159 新たな味方?
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ザイデラの皇子二人の訪問から数日が経った。
僅か二、三日の間に色々な事柄が動き始めた。
最初に届いたのはテンユウ殿下からの連絡だ。
どうやら内密に訪問したいとのことで、使節団への連絡もテンユウ殿下の部下の方が口頭で伝えに来た程の徹底ぶりだったとか。
ちなみに、伝聞調なのは正に人伝に聞いた話だからだ。
テンユウ殿下の言伝を届けに来た方にそのまま訪問を了承する旨を返事すると、その日のうちにテンユウ殿下は使節団を訪れた。
日が落ちて、辺りが暗くなってから僅かな手勢と共に来たテンユウ殿下は、寄り道もせずにカイル殿下が待つ応接室へと向かったらしい。
そして、話が済むとすぐに皇宮へと戻ったようだ。
次に届いたのはテンシャク殿下からの連絡で、テンユウ殿下がひっそりと使節団を訪れた翌日に届いた。
こちらはカイル殿下が送った手紙に対する返事だった。
カイル殿下の手紙には盗難事件に協力する旨が書かれており、それに対するお礼と共に皇宮にある書庫への招待について書かれていたそうだ。
「テンユウ殿下からはどのようなお話が?」
昼食後、カイル殿下から話をしたいことがあるからと呼ばれた。
カイル殿下の執務室に集まったのはカイル殿下と側近の人達、それに師団長様と団長さんと私だ。
両殿下から手紙が届いた件とテンユウ殿下の訪問に関する説明を受けて団長さんが質問の声を上げた。
秘密裏に訪れたテンユウ殿下の用件は気になるものの、聞いていいものか悩ましかったので質問してもらえたのはありがたい。
「いくつかの情報提供だ」
「情報提供ですか」
「あぁ。裏を取る必要はあるが、恐らく正しい情報だと思う」
情報提供と聞いて思案げな表情を浮かべた団長さんに、カイル殿下が推測を述べた。
テンユウ殿下は人を騙すような人には見えないけど、ザイデラの皇子様でもある。
ザイデラにとって有利になるよう嘘の情報を齎さないとも限らないため、情報が正しいかどうかの裏付けが必要だ。
カイル殿下の返事を聞いて、団長さんも納得したような表情になったから、恐らく偽情報かもしれないことを気にしていたのだろう。
二人が情報の取捨選択に慎重になっているのは、私達がザイデラに来る理由になった手紙の件が影響を与えているのだと思う。
帝都周辺の閉鎖状況と平行して、手紙についても調べているらしいんだけど、あまり進展はないらしい。
新しい情報はほとんどなく、膠着状態となっているそうだ。
このまま手紙の謎は未解決のまま、スランタニア王国に帰ることになるかしら?
そんな風に考えていると、カイル殿下の口から思わぬ言葉が飛び出した。
「使節団からスランタニア王国に送られた手紙の件だが、犯人が分かったかもしれない」
「その情報はテンユウ殿下からで?」
「そうだ」
カイル殿下はテンユウ殿下から聞いた話を教えてくれた。
テンユウ殿下には手紙の話はしていなかったし、しなかったらしい。
しかし、テンユウ殿下は私達がザイデラに来たのは、誰かしらの暗躍のせいだと考えたのだとか。
そして、その誰かしらというのが恐らくザイデラの皇帝陛下で、実際に動いているのはテンシャク殿下だろうとカイル殿下に伝えたのだ。
テンシャク殿下が犯人だとすれば、使節団の人達が手がかりを見つけられないのも納得できる。
こちらはアウェーで、あちらはホーム。
使節団がザイデラに来て年数が浅いこともあり、いくら使節団の人達が優秀だとしても、情報戦において向こうに軍配が上がるのも仕方がない。
あちらはあちらで優秀な人材を抱えていそうだし。
カイル殿下もそう思ったから、テンユウ殿下の話は信じられると考えたのだろう。
「確かに、テンシャク殿下が動かれたのなら、ここまで犯人の尻尾が掴めないのも納得ですね」
「やはり万能薬が目的で?」
皆が納得したという空気を醸し出す中、皆を代表したかのように師団長様が顎に手を添え呟いた。
続いてカイル殿下に問い掛けたのは団長さんだ。
「いや。テンユウ殿は万能薬は通過点に過ぎないと言っていた。最終的な目的はテンシャク殿が皇帝になることだろうと」
カイル殿下の答えに師団長様を除いた一同の顔が顰められる。
それって、皇帝になるために万能薬を利用するってことよね?
ということは……。
「テンシャク殿下の上に二人皇子がいたと思いますが……」
「その通りだ」
嫌な予感がヒシヒシとする中、師団長様が何てことない風に呟いた。
テンシャク殿下は第五皇子って聞いた気がするけど、上に二人?
