舞台裏26-1_優先するのは
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スランタニア王国の使節団が滞在する屋敷から帰宅してから、テンユウは一人物思いに耽った。
考えるのはテンシャクのことだ。
テンユウとテンシャクの仲は良くもなければ悪くもない。
数年単位で会話をした記憶がない程、普段は交流がないのだ。
異母兄弟という間柄ではあるが、実際は他人に近い。
もっとも、他の異母兄弟との関係も似たようなものだ。
違うことといえば、他の兄弟よりも警戒せずに付き合える人物だとテンユウが思っているところだろう。
テンシャクには悪い噂がなく、聞こえてくるのは仕事に実直に取り組んでいるという話ばかり。
皇位継承にも意欲的でないところが、テンユウが警戒を低くする所以だ。
そのテンシャクが突然テンユウの元に訪ねてきた。
使節団に赴くのに付いてきて欲しいという話だった。
テンユウはスランタニア王国に留学していたこともあり、ザイデラに戻ってきてからは使節団とザイデラの皇宮の間で何かしら交渉事がある度に互いの窓口となってきた。
故に、テンシャクが使節団に行く際に同行を頼むのは不自然ではない。
しかし、テンシャクが使節団に関わってくるのは今回が初めてだ。
一体何の用があるというのか?
知らない者であれば不思議に思うところだが、テンユウには予想が付いていた。
そして、テンシャクから当初聞いた話は予想通りだった。
(帝都周辺を封鎖している件について話しに行くとは聞いていたが……)
現在、帝都周辺から外への移動が禁止されている。
移動が制限された原因は少し前に起こった盗難事件だ。
盗まれた物が売り捌かれる等して散逸すること防ぐために捜査当局によって制限が掛けられたのだ。
そして、テンシャクはその捜査を取り纏める立場にいた。
帝都周辺が封鎖されたのは、折しもスランタニア王国の使節団に新たな人員が到着し、スランタニア王国に戻る者と入れ替わるところだった。
一帯が封鎖されたことで、国に戻らなければならない者達が戻れない状況となっている。
封鎖が解けるのはいつ頃になるだろうか?
テンユウの元に、そう使節団から問い合わせが届いた。
問い合わせを受けてテンユウは動いた。
けれども、捜査を担当している部署に問い合わせても公に公開されている以上の情報は出てこなかった。
新たな情報が分かったらすぐに知らせてくれるよう頼んではいたが、返ってくる答えは一向に変わらず。
使節団から再度問い合わせがあり、そろそろ皇族である伝手を頼ってテンシャクに直接確かめる必要があるかと考えていたところに本人が訪ねてきたのだ。
(兄上のあの様子……。本命は万能薬だったか)
渡りに船だとテンシャクと共に使節団に赴いたが、会談を始めて早々にテンユウはテンシャクから伝えられた理由が建前であったことに気付いた。
気付いたきっかけは、テンシャクがカイルに伝えた言葉だ。
テンシャクは確かにカイルに向かって「貴重な物をもらった」と感謝していた。
(しかし、何故兄上は万能薬のお礼をカイル殿に告げたのだろうか? あれはスランタニア王国で偶然見つかった物ということになっているはず……)
違和感を覚え、テンユウは理由を探るために考えを巡らす。
万能薬を皇帝に献上する際に、テンユウはスランタニア王国で偶然手に入れた物だという風に入手元をぼかして伝えた。
スランタニア王国の王家から入手した物だと伝わることで恩人である国王に迷惑が掛かることを恐れて、テンユウはそう誤魔化したのだ。
そして、テンユウの説明に対して皇帝が追及することはなかったため、公式には万能薬は偶々見つかった物ということになっているはずだとテンユウは認識していた。
(そもそも、兄上は何処で万能薬のことを知ったのか? 献上の場にいたのは父上と側近の方々だけだったのに)
更に言えば、テンシャクが万能薬のことを知っているのもおかしな話だ。
何故なら、テンユウが万能薬を献上した場には皇帝とその側近しかおらず、テンシャクはいなかった。
本来であれば大勢の臣下がいる場で華々しく献上してもいい程の代物だったが、そうしなかったのはやはり恩人に迷惑が掛かることを恐れたためだ。
敢えて極秘の場を設けてもらい献上したにもかかわらず、テンシャクは知っていた。
不思議に思ったが、よく考えれば気付けることはある。
(そうか。父上の側近には兄上の叔父殿もいる。恐らく、彼から伝わったのだろう)
テンユウが考えた通りだ。
追及はしなかったが、皇帝も側近達も万能薬の出所については勘付いていた。
皇帝が言及しなかったため、側近達も表立ってテンユウに問わなかっただけだ。
(兄上が万能薬について知っていたということは、父上の命令で何か動いているのだろうか?)
