154 こともなげに
ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!
師団長様の様子を見ながら、私は黙々とインクを作った。
インクを作る必要がないときは、その辺にある書物を眺めて時間を潰した。
この部屋に集められている書物は、お札に関する物ばかりのようだ。
基礎的な内容の物から読んでいるけど、かなり面白く、いい暇潰しになった。
三度目のインク作製からは、ザーラさんも手伝ってくれた。
小皿に鉱石の粉末と溶かした膠を取り分け、更には足りなくなったら膠を溶かす作業まで受け持ってくれたのだ。
私は用意された材料を練りながら、魔力を注ぐだけ。
果たして、手伝いと言っていいのだろうか?
作業量はザーラさんの方が多いような気がして、疑問だ。
二度目でインクの作製に成功したものの、その後も何度か失敗した。
師団長様曰く、材料の鉱物に魔力ではなく魔法を付与してしまったのが失敗の原因だそうだ。
この鉱物にはこういう効果を付与したわねなんて、魔法付与を行ったときのことを考えていたのがいけなかったようだ。
普通の魔力を注いだときとは異なり、魔法付与してしまったときには明確に失敗したことが分かった。
指先にパシッと衝撃が走ったからだ。
衝撃を感じて、唖然としたのは何度だろう?
無駄にした材料のことを思うと、ちょっと心が痛い。
私達がインクを作っている間にも、師団長様は書物を見ながら黙々とお札を作っていた。
乾燥させるために並べられているお札を見ると、同じ模様の物もあれば、違う模様の物もあった。
一種類だけではなく、様々な種類のお札を作っているようだ。
取り敢えず、書物に載っている物を順番に作っているのかしら?
時折、「鑑定」という言葉が聞こえてきたので、一枚描き上げる度に鑑定魔法で効果を確認していたのかもしれない。
「やはり、セイ様が作ったインクは効果が高いですね」
実験は順調そうだと思いながら、書物に目を落としていると、不穏な言葉が聞こえた。
私が作ったインクが何ですって?
ギギギギと軋む音が聞こえてきそうな速度で声がした方に顔を向けると、師団長様が顎に手を添えて描き上げたお札を見ていた。
視線に気付いた師団長様も私の方を向くと、ニッコリと微笑んだ。
「書物に載っている効果と作製した札の効果とに乖離がありまして」
「はぁ」
「試しに、市販の墨を使って札を作ったところ、書物に書いてある通りの効果を発揮したのです」
市販の墨と聞いて、師団長様の手元を見ると、硯と墨が置いてあった。
硯の中の墨汁の色とインクの色は同じように見えるので、使われている鉱物も同じ物なのだろう。
いつの間に用意したのかしら?
そんなことよりも、重要なのは乖離という言葉だ。
先の「効果が高い」という言葉も併せて考えると、お馴染みとなったアレですね。
五割増しの呪い。
まさか、インクの作製でも効果を発揮するとは思わなかった……。
こうして突き付けられるのは、何時以来かしら?
どこか遠くの方を見ながら、ヒクリと頬を引き攣らせた。
現実逃避をしている間に、師団長様はきっちりと引導も渡してくれた。
実際に、私が作ったインクで作製したお札は、書物に書かれている効果よりも1.5倍の効果があったらしい。
予想通りだ。
そうした一幕がありつつ、暫くすると、師団長様からインクの種類を変えたいと言われた。
次に指定された鉱物は、今まで使っていた物よりも高度な支援系の魔法付与を行う際に使う物だった。
となると、これから作るお札も今までよりも高度な物になるのかもしれない。
指示された鉱物を使ってインクを作ると、その前よりも多くの魔力が必要となった。
材料のランクが高くなったからだろうか?
とはいえ、私の最大MPからすると、微々たるものだ。
作製は問題なく行えた。
師団長様が描き上げるお札も、徐々に模様が複雑になっていった。
試しに聞いてみると、予想通り、最初の頃よりも高度な効果のお札だった。
だからだろうか。
段々と鑑定魔法を使う声の間隔が開いてきた。
師団長様の声が全く聞こえなくなって、どれくらい経っただろうか?