計算が合わないことに内心で首を傾げたけど、カイル殿下は師団長様の言葉に頷いた。
突っ込みたい所はあるけどともあれ、上に二人皇子がいるってことは、単純に考えてテンシャク殿下より継承権が高い人達がいるってことだ。
ということは、現在ザイデラの皇位継承戦が勃発していて、私達はそれに巻き込まれたかもしれないってことだ。
何となくしていた嫌な予感は、正にこのこと。
今、皆の内心はこの言葉で占められたはずだ
嗚呼、やっぱり。
「それはまた……。面倒なことになりそうですね」
私の予想は裏切られず、団長さんが渋い表情でそう言った。
ですよねー。
分かる。
すごくよく分かる。
皇位継承争いなんて、面倒そうなこと、この上ないもの。
師団長様はどう思っているのか分からないけど、他の人達の表情は一様に暗い。
皆何かを考え込んでいるのか、執務室の中は沈黙で満たされた。
「そうなってくると、盗難事件も捏造された物かもしれませんね」
少しして、団長さんが次に口にしたのは盗難事件についてだ。
遙か昔に皇帝からテンシャク殿下のお母様の実家に下賜された剣が盗まれたという事件だけど、よく考えると関係者が皇帝陛下に近い人達ばかり。
事件がでっち上げられたもので、今の状況は作られたものだと言われると納得できてしまう。
「テンユウ殿も、その可能性が高いと考えているそうだ」
「我々が万能薬を持って来ているかどうかを調べる時間を稼ぐためにでしょうか?」
「それもあるだろうが、ドレヴェス師団長の引き抜きを狙っているのだろうと言っていた」
「事件を利用して知己となり、帝都を封鎖することで懐柔するための時間稼ぎができるということですか……」
テンユウ殿下も同じように考えたのか。
カイル殿下の口から出たということは、昨日出た話なんだろう。
話の続きを聞いていれば然もあらんって感じだ。
盗難事件でっち上げ説の可能性が益々高まる。
「ドレヴェス師団長は我が国にはなくてはならない人だ。とはいえ、テンシャク殿には捜査に協力する旨を既に知らせている。故に捜査への協力は必要だが、ドレヴェス師団長は引き抜きを承諾するような言質を取られぬよう気を付けてもらいたい」
「承知いたしました」
カイル殿下から声を掛けられると、師団長様は麗しい笑みを浮かべて頷いた。
とはいえ、不安は尽きない。
だって、師団長様は魔法に関することには目がないもの。
目の前に何かしらの魔法に関するものがぶら下げられたら、あっさりと頷いてしまいそうだ。
不安を覚えたのはカイル殿下もなのだろう。
師団長様が承諾しても、心なし心配そうな表情で師団長様を見ていた。
「それにしても、こうなってくると裏付けを取るのもかなり難しそうですね」
「難しいだろうな。恐らく、あちらの責任を問える程の証拠は出てこないと思う」
「やはり……」
「それでも、テンユウ殿を信じるための、ある程度の根拠は必要だ。難しい調査にはなるだろうが、根拠になりそうな情報の収集をする」
師団長様への注意が終わると、再び団長さんが口を開いた。
手紙の件にしろ、盗難事件の件にしろ、テンユウ殿下から聞いた話の裏付けを取るのは相当大変そうだ。
団長さんの眉間の皺の深さがそれをより物語っている。
けれども、裏付けを取らないという選択肢はない。
カイル殿下が指針表明をしたところでテンユウ殿下の訪問に関する話は終わり、次にテンシャク殿下から届いた手紙についての話が始まった。
「次にテンシャク殿下から届いた手紙についてだが……」
「皇宮の書庫の閲覧許可をいただいたと伺いました!」
カイル殿下の言葉に被せて、師団長様が口を開いた。
嬉々とした表情を見れば、何を期待しているのか想像に難くない。
カイル殿下も分かっているのか、呆れているような、はたまた困っているような視線を師団長様に向けた。
「その通りだ。ただし、先日も話していた盗品を探すための魔法の開発に役立つなら利用してくれという話だ」
あ、ちゃんと釘を刺した。
言外に札について研究するために書庫に行く訳ではないとカイル殿下は語ったけど、師団長様にその思いは届かなかったようだ。
いや、届いていても敢えて知らんぷりをしているのかもしれない。
師団長様は嬉しそうな表情を変えることなくニコニコと微笑んだままだ。
「書庫への訪問許可は貰えたが、テンユウ殿の話の裏付けが取れるまでは皇宮に行くべきではないだろう。現状維持だ。ドレヴェス師団長は引き続きここで魔法の開発に当たってくれ」
「承知いたしました」
一瞬何かを言いかけたけど、結局カイル殿下は言いたかった言葉を飲み込んだようだ。
一呼吸置いた後、師団長様に魔法の開発を続けるよう指示を出した。
「ここで」が強調されているように聞こえたのは、私の気のせいではないと思う。
カイル殿下の発言の意図が分かっているのかいないのか、師団長様は和やかに頷いた。
そして、カイル殿下は団長さんや私にも暫くは今までと同じように周囲に気を付けながら過ごすよう伝えて話は終わり、一同解散となった。