舞台裏25-2 企み
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テンシャクと老人が口にする手紙とは、スランタニア王国に送られた、カイルが病に倒れたと書かれた手紙のことだ。
あの手紙はテンシャクの指示で老人の手の者によって送られた物だった。
手紙を送った目的は、もちろん万能薬だ。
スランタニア王国でも貴重だと言われていた万能薬だが、ザイデラに数本分けるだけの備蓄はあった。
まさか備蓄の全てを渡した訳ではないだろう。
第一王子であるカイルが遠い異国の地で病に倒れたとなれば、治療のために万能薬が送られてくる可能性は高い。
たとえ万能薬が送られてこなかったとしても、何かしらの手当が講じられるだろう。
病気の治療に役立つものであれば、望みを叶えるために多少なりとも役には立つだろうとテンシャクは考えたのだ。
『手紙の件では、お前にも苦労を掛けた』
『もったいなきお言葉で』
手紙を送る際に必要な物が二つあった。
送り主の名前と、その人物が手紙を送る際に使っている印章だ。
スランタニア王国では手紙の送り主を表すのにサインと印章による封蝋を使っており、この二つが一致して初めて本人が送った手紙だと認められる。
サインを用意するのは簡単だ。
スランタニア王国では未だ筆跡は重要視されていない。
注目されるのは記されている名前だけなので、使節団の者の名前をおかしくない程度にそれらしく書いておけばいい。
サインよりも印章を用意する方が難しかった。
偽造をするにしても見本となる物が必要だからだ。
しかし、印章の問題はあっさりと解決した。
老人に心当たりがあったからだ。
使節団を監視している者は複数いるが、そのうちの一人は老人の部下だった。
部下から報告を受けていた老人は一人の人物に目を付けた。
その人物こそ、印章をなくした子爵だ。
印章は自然になくなった訳ではなかった。
『なに、ほんの小細工です。折良く一人で出歩いている者がおりましたのでな』
『何処の国にも迂闊な者はいるものだな。正に千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆといったところか』
老人の言葉に、テンシャクは皮肉げに片方の口の端を上げる。
何処の国であっても、方々からのスパイを用心して守りを固める。
スランタニア王国の使節団も例外ではない。
しかし、その守りに穴を開ける者もまた、いなくはなかった。
一人で帝都の飲食店を巡っていた子爵は、老人にとって格好の獲物だった。
まず、同行者がいないため他の使節団の者の目が届き難く、部下が接触しても足が付き難かった。
その上、子爵が足を運ぶのが飲食店ばかりなのも色々と都合が良かった。
老人は子爵が訪れそうな店に部下を潜り込ませ、店員に扮した部下が子爵を酔わせた上で印章をスリ取らせた。
酒が入れば口も軽くなる。
同時に名前も聞き出せ、調べる手間も省けた。
サインと印章の問題が片付けば、後はどうとでもできた。
老人は印章を使って手紙を書き、テンシャクの実家の息が掛かった商会に手紙を運ばせた。
手紙の差出人や配達人が普段と異なることは、手紙が偽物であることを見破られる要素になるとテンシャクも理解していた。
事実、スランタニア王国の宰相は違和感を覚えた。
けれども、万能薬を呼び寄せるという目的は果たせるだろうとテンシャクは予想し、スランタニア王国へと手紙を出した。
手紙の内容故にスランタニア王国の上層部は無碍にはできないだろうと考えたのが目的を達成できると踏んだ根拠だ。
『直系の王族が病に倒れたとなれば最高の薬を送ってくるだろうと思っていたが、魔道師が寄越されるとは思わなかったな』
魔道師のことを口にすると、テンシャクの上げていた口角は下がり、表情が元の不機嫌そうなものに戻った。
テンシャクの期待通り、スランタニア王国からは追加で人員が派遣されてきた。
スランタニア王国がザイデラへと告げた派遣理由は人員の入れ替えのためというものだった。
使節団から告げられた理由はテンシャクの期待していたものではなかったが、予想の範疇に収まっていた。
スランタニア王国側が第一王子が倒れたという情報を明らかにするのは問題があると考え、隠すこともあるだろうと考えていたからだ。
告知された理由が表向きのものだとすると、テンシャク達が送った手紙が原因で派遣されてきた可能性は高い。
時期的に、手紙を送ってから派遣に至るまでの時間も合致する。
手紙が理由での派遣であれば、万能薬も届けられているはずだ。
期待通りに万能薬が齎されたと喜んだのも束の間。
使節団を見張らせていた者から告げられたのは、万能薬ではなく魔道師の到着についてだった。
『はい。彼の国では高位の者は病も魔法で治すようで』
『我が国には、そこまで力のある魔道師はいないからな。思い至らなかった』
ザイデラでも知は尊ばれる。
けれども、こと武官においては知よりも武、魔法攻撃よりも物理攻撃が尊ばれており、魔道師を目指す者は少ない。
故にザイデラの魔法技術はスランタニア王国よりも遅れており、魔道師の平均的な実力もスランタニア王国の方が優れていた。
怪我や病の回復を担う聖属性魔法の適性を持つ魔道師も同様だ。
特に病に関しては、聖属性魔法のレベルによって治療できる種類が制限されるため、ザイデラでは魔法での治療は一般的ではない。
魔法で治せないときには薬ならぬポーションに頼るしかないため、皇帝であってもポーションが手放せない程だ。
そういう背景があり、テンシャクは原因が分からない病を治すのには万能薬しかないと思い込んでいた。
己の不明を恥じて、テンシャクは僅かに眉間に皺を寄せた。
『それで、件の魔道師にはお会いできましたかな?』
『あぁ。作り物のような整った顔立ちの男だった』
気分を変えるように、老人はスランタニア王国から来たという魔道師のことをテンシャクに尋ねた。
