155 遭遇再び
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ザイデラに来てから恒例となった朝食の場は、仕事で時間が合わず、昼や夜はいない人達も集まれる場でもあり、日々の色々なことの報告の場にもなっている。
今朝も師団長様を除いた五人――団長さん、ザーラさん、メイさん、オスカーさん、そして私――で仲良く朝食を取っていると、メイさんから驚愕の事実が告げられた。
「範囲支援のお札って、なかったの?」
「はい。それで大騒ぎになったみたいですよ」
範囲支援のお札というのは、複数の人間に支援系の効果を齎すお札だ。
具体的に言うと、先日師団長様が作った複数の人間の防御力を向上させるお札である。
既存の模様を組み合わせて作ったお札だったので、てっきり既に存在する物だと思ったのだけど、そうではなかったらしい。
何でも、師団長様が以前行った札屋に模様について問い合わせたことから、今まで存在しなかったことが明らかになったんだとか。
もちろん、新作のお札について知らされた札屋では大騒ぎになったそうだ。
「意外ね。効果が低いから売られてないってだけだと思ったんだけど」
「元からある模様を組み合わせただけですもんね」
「その組み合わせるってのが難しいらしいよ」
「そうなの?」
「うん。模様同士が干渉するらしくって、上手く組み合わせるのは難しいんだって」
メイさんとの会話に加わってきたのはオスカーさんだ。
商会の仕事で動き回っているオスカーさんは、この中で最もザイデラの世情に詳しい。
今回もお札の模様についての話をどこかから仕入れてきたようだ。
「ドレヴェス師団長が作った札が新しい物だったということと、模様の組み合わせが難しいこと以外にも何か分かったことはあったのか?」
「他にはなかったと思います」
「なら、何で引きこもってるんだ?」
「それは、まあ、いつも通りなんじゃないですか?」
話題に上った師団長様は今日も部屋に引きこもっていて、食事の場にも出てこない。
札屋への問い合わせで知識を得たからかと思ったのは、私だけではなかったらしい。
同じように考えた団長さんが、誰にとも言わず問い掛けると、オスカーさんが答えた。
予想に反して、特に新情報は得られていないようだ。
結局、師団長様が引きこもっているのはいつものことだと片付けられ、朝食の集いは解散となった。
変わり映えのない日になると思っていたところに急な変化が訪れたのは、お昼前のことだ。
「お客様が来るんですか?」
「えぇ。三日後の午後に来られるそうよ」
「三日後。結構、急ですね」
自室でザイデラの料理について書かれた本を読んでいると、外から戻って来たザーラさんが真面目な顔で口を開いた。
お茶を淹れに厨房に行った帰りに使節団の人に声を掛けられ、三日後に屋敷に来客があることを告げられたそうだ。
日本にいた頃の感覚で言うと、三日前に予定が入るのは急なことではない。
けれども、この世界の貴族に限って言うと、唐突だなと思う。
この世界では基本的に偉い人ほど予定が詰まっている。
今回のお客様は割と身分が高い人だと思われるので、それほどの人物の三日後の予定なんて、空いていないことの方が普通だと思う。
だから、随分と急な話のように感じられた。
ちなみに、何でお客様の身分が高いと思ったかというと、態々ザーラさん経由で私に予定が知らされたからだ。
私に知らせる=注意しろってことだろうしね。
「カイル殿下のお客様だそうだけど、念のため、来客中は部屋から出ないで欲しいと仰ってたわ」
「分かりました」
予想は外れていなかったようだ。
お客様がどんな人かは分からないけど、部屋から出ないようにってことは注意が必要な人なのだろう。
多分、来客中はずっと部屋にいないとだめよね。
どれくらい滞在するのかしら?
いつも通り読書に勤しんでもいいけど、引きこもり用にお茶菓子でも用意して、部屋でザーラさんとプチお茶会でも開こうかしら?
どうせならメイさんも誘う?
