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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第五章
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舞台裏25-1 企み

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!


 スランタニア王国の使節団が滞在する屋敷を出たテンシャクとテンユウは、供の者と共に皇宮へと戻った。


 自分の部屋に入ったテンシャクがドサリと椅子に腰を下ろすと、すかさず年老いた男性が椅子の隣にある卓に茶碗を置く。

 茶碗からは湯気が立ち、辺りに茶のふくよかな香りが広がった。

 テンシャクが手を振ると、部屋の中にいた者達はテンシャクと老人を残して全員が出ていき、二人きりとなった部屋の中はシンと静まり返る。



『お疲れ様でございました。首尾はいかがで?』

『まずまずだな』



 穏やかに微笑む老人に声を掛けられたテンシャクは、茶を一口飲んだ後、ともすれば不機嫌にも取れる様子で答えを返した。

 他の者であれば皇子の不興を買ったかと不安になるところだが、老人の表情は変わらない。


 それもそのはず。

 老人とテンシャクの付き合いは長い。

 老人はテンシャクの母親の家に代々仕える家の出で、自身もテンシャクの母方の祖父、母親、テンシャクと三代に渡って仕えてきた、テンシャクが最も信頼する使用人の一人だった。



『まずまず、でございますか』

『あぁ。概ね、お前から聞いた通りだった』



 老人が担当する業務は多岐にわたる。

 主に担当するのはテンシャクの身の回りの世話だが、最も重要な業務は情報収集だ。

 既に後進に役職を譲っているが、以前はテンシャクの母親の家で間諜――所謂スパイを取り纏める立場にあり、現在も影響力を有している。

 その影響力を駆使して、ここ数ヶ月はスランタニア王国の使節団のことを調べていた。

 もちろん、テンシャクの命令でだ。



『万能薬はテンユウが言っていた通りのようだ』

『あちらでも製法が失われていると?』

『あぁ。長年研究しているが、再現できていないと言っていた』

『ほう。それは初耳ですな』



 テンシャクが口にしたのは、テンユウが皇帝に万能薬を献上する際に話した内容だ。

 万能薬は皇帝と皇帝が信頼する最側近だけがいる極秘の場で献上された。

 その際に、万能薬は遥か昔に作られた物で製法は失われているため非常に貴重な物だとテンユウは話した。


 作られてから長い年月が経っているため、既に効果がなくなっているのではという疑問を口にする者もいたが、続いたテンユウの言によって退けられた。

 皇帝に献上する前にテンユウの母親が試し、効果があることを確認済みだったのだ。

 事実、長年病に伏せっていたテンユウの母親はテンユウが帰ってきてから病状が回復し、後宮の庭を歩いている姿を多くの者に目撃されており、テンユウの言葉が正しいことを裏付けた。


 極秘の場で語られた内容がテンシャクに伝わったのは、テンシャクの母方の叔父が皇帝の最側近の一人だからだ。

 万能薬の話は、老人を介して渡された叔父からの手紙に記されていた。

 手紙は暗号化されていて、一見すると何でもない内容の中に極秘の場で語られた言葉が断片的に記されていた。


 テンシャクと老人が知っているのは、叔父からの手紙に書かれていたことだけだ。

 故に、スランタニア王国で再現できないかと長年研究されていることは今日初めて知ったのだ。

 役に立ちそうな情報を手に入れられたことに、老人は嬉しそうに目を細める。

 しかし、テンシャクの表情は晴れない。



『一応、研究への協力は申し出たが、感触は良くなかった』

『研究成果が盗られることを恐れているのですかな? 我が国が蓄積してきた知識は役に立つでしょうに』

『まぁ、共に研究できるかは今後の協議次第だ。だが、仮に協力できることになっても、成果が出るまでには時間が必要だ』



 症状に関係なく状態異常を治せる万能薬は、病を患う者だけでなく高位の者達にとっても垂涎の一品だ。

 事実、万能薬が献上された際には皇帝以外にも目の色を変えて見ていた者がいたほどだ。


 けれども、献上された万能薬は二本。

 欲しがる者達の人数と比較して、明らかに少ない。

 故に、万能薬は今後皇帝が治療が難しい症状で倒れた際に使うことになり、そのときまで皇宮の宝物庫に厳重に保管されることとなった。


 それほどの物なのだ。

 協力の名の下に万能薬の研究に携われることは、ザイデラにとって益のある話だ。

 研究成果を共有できることも、完成品を入手することも協力関係にある方が容易い。

 共同研究を取り付けることができれば、皇帝からの覚えもめでたくなるだろう。


 しかし、テンシャクの声は明るくない。

 テンシャクが手放しに喜べないのには理由がある。



『このところ、第二皇子陣営の動きが怪しくなってきましたからな』

『あぁ。ここ数年は後継者争いも落ち着いていたのだが……』



 ザイデラは後宮が存在することもあり、皇位継承権を持つ者がスランタニア王国よりも多い。

 また、妃が複数いるということは、その後ろ盾になっている者も複数いるということであり、血族に連なる皇子を皇位に()け、甘い汁を吸おうとする者も多くいるということでもある。