老人の気遣いを感じながら、テンシャクは使節団が滞在する屋敷で会ったユーリのことを思い出し、最初に抱いた感想を述べた。
国も異なれば人種も異なるからか、スランタニア王国の者達はテンシャク達とは異なった顔立ちをしていた。
それでも、ユーリの美貌はテンシャクにも通じたようだ。
後宮に数多いる美女を見慣れているテンシャクも素直に賞賛の言葉を口にした。
普段、人の美醜について触れないテンシャクが言及したことに、老人は目を丸くする。
『それ程の美貌で?』
『女であれば兄上達で取り合いになっていただろう』
『それはそれは……。それで腕前の程は?』
テンシャクが言う程だ。
それ程の容姿であれば、好色でも知られる第二皇子だけでなく、無気力ながら色事にはそれなりに興味を示す第一皇子も、すぐに目を付け、囲おうとするのは間違いない。
納得した老人は相槌を打ったが、最も知りたかったことは見た目に関することではない。
スランタニア王国から来たという魔道師が持つ腕前についてだ。
ユーリが新しい札を開発したという情報は老人の方でも裏付けが取れている。
しかし、実際の魔法の腕前については判明していない。
今日は謝罪ということで訪問しているため、ユーリの実力を見る機会が得られないことは理解していたが、それでも老人は尋ねてみた。
『そちらはまだ何とも言えないが、腕に覚えはあるようだ。盗品を探す魔法だが、すぐに作れると言っていたぞ』
『おやまあ』
返ってきた答えを聞いて、老人は驚いたように目を丸くした。
けれども、実際にはそれ程驚いてはいない。
ユーリが使節団に来てから札を開発するまでの期間を考えれば、テンシャクの答えは然もありなんといった範疇に収まっている。
『それは困りましたな』
盗品の在処を探すことができる魔法が開発されて、何が困るのだろうか?
捜査をしている側からすれば、有益な魔法である。
しかし、老人の口から続けて出た言葉は、朗らかな声であるのに一般的に期待される答えとは真逆のものだった。
『そうとも言えない。すぐに作れる魔法は探せる物が限られているようだからな』
対するテンシャクに困った様子はない。
ただ、老人と同様に、期待される様子とは異なっている。
本来であれば、探せる物が限られる方が困るはずだ。
『それならば、盗品が見つからずとも問題ありませんな』
『あぁ。むしろ何でも探せる魔法ができる方が困る』
『ほほ……。そうですな。拝領した剣も玉も、全て旦那様のお屋敷にございますものな』
言葉通り、テンシャクにとっては盗品を探すことができる魔法が完成してしまうことの方が問題だった。
何故なら、使節団で口にした盗品は全てテンシャクの母親の実家に置かれているからだ。
そう。
元より盗まれた物は何もなかった。
手紙の件と同様、盗難事件は帝都周辺を封鎖するための口実で、テンシャクがでっち上げたものだった。
『魔法が完成するかは分からないが、念のため模造品を用意するか』
『それがよろしいかと。あちらには模造品の情報を伝えれば、魔法が完成したとしても問題ないでしょう』
『模造品なら屋敷からの持ち出しも可能だ。然るべき場所に置いておけ』
『承知いたしました』
捏造した事件で帝都周辺を封鎖し、使節団の足止めはできた。
しかし、進まない捜査に使節団も我慢の限界を迎えつつあった。
事実、テンユウを通じて、何時になったら帝都周辺の封鎖が解かれるのかと使節団から再度確認を受けていた。
そこで考えたのが、別の方法での足止めだ。
テンシャク達は捜査のために盗品を探す魔法の開発を依頼することにした。
とはいえ、そんな魔法を開発できるとは思っていなかった。
ユーリから開発が可能だと言われたことは予想外だったが、探せる物が限定されるというなら模造品を探せないような物で用意すれば良い。
すぐに開発できるという魔法について、ユーリからもう少し情報を引き出す必要があるなと考えつつ、テンシャクは予防線を張るための準備を指示した。
『これで少しは時間が稼げましょうか?』
『多少は稼げるだろう。魔法の開発に役立てることを条件に皇宮にある書物の閲覧許可も出すことにした』
『書物の閲覧許可でございますか?』
『あぁ。あの御仁、札にかなりの興味を持っているようだからな』
『なるほど。魔法の開発ではなく、札の研究の方へと意識を向けさせるのですな』
老人の言葉にテンシャクは薄らと笑って返す。
スランタニア王国と同じように、ザイデラの皇宮内にも各種研究所のような場所が存在する。
その中には札を研究している所もあり、今までの研究成果も皇宮の書庫に数多く収蔵されている。
ユーリであれば魔法に関する書物だけでなく、札に関する書物にも手を伸ばすだろう。
自然と、魔法が完成するまでに時間が掛かることになるはずだ。
今日会った際の印象から、テンシャクはそう予想し、ほくそ笑んだ。
果たして、今度はテンシャクの期待通りに進むのか?
行方を知っているのは、当のユーリだけかもしれない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
アニメ「聖女の魔力は万能です Season2」の放送も無事終わりました。
ご覧くださった皆様、ありがとうございました。
楽しんでいただけたのなら何よりです。
「聖女の魔力は万能です Season2」のBlu-ray&DVDが1/24に発売予定です!
アマゾン様等で予約が開始されております。
詳細については活動報告をご覧ください。
ご興味のある方はお手に取っていただけると幸いです。
放送中は更新できず、大変申し訳ありませんでした。
色々と一段落しましたので、またぼちぼち再開していけるといいなと思っております。
引き続き、お楽しみいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。