
「昔は【剣聖】って呼ばれてたみたいです」
口にしながら、思わず遠い目をしてしまう。
逸話の中で度々出てきた【剣聖】という単語。
最初に見かけたときには思わず二度見した。
馴染みがないようで、実はある。
【剣聖】とは、元の世界の漫画やゲームの中で剣の達人のことを指す呼び名だった。
「呼び名から察するに、剣の扱いに秀でた者のことを指すのだろうか?」
「恐らく。私の故郷でもそういう人のことを指す呼び名でしたし」
団長さんの言う通りだ。
漫画やゲームに限った話ではなく、剣道の有段者でそう呼ばれている人がいた覚えがある。
しかし、気になったのは実際のスキルではない。
呼び方そのものというか、そう呼ばれることから推測されることというか……。
「今の【英雄】についてはあまり知らないが、ザイデラの武官にも剣以外の武器を使う者がいるそうだ。それで呼び名が変わったのでは?」
「そうかもしれませんね。でも、気になった理由は他にあるんです」
何故その呼び方に引っ掛かったのか?
漫画やゲームでは【剣聖】と同じような特定の高能力者として【聖女】が出てくることも多かったからである。
誇張されているんじゃないかと思われるような逸話も、【剣聖】が【聖女】と同じような高能力者だとしたら本当にあった話なんじゃないかなとか。
自分のステータスと同様に、御先祖様のステータスの職業欄には【剣聖】って書かれてたんじゃなかろうか? とか。
そんな風に想像してしまう。
魔物の大群を一閃で屠ったなんて、【聖女の術】で黒い沼や魔物を浄化するのと同じことのように感じるし。
考えれば考えるほど妙な共通点を感じてしまい、気になってしまったのだ。
「【聖女】との共通点か……」
「はい。もしかしたら、ザイデラにとっての【聖女】のような存在だったんじゃないかなって」
「なるほど。それで考え込んでいたのか?」
「そうです。後は、何で呼び方が変わったのかとも考えてたんですけど、それはホーク様が仰った通りかもしれませんね」
主に引っ掛かっていたのは【聖女】との共通点についてだけど、呼び方が変わったことも気になることの一つだ。
さっき団長さんが口にした、【剣聖】と呼ばれるような高能力者が剣以外の武器を得意としていたから呼び方を変えたという説はありかもしれないと思う。
他に理由があるとしたら何だろう?
気にはなるけど、理由が魔法開発の役に立つ情報かどうかは分からない。
今は、より魔法開発の役に立ちそうな情報を調べる方に力を注ぐべきだろう。
「【英雄】が【聖女】と同じような存在だったかもしれないって話、魔法の開発に使えるでしょうか?」
「どうだろうか。私には分からないが、ドレヴェス殿なら何らかの切り口を見つけるかもしれない。伝えた方がいいだろう」
「分かりました」
【聖女】の使う術に興味津々な師団長様のことだ。
【英雄】が同じような存在かもしれないって伝えたら、俄然調査に張り切りそうな気がする。
果たして、【英雄】に師団長様が期待するような特徴があるかどうかは謎だけど。
何せ元の呼び名は【剣聖】だし。
けれども、団長さんの言う通り、師団長様には伝えた方が良さそうだ。
善は急げと、団長さんと二人で早速師団長様に気付いたことを伝えに行くことにした。
動き出す私の横顔を団長さんが少し残念そうな顔で見ていたのには、気付かなかった。