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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第五章
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152 似たもの

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!

 師団長様の提言から一週間後、インクの工房へ向かった。


 一週間という短期間で安全確保の調査が終わったのは、やる気に溢れた師団長様が魔法付与の品を使節団の人達に提供したからだ。

 師団長様の自作ということで、効果の程は折り紙付きだ。

 テンユウ殿下がスランタニア王国に来たときに作った、認識阻害の魔法を更に強化した物なんかも作ったらしい。

 あのときはレースの隙間から見える髪の色や容貌を認識しにくくするという概念を伝えただけで、匂いや足音を消す等の応用技なんて伝えていなかったんだけど……。

 話を聞いて、とても危険な概念を師団長様に教えてしまったのではないかと、少しばかり後悔した。


 そんな、調査を効率的に進めて欲しいという雄弁な圧を使節団の人は感じ取ったのだろう。

 調査はかなり速いスピードで進められたようだ。

 行き先が決まったことを教えに来てくれた人が、前より煤けたような気がしたのは、多分気のせいじゃない。


 インクの工房までは、いつも通り馬車で向かった。

 馬車の窓に掛けられたシェードを少しずらして外を眺めていると、整然とした街並みが徐々に雑多なものへと変わっていった。

 工房があるのは、使節団のお屋敷周辺や札屋がある所よりも庶民的な所だった。

 所謂、下町という場所だ。


 お屋敷や札屋の周辺の道幅は馬車が通れるほど広かったのだけど、工房に近付くにつれて徐々に狭くなっていった。

 使節団の人の話では、工房の前の道は小さな馬車が一台通れるくらいの幅しかないらしい。

 乗って来た馬車では到底入れないので、行ける所まで馬車に乗り、途中からは歩いて行った。


 町屋と言うのだろうか?

 工房は奥に細長い二階建ての建物で、周囲には同じような建物がひしめき合っている。

 先触れを出していたからか、工房の親方とお弟子さん達は玄関の外で待っていてくれた。



『こんにちは。連絡をしたスランタニア王国の者です』

『ようこそ』



 この間のように、工房にはスランタニア語を話せる人がいないため、私が通訳をすることになった。

 側仕えとしての、初めてのまともな仕事だ。


 親方は白髪交じりの黒髪に茶色の目をしている、背は低いけどがっしりとした体型のおじ様だ。

 私が代表して挨拶をすると、一応歓迎の言葉を返してくれた。


 けれども、態度はそうでもない。

 どことなく、面倒だなという雰囲気を醸し出していた。

 まぁ、急な話だったし、お客という訳でもないから、こういう態度を取られても仕方がない。


 お弟子さん達の方はというと、皆揃って師団長様の顔に釘付けだった。

 国を跨いでも、師団長様の顔面力は発揮されるらしい。

 頬を染める人もいて、年若い彼の未来が少々心配になった。


 インクの材料や作っている所を見てみたいという、こちらの要望は予め伝えられていたらしい。

 工房の親方は挨拶が終わると、早速工房の中へと入り、色々と見せてくれた。



『こちらが材料です』

「こちらが材料だそうです」

「色々ありますね」



 親方の説明を他の人達に通訳する。

 流石に同時通訳はできないので、時間が少し掛かる。

 けれども、事情を鑑みてくれているのか、親方はこちらを急かすようなことはしなかった。

 とてもありがたい。


 親方が指し示した棚には、陶器の瓶が並んでいた。

 蓋を開けて中を見ると、色とりどりの粉末が入っていた。

 粉末は鉱物を細かく砕いた物らしい。


 親方が挙げる鉱物の名前には、聞いたことがある物もあった。

 師団長様も聞き覚えのある物が多いのか、名前を告げる度に頷いた。


 続けて提示されたのは、(にかわ)と香料だ。

 膠は動物の皮等を水で煮た液を乾かし固めた物で、接着剤として使われることが多い物だ。


 香料は膠の臭いを消すために入れるらしい。

 膠は紙に鉱物の粉を定着させるために入れるのかしら?

 そちらについての説明はなかったので謎だ。


 材料の紹介が終わると、次は作り方の説明に入った。

 作り方はいくつかの工程に分かれていて、お弟子さん達が分担して作業に当たっていた。


 工程は、膠の溶解から始まる。

 固まっている膠を湯煎して溶かすのだ。

 お弟子さんの一人が竃の前で、大きな鍋に膠を入れた鍋を載せて溶かしていた。


 次の工程は、材料の混合だ。

 溶かした膠の中に鉱物の粉末と水を入れて混ぜ合わせる。

 馴染ませた後に、更に臭い消しの香料を追加して、混ぜ合わせる。

 ここまで進めると、材料は餅状の塊となった。

 

 三番目の工程は、一番重要な工程らしい。

 ここでは、二番目の工程でできあがった餅を只管練る。

 一時間くらいは練るらしい。

 練り上がったかどうかは、長年の勘で判断するそうだ。

 だから、お弟子さんの中でも年長の人が担当してるのね。

 作業をしている人を見て納得した。


 最後の工程は、成形だ。

 練り上がった物を小分けにし、木型に入れて成形する。

 成形した物を乾燥させ、磨いたりなんだりすれば完成だ。



『こちらができあがった物になります』

「こちらができあがった物になるそうです……」

「インクと聞いていましたが、これは……」



 親方が見せてくれたのは、手のひらに載る大きさの四角い固形物だった。

 インクって聞いてたけど、これってどう見ても墨にしか見えない。

 黒だけでなく、赤や青の物もあるけど。


 師団長様も意表を突かれたのだろう。

 目を丸くして、四角い物体を凝視していた。



『あの、これって墨ですか?』

『墨以外の何に見えるってんだ?』

『いえ、インクだと聞いていたので、ちょっと驚いちゃって……』

『いんくって言うと、異国の墨か。あれは液体だもんな』



 気になって聞いてみると、できあがった物は墨で間違いないようだった。

 親方の認識ではインクは異国の墨らしいので、テンユウ殿下が師団長様に説明したときもインクだと翻訳されたのだろう。


 そうなると、使うときには書道のときのように、硯に水を入れて磨るのかしら?

