160 いざ書庫へ
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今後の方針を決め、引きこもり生活を再開してから一週間が過ぎた頃。
遂に私達は皇宮へと足を踏み入れた。
それというのも、盗難品を探す魔法の開発が暗礁に乗り上げてしまったからだ。
いかな師団長様とはいえ、何の手掛かりもない物を一意に探す魔法を開発するのは無理だったらしい。
一週間程で、これ以上開発を進めることは困難だと師団長様から報告があった。
初めて見る師団長様のギブアップ宣言に、カイル殿下も渋々皇宮へと向かう許可を出した。
そうして足を踏み入れた皇宮は、とても広大だった。
道中見た正門は石造りの巨大な城壁の上に更にザイデラ様式の建物らしき物が載っていて、その建物すらとても大きかった。
近くにありそうな山が実際にはまだまだ遠くにあるときの感じと言ったらいいだろうか。
遠目に見ても縮尺がおかしく感じられたくらい巨大だったのだ。
間近で見たら、驚きのあまり大口を開けて見上げたことだろう。
そんな正門を脇目に私達が乗った馬車は走り、到着したのは正門よりは小さいが、それでも非常に立派な門だった。
聞いたところによると、訪問予定の書庫に一番近い門らしい。
馬車はこの門までしか利用できないらしく、私達一行はここで馬車から降りた。
門の所にはテンユウ殿下がお付きや護衛の人と共に待っていた。
テンシャク殿下に送った訪問伺いの返事では門の所に案内役の人が待っているという話だったけど、どうやらテンユウ殿下がその役を担ってくれることになったようだ。
和やかに挨拶するテンユウ殿下と、主役である師団長様が挨拶をしている後ろで、テンユウ殿下の護衛らしき一人が師団長様に見惚れていたのが印象的だった。
分かる。
師団長様、美人だもんね。
目の保養になるよね。
簡単な挨拶が終わると、テンユウ殿下は早速書庫へと案内してくれた。
道すがら、テンユウ殿下から皇宮について色々聞いた。
皇宮の中には大小無数の建物が存在し、それらは塀や門で区切られているらしい。
建物間の移動では青空の下を歩くことになり、雨の日は大変そうだなと思った。
スランタニア王国とは異なる建築様式を堪能しながら歩き、暫くして書庫に到着した。
書庫は独立した建物で、建物の内外を分ける柵や窓には規則性はあれど緻密な彫刻が彫られていた。
非常に手が込んだ建物だ。
屋根は道中見た他の建物の明るい色の瓦とは異なり、深緑色の物が使われていた。
テンユウ殿下曰く、火除けの意味があるらしい。
師団長様の見立てでは、水属性の魔力を感じられることから、何らかの機能もありそうだという話だ。
そして、書庫とは別に閲覧室が存在した。
閲覧室は書庫の隣にある建物だった。
テンユウ殿下の話では、書庫には膨大な書物が保管されていて、目的の物を探すのも一苦労らしい。
そのため、書庫を管理している人に読みたい本のタイトルや、調べ物の内容を伝えて該当する物を閲覧室に持ってきてもらう形式なのだとか。
なお、今後も書庫に来る際にはテンユウ殿下が案内してくれるらしく、通訳を兼ねて書庫の管理人さんとの橋渡しもしてくれるそうだ。
そうして一通りの説明が終わった後、私達は閲覧室へと案内された――。
「剣についてですが、今日もまだ新しい書物は見つかっていないようです」
「そうですか……」
「すみません。引き続き、探してもらいますので」
ここ数日、毎朝の日課となっているテンユウ殿下からの報告を受ける。
残念ながら、今日も良い報告はなかった。
気落ちしたのが表情から分かったのだろう。
テンユウ殿下が眉を下げて謝った。
「いえいえ! 謝罪の必要はありません。こちらこそ協力していただけて、助かってますから」
テンユウ殿下の謝罪に慌てて返事をする。
だって、謝ってもらう理由はないもの。
テンユウ殿下にしても、書物を探してくれている司書さん達にしても、きちんと職務を全うしてくれているのだから。
「やはり最初に見つけていただいた物以外にとなると、見つかるまでに時間が掛かりそうですね」
「そうですね。探してはいますが、これ以上の情報をとなると剣以外について書かれている書物も当たることになりますので。実際、探索範囲が膨大になり時間が掛かっているようです」
テンユウ殿下を通して司書さん達に探してもらっているのは、盗まれた剣について書かれている書物だ。
皇宮に通うようになって、最初に調べ始めたのが剣についてだった。
剣について書かれている書物は意外にもあっさりと見つかった。
元々皇帝の持ち物だったからか、刀身の形や、鞘や柄等の外装について詳しく記録が残されていたのだ。