暇潰しに読んでいた書物から顔を上げると、同じく書物を読んでいたザーラさんと目が合った。
ザーラさんも気になったようだ。
お互いに頷いた後に師団長様の方を見ると、筆を持ったまま考え込んでいた。
声を掛けてみようか?
今声を掛けたら、邪魔になるかしら?
少し悩んで、やっぱり声を掛けようと息を吸ったところで、師団長様が手を動かした。
迷いなく運ばれる筆の動きは滑らかで、今までの時間が嘘のようだ。
そして描き終わると、師団長様はやり遂げたとばかりに大きく息を吐いた。
鑑定魔法でお札の効果を確認した師団長様が、困ったような笑みを浮かべる。
会心の出来といった感じではない。
もしかして、失敗したのだろうか?
「できたんですか?」
「できたことは、できたのですが、期待していたほどの効果はありませんでした」
恐る恐る尋ねると、師団長様は表情を変えずに応えてくれた。
期待していたほどの効果はない?
失敗ってことかしら?
書籍に載っている効果よりも低い効果だったってことよね?
更に質問してみようと思い口を開いたところで、師団長様は書き上げたばかりのお札に魔力を流した。
お札から一瞬白い光が放たれると、馴染みのある感覚が体を通り抜けた。
「防御力向上の効果だったんですか?」
「はい。セイ様にも効果は現れたようですね」
感じたのは、防御力が向上する魔法を掛けたときと同じ感覚だ。
ただ、魔法を掛けたときよりも随分弱い感じがするので、効果はあまりないのだろう。
……、ん?
「今、私にもって言いました?」
ふと引っ掛かりを覚えたので尋ねてみると、師団長様は頷いた。
話を聞けば、今使ったお札は範囲効果がある物だと言う。
あぁ、だから私にも効果があったのね。
一人納得していると、師団長様はザーラさんにも効果があったか確認していた。
ザーラさんにも効果はあったようで、回答を聞いた師団長様は頷きながら、その辺りにあった紙にメモを取っていた。
使っている筆は、先程までお札の模様を描いていた物だけど、いいのかしら?
何となく気になったけど、ツッコむのは止めておいた。
師団長様が気にせず使っているってことは、多分問題ないのだろう。
「それにしても、お札にも範囲効果がある物があるんですね」
「そうですね。水を一定の範囲に撒く物を参考に試してみましたが、札にも範囲効果を持たせることはできるようです」
てっきり元からある物だと思っていたけど、師団長様の口振りは何だか怪しい。
参考に試してみたって、まさかとは思うけど、新しく札の模様を考案したとかじゃないわよね?
「書物に載っている物じゃなかったんですか?」
「えぇ。書物に載っていた模様を組み合わせてみたのです」
嫌な予感を覚えつつ尋ねれば、当然と言った風に師団長様は頷いた。
肯定してくれたけど、既存の模様を組み合わせて新たに作ったのなら、それはもう新しい模様じゃない?
師団長様からすれば、組み合わせただけなのかもしれないけど……。
横で聞いていたザーラさんも驚きのあまり口を開いたままだ。
「すみません。鑑定魔法を掛けてもよろしいですか?」
「えっ? はい」
「『鑑定』……。上昇率は均等なようですね。三人分の上昇率を足しても、単体で保持していた上昇率には及ばない……」
呆然としている間にも、師団長様はザーラさんに鑑定魔法を掛けて、色々と調べていた。
呟きの内容からすると、単体効果があるお札を範囲効果がある物に改変すると、効果が低減してしまうようだ。
もしかして、これが理由で範囲効果がある支援系のお札がないのかしら?
だとしたら、師団長様が作ったお札も既知の物で、あえて書物に載せていなかっただけかもしれない。
その考えが希望的観測に基づくものだったことを知るのは、この数日後のことだった。