そうやって、当日の予定をあれこれ考えたりしていたら、あっという間にお客様が来る日になった。
当日は朝から屋敷中が慌ただしい雰囲気に包まれていた。
それもそうだろう。
団長さんから聞いたところによると、今日来るお客様はなんとザイデラの皇族らしい。
しかも、二人も来る。
一人はスランタニア王国使節団担当のテンユウ殿下で、もう一人は帝都周辺が封鎖される原因となった盗難事件の捜査を担当している方らしい。
そんな高貴も高貴な人達が来るということで、色々な人が準備に走り回っていた。
メイさんも、その一人だ。
今日も朝からお客様のためのお菓子作りに勤しんでした。
作るのはスランタニア王国の焼き菓子で、マドレーヌやフィナンシェ、クッキー等だそうだ。
ローズマリーを入れたクッキー等、一部、私が提供したレシピの物も入れると言っていた。
そういう訳で、今日のプチお茶会はザーラさんと二人で行うことになった。
お茶会と言いつつ、実態はスランタニア王国に輸入する品の選定だったりする。
私が屋敷に引きこもっている間に、オスカーさんが市場で色々なお茶を仕入れて来てくれたのよね。
ただ、それら全てを商会で取り扱うのは難しいから、試飲して選んで欲しいとお願いされたのだ。
「お茶請けはいかがされますか?」
朝食後に自分の部屋で寛いでいると、ザーラさんに声を掛けられた。
午後に行う予定のお茶会の準備を始めるには少し早い気がするけど、お茶好きのザーラさんとしては待ちきれないのだろう。
お茶請けについて尋ねる声も、どこか弾んでいるような気がする。
「どうしましょうか? 今日飲むのは緑茶や青茶が中心なんですよね」
ザイデラらしいお茶をということでオスカーさんが選んだのは、緑茶や烏龍茶のような、あまり発酵していないお茶だ。
紅茶よりも淡い風味のお茶が多いので、お茶請けもザイデラで主流の物を用意した方がいいかしら?
ザイデラでよく食べられているのは、南瓜の種や胡桃、干した無花果や葡萄等のドライフルーツ。
急な話ではあるけど、使節団の屋敷にはザイデラのお客様が訪れることもあるから、ザイデラの人に馴染み深いお茶請けも何かしらあるだろう。
しかし、スランタニア王国で飲むことを考えたら、王国で主流の焼き菓子との相性もみた方がいいかもしれない。
テンユウ殿下達へのお土産として焼いた物が余っていたら、分けてもらおうかしら?
「ザイデラの物と王国の物とをですか?」
「はい。輸入するのであれば、王国のお菓子との相性もみた方がいいかなと思いまして。それで、メイさんが作っている焼き菓子が余っていれば分けてもらおうかと思うんですけど……」
「確かに、相性は確認しておいた方がよろしいかと。お土産用のお菓子は多めに作っているでしょうから、分けてもらうことはできると思いますわ」
お茶請けについて考えていたことを伝えると、ザーラさんは微笑みながら頷いた。
方針が決まれば、後は実行に移すのみ。
昼過ぎにはテンユウ殿下達が来るらしいので、準備は早めにした方がいいだろうしね。
そして、準備をすべくザーラさんと一緒に厨房へと足を運ぶことにした。
「お茶もお菓子も、結構いい量になりますね」
「そうですわね。セイ様がよろしければ、お昼と兼ねますか?」
「いいですね! そうしましょうか」
使節団の屋敷は中庭を囲うように建物が建っていて、各部屋への移動は中庭を横切るのが早い。
厨房へと向かうため、ザーラさんと話しながら中庭を歩いていると、建物と同じように面している表門の方が騒がしいことに気付いた。
何事かと視線を向けると、使節団の人が慌てた様子で門へと向かうのが見えた。
「表門が騒がしいですわね」
「そうですね。お客様でしょうか?」
ザーラさんも気になったようで、表門の方を伺いながら足を止めた。
朝食が終わり少し時間が経ったとはいえ、今はまだ昼前。
テンユウ殿下達が来るには早い。
ならば、急なお客様だろうか?
気になったけど、ザーラさんに促されたので再び足を動かした。
けれども、少し遅かったらしい。
「セイ?」
聞いたことのある声が私の名前を呼んだ。
この声は……。
嫌な予感を抱きながら恐る恐る振り返ると、門の前で驚いた顔をしているテンユウ殿下と目が合った。