157 盗まれた物
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盗難事件はテンシャク殿下の母親の実家で起こった。
盗まれた物は金銀宝石で作られたアクセサリーやお金、武器や防具等だ。
武器や防具なんて盗んでどうするんだろう?
使うのかしら?
テンシャク殿下の話を聞きながら不思議に思っていると、カイル殿下も疑問に思ったようで尋ねてくれた。
盗まれたのはアクセサリーと同じように金銀宝石で飾られた、見た目が豪華な儀典用の物だそうだ。
なるほど、納得。
平民の家より警備が厳重であることは間違いないけど、貴族の家で盗難事件が起こらないということはなく、帝都周辺が全て封鎖されるような珍しい事件ではない。
それでも今回の事件で封鎖されたのは、盗られた物の中に非常に貴重な物が含まれていたからだ。
『貴重な物とは何ですか?』
『かつて我が家から輩出された【英雄】が当時の皇帝陛下から拝領した剣で、代々伝わる物だ』
エイユウ?
エイユウというと、高い実力を持ち、国や何なら世界まで救ってしまう人のことを指す、あの英雄のことだろうか?
通訳の人が翻訳したスランタニア語でも「英雄」と言っていたから、その認識であってそうだ。
しかし、そう思ったのは早計だったらしい。
先程と同じく、カイル殿下が英雄について尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
ザイデラで【英雄】というのは他の人よりも強力な力で魔物を倒せる人のことを指すらしい。
しかも、皇帝からの指名で任命されるのだとか。
強力な力で魔物を倒せると聞くと自身の職業を思い浮かべてしまうのだけど、皇帝からの指名で決まるのならば、ステータスに記載される職業とは異なるのかしら?
例えば、王宮に勤める騎士さんや文官さん、はたまた宰相様のような役職のようなものだとか?
更に疑問が浮かんでしまったけれど、カイル殿下はそれ以上の質問はしなかった。
少し焦ったかったけど、藪蛇になるのも困る。
カイル殿下も同じように考えて、追求しなかったのかもしれないわね。
そして、テンシャク殿下の話が再開された。
もっとも話の続きはそれほど長くなかった。
結局の所、この皇帝から貰った剣が盗まれてしまったというのが帝都周辺を封鎖することになった一番大きな理由だったのだ。
身分制度が残っているこの世界で、最上位の身分である国王や皇帝から貰った物をなくしてしまうというのは、とても重い瑕疵になる。
なくしたことが公になると、権勢を誇る家であっても周囲から侮られ、貴族内の序列が下がってしまうほどに。
そんな訳で、テンシャク殿下の母親の実家は何が何でも剣を取り戻すために血眼になって探しているのだそうだ。
第五皇子の権力を使い、帝都周辺を封鎖してまで。
えっと……。
それ、ここで言っていい話なの?
公になったら困る話ですよね?
ダメじゃない?
私ですら、まずいだろうと分かる話だ。
カイル殿下を筆頭に、私よりも政略に長けている方々が分からないはずがない。
見える範囲にいるスランタニア王国の面々の顔を眺めれば、何人かは険しい表情を浮かべていた。
全員ではないのは、相手方に内心を悟られないために気を付けている人もいるからだと思う。
「使節団の皆様には御不便をお掛けしてしまいますが、今暫く御協力いただけるようお願いいたします」
通訳の人の言葉と共にテンシャク殿下と、ワンテンポ遅れてテンユウ殿下も頭を下げた。
公にできない話を敢えて話してくれた上に、皇子二人に頭を下げられてしまっては、カイル殿下も強く食い下がることはできなかったのだろう。
こちらは早い帰国を望んでいることと、事件が早く解決するよう願っていることを再度告げるだけに終わった。
『そういえば、現在こちらには優秀な魔道師が来訪していると聞いたが』
会談が終わるかと思いきや、テンシャク殿下が急に話題を振ってきた。
今いる優秀な魔道師というと師団長様のことかしら?
私達のザイデラ訪問は、表立っては師団長様が中心となって動いている。
けれども、師団長様が来ていることを積極的に喧伝している訳ではない。
それにもかかわらず、テンシャク殿下は師団長様が来ていることを知っているようだ。
使節団の屋敷を監視している人の中に、テンシャク殿下の部下もいたのだろうか?
「確かに我が国の魔道師も来ておりますが……」
カイル殿下の表情は見えないけど、声色から訝しがっていることが窺えた。
すると、テンシャク殿下が捕捉するように口を開いた。
『スランタニア王国の魔道師が新たな札を開発したという話を聞いてな』
あー。
あれですか。
つい先日、なんか騒ぎになったって聞きましたね。
心当たりのある話に、思わず遠くを見つめてしまう。
『新しい札を思い付ける者は多くはない。恥ずかしい話ではあるが、我が国でもここ十年は新たな札が作られたという報告はない。前回作られた札は、当時の専門家が何年も掛けて作り上げた物だとも聞いている』
専門家が何年も掛けて……?
本当に?
師団長様、サラサラっと描いてましたけど?