直接問われなかったとはいえ、テンシャクが動いたのだ。
皇帝から絶大な信頼を置かれているテンシャクの叔父が勝手に動くことも考えられず、皇帝には何かしらの思惑があるのだとテンユウは考えた。
(父上の命で兄上が動いているのだとしたら、色々なことに辻褄が合う)
事実とは異なり、テンユウを含めたザイデラ側の人間にはセイ達は人員交代のために訪れたと伝えられていた。
その使節団の人員交代の時期に起こった盗難事件。
テンシャクが皇帝の命令で動いていることを勘案すれば、事件を起因とする帝都周辺の封鎖はタイミングが良過ぎる。
事件が起こったのは偶然だと思いたくとも、そう考えてしまうのは、状況がザイデラ側に有利に働いているようにテンユウには感じられたからだ。
盗難に遭ったのが皇帝縁の品で、テンシャクがそのことを表沙汰にしたこともザイデラでの常識に当てはめればあり得ない話だ。
かつての皇帝からとはいえ、下賜された品を盗まれた話が公になれば、テンシャクの母方の家のように当主が皇帝の側近を務めるほどの権勢を誇っていても、その権力に少なくない影響を与えるだろう。
普通に考えれば、決して公にはできない話だ。
しかし、テンシャクが皇帝の命令で動いているのであれば、公言したことも多少なりとも納得できる。
(考えてみれば、使節団の動きもおかしい)
考えを巡らすテンユウの脳裏に過ったのは、ザイデラでも稀な佳人の姿だ。
(人員の交代と聞いていたけど、師団長殿が含まれていることも妙だ。彼の方はスランタニア王国でも屈指の戦力。そんな方が自国を離れさせてもらえるものだろうか?)
テンユウとユーリは、テンユウがスランタニア王国で宮廷魔道師団を訪れた際に話した程度の付き合いだ。
数日程度の僅かな時間ではあったが、ユーリが魔法に関する幅広い知識を持ち、比類なき才能と情熱も持っていることをテンユウは知ることができた。
魔法の実力は折り紙付きで、スランタニア王国で最強の魔道師だと周囲も認めている。
少々、研究に熱中し過ぎるきらいがあるが、副師団長であるエアハルトが上手く操作していた。
視察の際にテンユウがザイデラの札の話をしたところ、スランタニア王国にはない魔法が関係する物ということでユーリは強い興味を示した。
スランタニア王国の魔法事情について聞きに来たはずのテンユウの方が、根掘り葉掘り札のことを聞かれることになったくらいだ。
かつてテンユウも母親の病を治すために、札についても彼是調べたことがある。
故に、世間一般の人よりかは札について詳しい自負はあるが、ユーリが満足する程の知識は持ち合わせていなかった。
何せ、ザイデラよりもスランタニア王国の方が魔法技術が進んでいるのだから無理からぬ話だ。
望む情報が得られず、焦れたユーリがザイデラに行こうとするのを押し止めたのはエアハルトだ。
あのときの様子を思い返せば、札への情熱だけでユーリがザイデラに来ることはないとテンユウは判断した。
では、一体どういう理由でユーリはザイデラに来ることになったのだろうか?
疑問に思うテンユウの頭に更なる人物の姿が浮かんだ。