158 反省会
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テンユウ殿下達が帰った後、夕食が終わってから反省会が開かれた。
メンバーはカイル殿下と側近の方々、団長さんに師団長様、オスカーさんとザーラさんと私だ。
カイル殿下の側近の人達はともかく、何故オスカーさんもいるのか?
成り行きかしら?
首を傾げつつ、ザーラさんが淹れてくれたお茶を飲んだ。
「問題は解決していないが、何とか今日は乗り切れた……と言っていいのか?」
ザイデラ様式の茶碗を片手に、口火を切ったのはカイル殿下だ。
珍しく疲れた様子なのは、今日の会談が精神的に負担が掛かるものだったからだろう。
普段であれば椅子に座るときも綺麗に背筋を伸ばしているのに、今は背もたれに寄り掛かっている。
「取り敢えずは、といったところでしょう」
「そうだな。それにしても、今回の訪問の目的は謝罪ではなく万能薬だったようだな」
「共同研究の話が出ていましたね」
「あぁ。だが……。実際問題、開発できるのでしょうか?」
側近と話していたカイル殿下が言葉を切り、こちらを向いた。
万能薬の開発か……。
テンユウ殿下のために作ったときには時間がなかったこともあり、力技で作り上げた。
材料を思い付いたまでは良かったのだけど、普通の材料で作ると効果が非常に弱かったのよね。
ポーションを薬だとすると、コンビニで売っていたドリンク剤といったところだろうか?
いや、もっと弱いかもしれない。
だから、【聖女の術】を使って材料を用意し、使ったのだ。
では、時間があれば普通の材料でも作れるようになるのか?
正直なところ、成功する道筋が見えなくて何とも言えない。
「分かりません。普通の材料で作った物は非常に効果が弱かったので……」
「普通の……。ということは、あの万能薬は普通ではない材料が使われているということですか」
「はい。あれは特殊な材料で作られています」
人が多いこともあり、【聖女の術】のことをぼかして答えた。
カイル殿下にどこまで通じているのかは分からなかったけど、「特殊な」という言葉にピンと来るものがあったようだ。
カイル殿下は一瞬眉間に皺を寄せて、すぐに表情を戻した。
「効能が弱くとも材料が分かっているなら、それを元に効能を上げる方向で共同研究を持ち掛けるか?」
「共同研究の話は出ましたが、確約した訳ではありません。それに、あちらはまだ何の手掛かりも得ていないでしょう。こちらから情報を提供する必要はないのでは?」
「それもそうだな。捜査の状況次第で特例を認めさせて、セイ様達を帰国させるための駒とするのもありか」
何だか難しい話をしている。
いや、難しくはないけど。
要は交換条件にするという話だ。
テンシャク殿下が会談のときに言っていたように、万能薬で助かる人が大勢いるのは事実だ。
多くの人の役に立つのであれば、普通の材料で作れる万能薬を共同研究するのは吝かではない。
それに共同研究となったら、ザイデラからも薬草やポーションの専門家が派遣されてくるはずだ。
彼等の知識を元に、スランタニア王国にはないザイデラ固有の材料で効果が高い万能薬が作れてしまうかもしれない。
お互いに協力するのはありだと思う。
共同研究が特例を認めてもらうための条件になるなら、それもいいだろう。
一石二鳥だ。
「共同研究の話はそれでいいとして、次の問題はドレヴェス師団長か……」
万能薬の話が一段落すると、カイル殿下が益々疲れた顔をして師団長様の名前を呟いた。
そこ、「私ですか?」みたいな顔で目を見開いているけど、貴方ですよ、師団長様。
「本命は万能薬かと思っていたのだが……」
「ドレヴェス師団長の名前が出るのは予想外でした」
「そうだな。帝都で噂になっているという話は聞いたが、札の話が聞こえてきたのは数日前だったよな?」
「はい。あちらの情報収集能力も高いですね」
謝罪と銘打ってはいたけど、今回の皇子二人の訪問の本命は万能薬について何らかの話をすることだろうとカイル殿下達は考えていたようだ。
予想通り、今日の会談で万能薬の共同研究について言及されたけど、師団長様のことが話題に上るのは予想外だったらしい。
師団長様が作ったお札が新種であることが判明してから今回の会談までは約二週間。
私が札屋で大騒ぎになった話を聞いたのは三日前だったけど、カイル殿下の耳に入ったのも同じくらいのようで、騒ぎからは約十日経っている。
日本にいたときの感覚で考えると早いとは思えないけど、この世界の噂話が主に口頭で伝わることを考えると遅いとも言えない。
お札が庶民の生活に溶け込んでいる物ではないのなら噂をする人も限られるから、噂が広がる速度も遅いだろうしね。
「実際のところ、ドレヴェス師団長の噂はそれ程広がっているのか?」
「容姿に関する噂はこちらに来た頃からちらほらありましたが、札の噂はあまり広がっていません。札屋等の関連がある所では話題になっていますが、町全体で噂されているという程ではありません」
何故だか、カイル殿下はオスカーさんに問い掛けた。
オスカーさんは気にした風もなく淡々と答える。
まるで上司と部下のようだ。
それも仕方ないか。
オスカーさんは平民、対するカイル殿下は王族だもの。
普段はゆるキャラなオスカーさんでも態度を改めるわよね。
それにしても、この状況。
良いと言うべきか、良くないと言うべきか……。
「どうした?」
話を聞きながら考え込んでいると、隣に座っている団長さんから声を掛けられた。
考えていたことが顔に出ていたのだろうか?
