舞台裏24 近付く足音
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セイと一緒になって、ユーリが範囲効果のある札を作った一週間後。
スランタニア王国の使節団が滞在する屋敷にある一室で、オスカーは書類を片手に、商会から届けられた荷物を確認していた。
(値段は安かったが、こっちの荷物は混ざり物が多いな。やっぱり、使節団の人間から紹介された商会の方が安全か)
安全上の問題で中々外に出ることができないセイの代わりに、オスカーは帝都の彼方此方に出掛けて色々な食材を買い集めていた。
品物を購入した店も様々だ。
特に限定することもなく、出向いた先で目に付いた店を片っ端から利用した。
オスカーが至る所で購入した品物は、使節団の屋敷へと届けられた。
穀物や塩等の品物には重量を誤魔化すために交ぜ物がされることもあるため、検品は必要だ。
実際に屋敷に届けられた商品の中にも、交ぜ物がされた物があった。
交ぜ物の量も様々で、交ぜ物の量が多い、品質の低い品物を納品した店は新規開拓した所が多く、先にザイデラに来ていた使節団の者達から聞いていた店から届いた品物は、交ぜ物をされていても、量が少なく、概ね一定の品質が保たれていた。
予想していた通りだ。
納品された品物を確認しながら、オスカーは気付いたことを手元の書類に書き付ける。
そんな風に、すっかり商人の姿が板に付いてしまったが、オスカーの本業は特務師団の仕事だ。
彼方此方の店を訪ね歩いたのは、商品を購入するためだけではない。
オスカーは仕入れと共に、情報の収集も行っていた。
特に気に掛けて集めていたのは、帝都が封鎖されている原因となった盗難事件に関する情報や、未だ不明の手紙の送り主に繋がりそうな情報、そしてセイに関する情報だった。
残念ながら、盗難事件に関する情報については、特筆するような情報は入手できていない。
何が盗まれたのか、犯人の目星は付いたのか等、あれこれと噂が飛び交っているのだが、どれも確証には至らない、あやふやな情報ばかりなのだ。
捜査は進められているようなのだが、相変わらず帝都周辺の出入りは規制されており、スランタニア王国に戻ることは当分叶いそうにない。
手紙の送り主に繋がりそうな情報については、少しだけ進展があった。
印章を落としたとされる店の店員が一人、事件後に姿を消したことが分かった。
もっとも、その店員の素性や行方については掴めておらず、こちらも暗礁に乗り上げている。
しかし、本拠地ではないものの、優秀な人間が多数調査に携わっているにもかかわらず、一向に手掛かりが掴めないことから予想が付くこともある。
それは、どちらの事件にもザイデラの有力者が関わっているということだ。
(ここまで綺麗に隠し通すなんて、どれだけ上の人間が関わってるんだか……)
ペンを走らせながら思い返すのは、前日に行われた会議の様子だ。
セイ達がザイデラに来て以降、セイ以外の主立った者達で定期的に会議が開かれていた。
議題はもちろん、オスカー達が調べている事件についてだ。
オスカーが取り纏めた調査報告を聞いた面々の表情は険しいものだった。
進展がないのだから、当然だろう。
けれども、調査を始めて以降、めぼしい進展がないことに、参加者の一人が口を開いた。
事件には有力者が関わっているに違いないと。
皆、思っていたことは同じようで、口々にその意見を肯定した。
現地の有力者が関わっているのならば、こちらがこれ以上の情報を集めるのは困難だ。
そこで話し合った結果、独自の調査は続けるものの、ザイデラのとある人物に頼ることが決まった。
使節団の者達よりもザイデラの世情に詳しく、かつ、有力者についても詳しい者。
頼ることにしたのは、ザイデラの第十八皇子であるテンユウだ。
留学に来ていたテンユウはスランタニア王国に友好的であり、加えて、万能薬を渡したという貸しもある。
他のザイデラの者達よりも、まともな情報を送ってくれる可能性が高い。