では、何故未だに書物を探しているかというと、最初に見つかった書物には魔法の開発に役立つような情報が書かれていなかったからだ。
剣の外装には宝石が使われていたため、それに魔法付与がされているのではないかと期待したのだけど、肝心の魔法付与についての記述は載っていなかったのだ。
ザイデラの魔法事情を鑑みれば、宝石はただの飾りの可能性が高そうだとは師団長様の談だ。
そのため、師団長様が当初考えていた施された魔法付与から剣を探すという案は凍結されることになった。
ただ、帝都の封鎖を解いてもらうためにも、魔法の開発を簡単に諦めることはできない。
他に何か役立つ情報がないか調べ続ける必要はある。
そこで、今まで見つかった以外の書物で盗難された剣について書かれた物がないかを引き続き探してもらっているという訳だ。
何とか良い情報が得られるといいんだけど。
そうは思うものの、調べる方は大変だろうとも思う。
テンユウ殿下が言った通り、探索範囲は膨大で手掛かりも少ない。
ポーションの研究で当てのない探しものをした経験がある身としては、暗中で模索する大変さは容易に想像が付く。
「お手数をお掛けして申し訳ありません」
「それこそ謝られる必要はありません。魔法の開発はこちらが協力をお願いしたことですから」
司書さん達の苦労を偲ぶと自然と頭が下がった。
それに対して、テンユウ殿下は申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
そして、雰囲気を切り替えるためか、視線を閲覧室の奥の方へと向けた。
「ドレヴェス殿は今日も励んでおられますね」
「申し訳ありません。到着してすぐにあの状態で……」
「構いませんよ」
微笑むテンユウ殿下の視線の先には、少し前に見たときと同じ姿勢で師団長様が書物を読み耽っていた。
師団長様の前の机上には、積み上げられた書物や巻物が雑然と置かれている。
本来であれば、テンユウ殿下の対応は調査の責任者となっている師団長様が行うべきだ。
けれども、この所の師団長様はというと、閲覧室に来るなりすぐに書物に向かっていた。
本人曰く、魔法の開発のためのヒントを探しているらしいのだけど、読んでいるのは魔法に関係する事柄が書かれた書物だ。
魔法の開発は建前で、本音は違う所にあると思うのは私だけではないだろう。
そして、集中している師団長様はいくら声を掛けても反応がないというか、あっても空返事だけで一向に動こうとしない。
普段どうやって操縦しているのか、インテリ眼鏡様に聞いておけば良かったと思ったけど後の祭りだ。
テンユウ殿下に対応する人として師団長様がダメとなると、次点に挙げられるのは団長さんだ。
当初、団長さんは礼儀正しく師団長様の非礼を詫びて、代わりにテンユウ殿下の相手をしていた。
それが、いつの間にか私が応対するようになったのは、テンユウ殿下が私に声を掛けてくるようになったからだ。
研究所で共に状態異常回復用のポーションの開発を行っていたので、私の方が声を掛けやすいのかもしれない。
「ドレヴェス殿はすっかりザイデラ語を学ばれたようですね」
「完璧ではないと言っていましたが、必要な言葉は覚えたそうです」
「それでも、この短期間で専門書を読めるようになるのは素晴らしいと思います」
テンユウ殿下の言葉に頷くしかない。
短期間でザイデラ語を理解できるようになっているのは、本当に凄いと思う。
相変わらず、専門のこととなると凄まじい能力を発揮するわよね。
魔法に関する書物を読み始めて最初の頃は私が横に付いて口頭で翻訳していたのだけど、少し経つと翻訳する前に色々と質問されるようになった。
その質問も「この単語はどういう意味なのか?」から始まり、「ここに書かれている内容はこういった意味か?」等、段々と内容が高度なものへと変化していった。
書物に書かれている文章を指差して尋ねてくる師団長様を見ながら、「もしかしてザイデラ語を理解できるようになっているのでは?」と思うようになったのは最近のことだ。
その予想は正しく、暫くすると質問されることが減り、遂に師団長様は一人で書物を読むようになった。
一応翻訳が必要かどうか尋ねた私に返ってきたのは、テンユウ殿下に伝えた通りの「必要な言葉は覚えた」という答えだった。
「ドレヴェス殿がお一人で読まれるようになったということは、セイさんはその間はいかがされているのですか?」
「まだ解読できない書物もあるので、それらの翻訳をしています」
師団長様が一人で専門書を読破しているなら、通訳が仕事の私はその間何をしているのか?