団長さんを見ると、笑みを浮かべてはいるものの、心配そうな雰囲気だ。
大したことではないのだけど、話さないと余計に心配を掛けてしまいそうね。
「ドレヴェス様が注目を浴びてるのは良いのか悪いのか、ちょっと悩ましくって」
「なるほど」
苦笑いを浮かべながら答えると、団長さんの笑顔も困ったようなものに変わった。
私の答えを聞いて、団長さんも同じように思ったのかしら?
私達はお忍びでザイデラに来ている。
お忍びで来た理由で一番大きなものは、【聖女】こと私の存在を秘匿しておきたいからだ。
外国の使節団の増員ということで多少の関心を寄せられることは覚悟していたけど、なるべく注目されない方が良かった。
しかし、ここ最近の師団長様の活躍で微妙に注目を集めてしまった。
良くないと言えば、良くないことだ。
けれども、耳目を集めているのは師団長様。
私の存在は見事に陰に隠れている。
だから、悪いとも言い切れない。
「今一番気を付けないといけないのがテンシャク殿下であることは間違いないだろう。彼はテンユウ殿下よりも余程権力を持っている」
「そうですね」
団長さんの言う通りだ。
テンユウ殿下は第十八皇子で、対するテンシャク殿下は第五皇子だ。
こちらに来る前に学んだ内容によると、ザイデラの皇位継承順位は基本的には生まれた順だ。
皇子の前に付く番号は生まれた順に付くので、テンシャク殿下の方がテンユウ殿下よりも皇位継承順位が高いのは自明であり、単純に考えると、皇帝になる可能性が高いテンシャク殿下の方が権力を有していると考えられる。
更に、テンユウ殿下と違って、テンシャク殿下は今日初めて会ったばかりの人でもある。
万能薬を皇帝に献上したという実績はあれど、テンシャク殿下がその恩恵に与った訳ではない。
母親の病気を治せたテンユウ殿下よりも、こちらに対して配慮することは少ないだろう。
そう考えると、テンシャク殿下が一番気を付けないと行けない人物だという団長さんの評は間違っていないと思う。
「そのテンシャク殿下の関心は今のところドレヴェス師団長に向けられているが、何かの拍子にセイに向けられないとも限らないのが難しいところだな」
「何かの折に、ですか……」
「ああ。テンユウ殿下はセイが薬用植物研究所の研究員であることを知っている。彼からテンシャク殿下に話が漏れないとも限らない」
「確かに、そうですね」
何かの折って何だろう?
何かやらかすと思われてる?
また揶揄われているのかと勘違いしそうになったけど、団長さんの表情に揶揄っている気配はない。
ツッコまずに大人しく聞いていると、もっともなことを告げられた。
確かに、テンユウ殿下から私が薬草の専門家だってばれる可能性はあるわね。
疑ってしまって申し訳ない。
「万能薬について調べていたことも知られるかもしれません。そうなれば、共同研究の一員として名を上げられる可能性も考えられます」
団長さんとの遣り取りを聞いていたようで、カイル殿下も会話に加わってきた。
こちらに向けられた表情は真剣だ。
カイル殿下の言う通りだと思う。
テンユウ殿下は私が万能薬を開発したことは知らないし、作ろうとしていたことも知らないはずだ。
けれども、テンユウ殿下の母親のために状態異常回復用のポーションについて調べていたことは知っている。
国王陛下から万能薬を渡された以上、私が万能薬について知っているくらいは考えていそうだ。
そうなると、いざ共同研究を始めるとなったときに、私をメンバーとして推薦する可能性は低くない。
推薦する際には理由を問われるだろうから、今までの経緯も説明するだろう。
テンシャク殿下なら経緯を聞いて、私が万能薬を再現しようとしたんじゃないかくらいは考えそうだ。
「研究は魅力的ですが、変に注目されるのは困りますね」
「そうだな。そうなると……」
「ドレヴェス師団長に頑張ってもらうしかないだろうな」
ポーションの研究は好きだし、ザイデラの薬草について知れる機会も大変魅力的だ。
けれども、皇子から関心を寄せられるのは困る。
そうした私の考えを団長さんはまるっとお見通しだったようで、私の困るという言葉に頷いてくれた。
困るのはカイル殿下も同じなのだろう。
団長さんの発言に被せるように解決策を口にし、皆の視線が自然と師団長様へと集まった。
「では、事件の捜査に協力するということで、よろしいでしょうか?」
「あぁ。それが王国に帰る一番の近道にもなるだろうしな」
視線を受けた師団長様が今までの会話から導き出された結論を口にすると、カイル殿下は仕方なさそうに頷いた。
カイル殿下から協力の許可を得た師団長様は、それはもういい笑顔を浮かべた。
気持ちは既に皇宮にある書物へと向かっているものだと思われる。
「まずはテンシャク殿とテンユウ殿に捜査に協力する旨を連絡するか。手紙は昼までに書いておく」
「かしこまりました。書き上がり次第、届けさせます」
「ドレヴェス師団長は盗難品を探すための魔法の開発を始めてくれ」
「承知いたしました」
捜査に協力することが決まると、カイル殿下は次々に指示を出した。
側近の人と師団長様の後は私のようだ。
こちらに向き直ったカイル殿下は、少し決まりが悪そうな表情を浮かべた。
「セイ様は、申し訳ありませんが引き続きこちらでお過ごしください。まだ片付いていない問題がありますので」
「分かりました」
「ホーク団長も引き続きセイ様の護衛を頼む」
「承知いたしました」
片付いていない問題?
何だろう?
盗難事件以外で何かあったかしら?
考え込んでいる間に、カイル殿下は一通りの指示を出し終わったらしい。
カイル殿下が反省会の終了を宣言すると、この場は解散となった。