 親方に尋ねてみると、不思議な顔をされながらも、その通りだと頷かれた。

 親方との遣り取りを見ていた他の人達にも使い方を教えると、納得したり、感心したりといった反応が返ってきた。


 一通りの説明が終わると、質問タイムへと移行した。

 師団長様は水を得た魚のように、親方へと色々な質問を浴びせた。

 最初は無愛想だった親方だけど、質問の内容が専門的なものになるにつれ、最初の頃が嘘のように生き生きと答えてくれるようになっていった。

 この感じ、以前も見たことがある……。

 クラウスナー領にいる製薬の師匠の顔が、チラリと脳裏を過った。


 怒涛の勢いで流れている会話を必死に通訳していると、いつの間にか師団長様が腕捲りをしだした。

 通訳に気を取られて、肝心の内容は頭にほとんど残っていない。

 えっ? 何?

 何を始めるの?

 確か、墨を練りたいって言ってたかしら?


 直前の会話の断片を思い出している間に、親方と師団長様は三番目の工程であった、餅の塊を練る作業場に移動していた。

 慌てて付いていくと、親方が片手で持てるくらいの量の弁柄色の塊を自分と師団長様の前の台に置いた。

 そして、説明をしながら自身の前に置いていた塊を練っていく。

 親方の仕草を見て、師団長様も取り分けられた餅に手を伸ばし、練り始めた。



『練りながら、墨に魔力を与えるんだ』

「なるほど。ここで魔力を付与するんですね。……ふむ。与えるのは純粋な火属性の魔力ですか」

『お! あんた、いい筋してんな』



 さっきは練るとしか言ってなかったけど、魔力も付与するのね。

 師団長様の豊富な知識が親方の頑なな心を解したのか、親方は先程よりも詳しく説明してくれた。


 師団長様はというと、説明がなくても見ていただけで分かったらしい。

 通訳も介さず、見様見真似で練っていたけど、その様子を見て親方が笑顔を浮かべて誉めていた。

 親方の話によると、この工程を最初から上手くできる人はほとんどいないそうだ。


 まぁ、師団長様にとって魔力を付与するのはお手の物だろう。

 付与に必要そうな魔力操作の技量は国内随一の腕を持っているのだから。



『そろそろいいぞ』

「できあがりましたね」



 親方が言うのと同時に、師団長様も作業が終わったことを宣言した。

 練り上がった墨を前に、親方も師団長様もいい笑顔を浮かべている。

 会心の出来なのだろう。

 師団長様が練った墨を見て、親方は満足そうに頷いた。



『少し詳しく見せてもらっても、よろしいでしょうか?』

『詳しく? 別に、構わねぇが……』



 自分が練った墨を手に取って、矯めつ眇めつ眺めていた師団長様が詳しく見たいと言い出した。

 師団長様の言葉を通訳し、親方に許可を取ると、親方は怪訝そうな顔をしながら許可してくれる。

 許可が下りたことを告げると、師団長様は墨に鑑定魔法を掛けた。



「『鑑定』」

『何だっ!?』



 師団長様が詳しくと言っていた時点で私達は予想していたけど、親方にとっては予想外のことだったようだ。

 魔法が発動するのを見て、声を上げて驚いていた。

 親方は鑑定魔法を見たことがなかったようで、説明を受けて更に驚いていた。


 あまりの驚きように、不思議に思って尋ねると意外なことが分かった。

 スランタニア王国でも鑑定魔法が使える人は少なかったけど、ザイデラでは更に少ないようなのだ。

 親方の話では、ザイデラの人達の中で鑑定魔法が使える人は皇帝が住む宮殿にしかいないらしい。

 そんなにっ!?



「我が国でも大きな商会には使える者がいると聞いているが……」

「それほど少ないのでしたら、皇宮に召し上げられないために存在を隠しているのかもしれませんわ」

「あぁ。そういうこともあるか」



 鑑定魔法が使える人の話は団長さんも意外だったようだ。

 ただ、ザーラさんが説明したように、隠されている可能性はある。

 似たような話だと、スランタニア王国でも商会に所属する優秀な薬師は隠されていることが多いらしいしね。


 翻って、驚く私達をよそに、師団長様に驚いた様子はなかった。

 親方の話を聞いて、納得するかのように頷いている。

 私達が気付かない何かに気付いているのかもしれない。


 初めて見る鑑定魔法に興奮した親方に頼まれて、師団長様が工房にある材料に鑑定魔法を掛けまくる一面があったものの、この後も何事もなく時間は過ぎていった。

 そして、師団長様が満足した後、私達は工房を後にした。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


気付けば、もう大晦日。

一年が過ぎるのが早い!

もう、びっくりですよ。


今年も一年、応援してくださり、本当にありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

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