会話を紙に書き起こしながら、そっと視線だけをテンシャク殿下に向けると、テンシャク殿下は獲物を見据えるような眼差しでカイル殿下を見ていた。
そして、薄らと笑みを浮かべて話を続けた。
曰く、カイル殿下達がザイデラに来てからすぐに着手したと考えても、新しい札の開発に掛かった期間は桁違いに早いと。
嗚呼、これ、目を付けられたわね。
そう感じたのは間違いではなかったようで、テンシャク殿下は札を開発した魔道師を紹介して欲しいと言った。
紹介して欲しいと言いつつ視線はカイル殿下の後ろに向けているのだから、誰が開発者なのかは既に分かっているのだろう。
「紹介ですか」
通訳を介してテンシャク殿下の言葉を聞いたカイル殿下が呟く。
声に含まれた躊躇する気持ちを感じ取ったのかもしれない。
カイル殿下が返答する前に、テンシャク殿下は紹介して欲しい理由を口にした。
『魔法で盗まれた物の在処を探って欲しいのだ。物さえ見つかれば、帝都周辺の封鎖を解くことができる』
盗まれた物を魔法で探す?
そんな魔法あったっけ?
講義のときも、魔物の討伐で一緒になったときも、そのような魔法があるという話を師団長様から聞いたことはない。
私が知らないだけかもしれないけど。
「ドレヴェス師団長」
「はい」
「物の在処を探す魔法はあるのか?」
「ありません」
考え込んでいると、カイル殿下が師団長様に声を掛けた。
カイル殿下も物を探す魔法に心当たりがなかったらしい。
それも当然で、現在は魔法自体が存在しないようだ。
「必要なら考えますが……」
「今から考えるのか?」
「はい。ただ、すぐ思い付くものには制限があります」
「どんな制限だ?」
「探せるのは魔法付与された品だけになります」
魔法の存在を否定した師団長様だったが、続けて、制限はあるものの開発することが可能なことを匂わせた。
できるんだ……。
安定の師団長様だわ。
この流れだと、テンシャク殿下に協力することになるのかしら?
盗まれた物さえ見つかれば封鎖を解くって話だから、こちらもテンシャク殿下の話に乗るしかなさそうよね。
けれども、カイル殿下はすぐには頷けないようだ。
まだ何か懸案事項があるのかしら?
首を傾げていると、通訳の人が言葉を詰まらせた。
どうしたのだろう?
様子を窺っていると、少しして最後の師団長様の会話を「探せる物は限定される」とザイデラ語で伝えた。
どうやら「魔法付与された品」という言葉を上手く翻訳できなかったようだ。
テンユウ殿下なら説明できるんじゃないかしら?
テンシャク殿下の隣に座るテンユウ殿下を見ると、予想通りテンユウ殿下は師団長様の言葉を理解できたようで、テンシャク殿下に説明したいのか少しソワソワしていた。
しかし、テンシャク殿下はテンユウ殿下の様子に気付くことなく、カイル殿下に師団長様のことを尋ねた。
「そちらの方はどなたですか?」
「失礼しました。こちらは我が国の宮廷魔道師団の長であるユーリ・ドレヴェスです」
カイル殿下の言葉に合わせて、師団長様が優雅にお辞儀をする。
テンシャク殿下は満足そうに頷いて、師団長様が札を開発した人物かと尋ねた。
それにカイル殿下が頷いて返す。
『直答を許す。制限なく物が探せる魔法を開発するのは難しいのだろうか?』
師団長様が札を開発した人物だと分かると、テンシャク殿下は師団長様に直接質問をした。
翻訳した内容を聞いた師団長様は、今すぐに開発できるとは言えないと答えた。
できるかできないかは検証してみないことには分からないそうだ。
『では、可能かどうか検証してもらえないだろうか?』
どうしても盗まれた物を見つけ出したいのだろう。
師団長様の発言を聞いたテンシャク殿下は尚も食い下がった。
けれども、翻訳された内容を聞いても師団長様は口を閉じたままだ。
恐らく、協力するにしてもしないにしてもカイル殿下の判断が必要になるからだろう。
ただ、カイル殿下も未だ結論を決めかねているようで、その場には沈黙が落ちた。
『もちろん報酬も出す。開発に必要ならば、皇宮に保管されている書物を読むことも許可しよう』
沈黙をどう受け取ったのか。
テンシャク殿下は報酬を約束すると共に、魔法の開発への協力も提案してきた。
待って、それは師団長様に効く!
特に後者!!!
「皇宮の書物とは、札に関する書物もでしょうか?」
「ドレヴェス師団長」
案の定、皇宮の書物が読めると聞いて師団長様が口を開いた。
師団長様の喜色を伴った声に、このままだと独断で協力を受けかねないと思ったのか、団長さんが師団長様の名前を呼んで制する。
再び室内を沈黙が満たしたけど、少ししてカイル殿下が魔法の開発に協力することを承諾した。
通訳の人がカイル殿下の言葉を翻訳すると、テンシャク殿下は満足そうに笑みを浮かべて「よろしく頼む」と口にした。