テンユウへの連絡は同じ王族であるカイルが行うこととなった。
会議の後、早速カイルはテンユウへと手紙を送った。
最後に、セイに関する情報だが、こちらは二つの事件と比較しても情報が集まらなかった。
そもそも人々の話題に上っていないのだ。
市街の一部では、スランタニア王国の使節団に新たな人員が加わったことが知られていたが、セイだと特定されるような話はほとんど聞こえてこなかった。
耳にしたのは、使用人の中に女性がいたという話くらいだろうか。
女性がいるというのは珍しい話でもないため、それ以上話題に上ることもなかったようだ。
二つの事件とは異なり、こちらは歓迎すべき状況だと言える。
セイのザイデラ訪問はお忍びであり、下手に注目を浴びて、ザイデラの有力者に目を付けられても困るからだ。
しかし、セイに関する情報収集を行っている際に、予想外のことを耳にすることもあった。
新しくザイデラに来た人員の中に、セイ以上に人々の興味を集めている人物がいたのだ。
「ん? どうぞーって、メイか」
「お疲れ様です」
ドアがノックされたのに応えると、メイが部屋の中へと入ってきた。
メイが後ろ手にしっかりとドアを閉めるのを確認してから、オスカーは口を開いた。
「どうだった?」
「相変わらずですね。噂されてるのはドレヴェス様くらいです」
声を掛けられたメイは、オスカーに聞こえるくらいの小さな声で答えながら近付き、オスカーの前にある箱の中身を覗く。
誰かが突然部屋の中に入ってきたとしても、食材について話していたと誤魔化せるような態度だ。
箱の中身が食材だと知っているから、気になったのもあるだろう。
実際に話している内容は、セイに関する情報収集の成果についてだ。
メイも厨房で仕事をする傍ら、彼方此方で噂話を集めていた。
今日も厨房のお使いで出掛けた先で世間話をしてきたのだが、相変わらずセイのことが噂になっている様子はなく、聞こえてきたのは宮廷魔道師団の師団長であるユーリのことばかりであった。
「相変わらずか……」
「はい。いい目眩ましになってます」
目眩ましという名の言葉に、オスカーはげんなりとした様子で遠くを見つめた。
所謂、遠い目というものだ。
(狙っていた訳じゃないよな? あれはどう見ても自分の趣味に走っていたようにしか見えなかった)
魔法に関する事柄に目がないユーリは、ザイデラに来ても研究の手を止めなかった
セイの護衛として来たにもかかわらず、理由を付けては屋敷の外へと足を運んだ。
天は二物を与えずという言葉があるが、ユーリは魔法の才能もさることながら、外見も非常に整っている。
スランタニア王国では、男女問わず、初めてユーリの姿を見た者のほとんどが感嘆の溜息を吐くほどだ。
そんなユーリの美貌はザイデラでも通用したらしい。
ザイデラ人とは異なる相貌も相まって、行く先々で注目を浴びた。
結果として、セイが耳目を集めることはなく、ユーリが目眩ましとなった形だ。
「あっ、そうだ。今日は新しい札の話が加わってましたよ」
「新しい札?」
ふいに、メイは思い出したようにユーリの噂に新しい話が加わっていたことを告げた。
咄嗟に新しい札に関する情報が思い浮かばなかったオスカーが尋ねると、メイは二度首を縦に振ってから口を開いた。
「例の範囲効果があるやつです」
「あぁ、アレね。でも、アレ、あんまり効果がなくて失敗作だったって聞いたけど」
「それが、どうも違ったみたいですよ」
メイが言う新しい札というのは、ユーリが既存の模様を組み合わせて作った範囲効果がある札だ。
一枚で複数の人間の防御力を向上させることができるものの、期待したよりも遥かに効果が低かったため、ユーリの中では失敗作とされていた。
ところが、完全な失敗作ではなかったようだ。
札を更に改良しようとしたユーリが札屋に問い合わせたところ、ザイデラで流通している支援系の札には範囲効果を持つ物は存在しないことが判明したのだ。