テンユウ殿下が疑問に思うのも当然だろう。
もちろん、ぼーっと待っているだけではない。
付きっきりで翻訳する必要がなくなったとはいえ、全く仕事がなくなった訳ではない。
書物の中には省略された書体――漢字でいうところの草書体のような書体で書かれた物もあり、そういった書物については未だに翻訳依頼が飛んでくるからだ。
そのため、師団長様が読める書物を読んでいる間に、私は依頼を受けた書物の翻訳作業を進めている。
「そうでしたか。もしお時間があるようでしたら、セイさんにはザイデラの薬草について書かれた書物をお薦めしようかと考えていたのですが」
「えっ?」
テンユウ殿下お薦めのザイデラの薬草の本?
何それ、読みたい!!!
母親の治療のために長年色々な書物を読んだだろうテンユウ殿下が薦めてくれる本なんて、物凄く興味がある。
ありまくる。
しかし、仕事を放り出す訳にはいかない。
魔法の開発に時間が掛かるほど、スランタニア王国に帰れる時間も遠のくし……。
あぁ、でも、気になるっ!
「お話し中のところ、恐れ入ります。そちらの書物を写すことは可能でしょうか?」
私の内心の葛藤を見抜いたのか、ひっそりと後ろに立っていたザーラさんが恐る恐る声を上げた。
人によるけど、自分より高位の人達の話に割り込めば無礼を咎められることも無きにしも非ず。
ザーラさんからしてみれば【聖女】と皇族が話しているところに割り込むのだ、かなり勇気がいっただろう。
その証拠に振り返って見たザーラさんの顔色は少し悪く、表情も酷く緊張したものだった。
「写書ができる物は構いませんよ。では後で写した物を持ってきますね」
「写した物をですか!?」
「はい。差し上げます。その方がゆっくり読めるでしょう?」
写す許可だけでなく、写した物自体をくれると言う。
その方が確かにゆっくり読めるけど、至れり尽くせり過ぎない!?
驚きのあまり思わず後ろを向けば、ザーラさんも驚きを隠せていなかった。
「他にも何か読みたい物があれば持ってきますよ? そちらの方も何かありますか?」
「いえ……、私は……」
「遠慮なく」
更に、テンユウ殿下はザーラさんにも気を配ってくださった。
遠慮なくと言われてしまえば、ザーラさんも断ることができない。
少し考え込んだ後、ザーラさんは口を開いた。
「それでは、歴史が書かれた物をお貸しいただけますでしょうか?」
「歴史ですか?」
「はい。歴史に興味がありまして、この国の歴史も学んでみたいと思ったのです」
「そうですか。分かりました、後でいくつかお持ちしましょう」
自国に興味を持たれたことが嬉しかったのか、テンユウ殿下は目を細めて頷いた。
それから数日後、テンユウ殿下の発言通り、私達の元に薬草とザイデラの歴史について書かれた書物が届けられたのだった。