 そのため、スランタニア王国よりも後継者争いは激しかった。


 陰謀渦巻く後宮が少しの落ち着きを見せたのは、聡明で思慮深く、知徳に優れた第四皇子が落馬事故で亡くなってからだ。

 子供達の中でも特に優れた息子を失った皇帝の嘆きは深く、皇子皇女達周辺の警備が厳しく見直されたことで、表立っての争いは(なり)を潜めた。


 けれども、束の間の平和な時間は終わりを迎えつつあった。

 (かね)てより勢力を争っていた第一皇子陣営と第二皇子陣営の争いが再び激しくなってきたのだ。



『一の兄上はやる気がなく周囲の言いなり。二の兄上はやる気があっても扇動されやすい。どちらが皇帝になっても国は荒れる』



 自分達が権力を握りやすくするためだろうか。

 第一皇子の周囲は教育にも手を抜かなかった(・・・・・・・・)

 そのせいか第一皇子は母親の言いなりで、年々無気力さに磨きが掛かっていた。


 第二皇子の方も同様だ。

 元の性格の違いからか第二皇子は威勢は良いのだが、考えが浅く、周囲に踊らされやすい。

 どちらが皇帝になっても、周囲の思惑通りに(まつりごと)は動かされるだろう。


 しかも、第一王子陣営にしても、第二皇子陣営にしても、頭にあるのは自分達の利益のことばかりだ。

 自分達が栄えるならば、他の者達の苦労など拘泥しない。

 そのような者達が自分達のいいように国を運営するのだ。

 テンシャクが言う通り、国が荒れるだろうと予想する者は多かった。



『あの二人に国は任せられない。父上もそう考えているから未だ皇太子を決められないのだろう』



 ザイデラの皇太子は有力貴族達による会議で決められ、会議は皇帝の宣言によって開催される。

 今までは皇子達が相応の年齢に達すると開催されることが多かったが、今代の皇帝は未だ開催を宣言せず、皇太子の位は空白のままとなっていた。

 テンシャクが言う通り、皇帝が会議を開催しないのは有力な後ろ盾を持つ第一皇子、第二皇子のどちらが皇太子になっても問題が起こることが予想されるためだ。



『左様でございましょうか? (わたくし)には、どなたかが力を蓄えられるのをお待ちなのであらせられるのではないかと思いますが』

『力か……』



 老人の言葉にテンシャクは考え込む。

 脳裏に浮かんだのは叔父から来た手紙だ。


 叔父が知らせてきた万能薬の話。

 皇帝と最側近だけの場で献上された物の話がテンシャクに伝わったのは、叔父だけでなく皇帝の意向もあったのだろう。

 さもなければ、皇帝に対する背任となってしまう。

 皇帝からの信頼が厚く、また皇帝への忠誠も厚い叔父が皇帝の許可も得ずに知らせてくるとは思えなかった。


 故に、テンシャクも老人と同じようなことを考えた。

 叔父から送られてきた手紙は、万能薬を利用し力を付け、皇位継承レースに参加せよという皇帝からの間接的な指示ではないかと。

 だからこそ、テンシャクも微塵も希望しなかったレースへの参加に重い腰を上げたのだ。



『兄上達に追い付く力とするには、協力の取り付けだけでは足りない』



 皇帝になるための力には色々あるが、その一つは後ろ盾となる人間のことだとテンシャクは考える。

 それも、それなりに権力を持った人間だ。

 時間がない中、多くの味方を集めるのならば、傘下の人間を多く持つ者を味方に付けた方が効率が良いからだ。


 そうした味方を集める場合、万能薬の存在は大きな効力を発揮するだろう。

 万能薬の存在は、権力の有無に関係なく多くの人間を惹き付ける。

 既に大きな権力を持つ皇帝の最側近が見せた反応で実証済みだ。


 もっとも、効力を発揮するのは実物があってこそだ。

 協力を取り付けただけでは、少々弱い。



『万能薬が作れるようになれば話は別だろうが、研究の成果が出るまでには時間が掛かり過ぎる』

『そう考えますと、あの手紙(・・・・)で師団長様が来られたのは僥倖でしたな』



 老人の言葉にテンシャクは薄らと笑みを浮かべた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


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よろしくお願いいたします。


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