効果が低いとはいえ、新たな札の誕生に、問い合わせを受けた札屋では大騒ぎになった。
恐らく、その場に出会した者達によって広まったのだろう。
今日、メイが耳にしたユーリの噂には、新しい札を開発した話が加わっていた。
「聞いてない……。あの札でそんな騒動になってたなんて、聞いてないんですけど!?」
ユーリの動向については、オスカーもある程度は把握していた。
札の模様について知見を得たいからと、札屋に問い合わせをしていたのも把握していたのだが、札屋で騒ぎになっていたことまでは把握していなかった。
セイの噂が出回らないことに注力していた分、ユーリの監視が疎かになってしまったのだ。
部屋に頭を抱えたオスカーの悲鳴が響いた。
◆
ザイデラの皇宮の一角にある執務室で、テンユウはスランタニア王国の使節団から届いた手紙に目を通していた。
手紙の送り主はカイルだ。
カイルから手紙を貰うのは初めてではない。
使節団がザイデラに到着してからというもの、何度も遣り取りをしている。
こうして、テンユウがカイルと遣り取りするようになったのは、テンユウがザイデラ側の窓口になっているからだ。
テンユウがスランタニア王国に留学し、言葉や物事に精通していることから、窓口として抜擢されたのだ。
手紙の内容は季節の挨拶だけのときもあれば、人や物を紹介して欲しいといった頼み事が書かれていることもある。
ここ最近は、盗難事件による帝都周辺の移動制限がいつ解かれるかといった問い合わせがあった。
スランタニア王国に戻らなければならない人物がいるのだが、制限のせいで帰れなくて困っているらしい。
スランタニア王国には母親の病気の治療薬、それも王家に代々伝わってきた貴重な薬を譲ってもらったという大きな借りがある。
故に、使節団からの依頼に関しては、いつも真摯に対応していた。
カイルからの手紙で事件を知ったテンユウは、すぐに詳細について調べた。
しかし、これといった情報を手に入れることができなかった。
後ろ盾が弱く、あまり力を持っていないといっても、曲がりなりにも皇子だ。
自分の手の者だけで調べたことを加味しても、テンユウがまともに情報を入手できないのは不自然だった。
そのことが、事件に高位の者が関わっていることを匂わせた。
自分と周囲の者達の命を守るため、普段は権力の中枢にいるような者達に近付くことは避けていた。
けれども、カイルが困っているならばできる限り助けたい考えたテンユウは、普段は避けている兄皇子の一人に連絡を取った。
帝都周辺を封鎖することになった盗難事件の捜査を取り纏めているのが、その人物だったためだ。
皇子にも色々な性格の者がいるが、幸いなことに事件を担当している皇子は公正な人物として有名だ。
テンユウの帝都周辺の封鎖がいつ解けるかといった問いにも、きちんと答えてくれた。
残念ながら、事件の捜査は難航しているようで、帝都周辺の封鎖は当分解くことができないという回答だったが。
もう一度、異母兄に連絡をし、事情を説明した方が良いだろうか?
周辺の封鎖を解くことはできなくとも、特例で使節団の人員を帰国させることができるかもしれない。
二度目の問い合わせの手紙を手に持ったまま考え込んでいたテンユウの耳に声が届いた。
「殿下」
従者の一人に声を掛けられたテンユウは、読んでいた手紙から視線を上げた。
用件を言うよう視線で問うと、従者は来客が訪れたことを告げる。
「客? 今日、誰か来る予定があった?」
毎朝確認している予定では、今日は来客はなかったはずだ。
聞き落としたのだろうかと、テンユウが確認すると従者は首を横に振った。
「いえ。突然の御訪問で」
「御訪問……。誰?」
従者の言葉遣いに、客が高貴な身分であることを悟ったテンユウは客が何者なのかを誰何した。
返ってきた名前に僅かに目を丸くする。
予定になかった来客だが、会わないという選択肢はなかった。
何故なら、その客は今正に連絡を取ろうとしていた人物――第五皇子だった。