150 捜査?
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手紙の差出人の目的を探るべく、作戦は決行された。
万能薬をお屋敷に置いたまま、私達はお屋敷の外、市街へと繰り出した。
今回の作戦の主人公は師団長様だけど、私もついて行く。
だから、一応の安全確保はされた。
まず、護衛の調整だ。
相手が動きやすくするために、表立っての護衛は団長さんの一人だけとなった。
ただ、主人公である師団長様も手練れで、一緒に行ってくれるザーラさんも護身術の嗜みがあるらしい。
更に、何人もの人が隠れて護衛をしてくれるらしく、思っていた以上に体制は整えられた。
次に、行き先の調整だ。
行き先は使節団の人が決めた。
安全だと調査済みのお店で、ザイデラでは札屋と呼ばれているお店だ。
なお、師団長様の希望も多分に反映されている。
札屋というのは、ザイデラで「札」と呼ばれる物を売っているお店だ。
お札は紙に特殊なインクで紋様を描いた物で、誰でも使える。
また、お札を使って火を出したり、水を出したりすることができ、高価な物では、物理攻撃力や魔法攻撃力等も上げることができるそうだ。
お札を起動させるには、お札に魔力を流す必要がある。
これだけ聞くと、魔法付与された品と同じような気がするけど、異なっている部分もあった。
魔法付与された品と異なり、お札は一度使うと再度使うことはできないらしい。
また、能力を向上させる効果については一定時間が経つと効果が消えるらしい。
この辺りは、魔法や料理で能力を向上させるのと変わらなかった。
魔法付与された品とよく似たお札に、魔法に関することに目がない師団長様も、当然のように興味を引かれたらしい。
留学に来ていたテンユウ殿下からお札のことを聞いた師団長様は、ザイデラに来たら必ず実物を見ようと心に決めていたそうだ。
この話を聞いて、行き先に札屋を希望したあたり、差出人の目的を探るのが本題ではないことがよく分かる。
ちなみに、師団長様とテンユウ殿下は、テンユウ殿下が宮廷魔道師団を視察した折に知り合ったそうだ。
テンユウ殿下が王宮にある研究所を見て回っていたのは知っていたけど、宮廷魔道師団にも行っていたのね。
考えてみると、宮廷魔道師団には魔法に関する研究をしている人もいるから、あそこも研究所のような物かと納得した。
「ここですか!」
お屋敷からお店までは馬車に乗って来た。
馬車から降りた師団長様は、すこぶるイイ笑顔を浮かべていた。
鼻歌を歌いながら、スキップでもしそうな勢いだ。
貴族の教育を受けているから、実際にはそんなことしなかったけど。
捜査は、やっぱり二の次なのね。
予想通りの展開に、思わず苦笑いが浮かぶ。
隣に目をやれば、ザーラさんも苦笑を浮かべていた。
視線に気付いたザーラさんがこちらを向いたので、示し合わせたように一緒に目を細めた。
『いらっしゃいませ』
師団長様を先頭に、私、団長さん、そしてザーラさんの順でお店の中に入った。
オスカーさんとメイさんは、あまり戦闘に長けていないということで別行動だ。
オスカーさんは食材を探しに、メイさんはお屋敷の料理人さんにザイデラ料理を習うためにお屋敷に残った。
声を掛けてくれた店員さんに、使節団の人から預かった手紙を渡す。
紹介状だ。
店員さんは受け取った手紙の差出人を確認すると、ニッコリと微笑んで口を開いた。
「本日はどのような物をお探しでございますか?」
どうやら、この店員さんはスランタニア王国の言葉を話せるようだ。
ザイデラ語から流暢なスランタニア語へと切り替えてくれた。
このお店を教えてくれた人によると、ここは安全なだけでなく、お札のことを色々聞くのにも最適なお店らしい。
首都で一番大きなお店ではないけど、品揃えが豊富で、店員さんの対応も良いという話だった。
対応が良いという話には、スランタニア語を話せる店員さんがいることも含まれていたのだろう。
あれこれ聞きたい師団長様には、正にうってつけのお店だ。
「この店で扱っている札を全て見せてくれるかい? ここは品揃えが良いと知人に教えてもらってね」
平然と全種類の札を見たいと師団長様が告げると、店員さんは恭しく、店の奥にある商談席に案内してくれた。
その後の紹介で知ったけど、このお店の店長さんだったらしい。
商談席の真ん中を陣取ったのは師団長様だ。
分かってた。
予想は付いていた。
捜査と言いながら、来るのを物凄く楽しみにしていたもの。
中心に座るわよね。
続いて、師団長様の左隣に私が座り、右隣にはザーラさんが座った。
本来であれば、二人共、師団長様の後ろに立つべきだ。
けれども、私の本来の身分のこともあり、一緒に席に着くことになった。
この辺りは、お店に向かう前に打ち合わせ済みだ。
また、団長さんは護衛ということで、私と師団長様の間、後方に立った。
席に案内されて少しすると、店長さんが他の店員さんと連れ立って、色々なお札を持って来てくれた。
量からして、師団長様が望んだ通り、このお店で取り扱っている全てのお札を持って来たのかもしれない。
呆気に取られている間に、店長さんはお札を次々と師団長さんの前に並べていった。
お札は長方形の白い紙でできていた。
色は違うけど、中国の妖怪であるキョンシーの顔に貼られたお札を彷彿とさせる。
大きさは数種類あり、一定の規格があるように見えた。
ただ、描かれている模様は札によって異なり、また使っているインクの色も様々だ。
「模様は異なりますが、同じインクが使われている物がありますね」
「はい。左手にお持ちの札は水球を出す物で、右手にお持ちの札は雨状に水を撒く物になります」
「なるほど。よく見ると、模様も一部同じなようですね」
お札を手に取りながら、師団長様は次々と質問をしていく。
説明を聞きながら、頭の中ではあれこれと考えているのだろう。
時折、一人納得したように頷いていた。
捜査の方はいいのかしら?
気になるものの、この状態の師団長様は止められそうにない。
今のところ団長さんが何も言ってこないから、特に危険はないのだろう。
ならば、折角なので私もちゃんと見ようかしら?
そう思って、目の前に広げられたお札に視線を移す。
模様を描くのに特殊なインクを使ってるって聞いたけど、インクというより墨だと言われた方がしっくりくる風情だ。
また、大きさだけでなく、模様の細かさにも一定の規格があるように思える。
少し気になって、並べられている物の中から細かい模様の物に目を凝らすと、私の様子に気付いた店員さんが眺めていたお札を手渡してくれた。
店員さんの説明によると、このお札は物理防御力が高まる物のようだ。
へー、水が出せる物だけじゃなくて、能力を向上させる物もあるんだ。
『お札の大きさって決まってるんですか?』
『特に決まりはないのですが、私共の店では使いやすい大きさの物で統一しております』
店員さんがスランタニア語を話せるか気になったので、ザイデラ語を意識して話してみた。
すると、店員さんもザイデラ語で返してくれた。
意識するだけで色々な国の言葉が話せるのって便利よね。
本当にありがたい。
店長さんもだけど、この店員さんもとても親切だ。
気になってしまって、とても基本的なことを聞いてしまったけど、店員さんは嫌な顔をせずに教えてくれた。
気を良くして、他にもあれこれ聞いてみた。
お札は紙と特殊なインクを使用して作られると聞いていたけど、正にその通りらしい。
紙は何の変哲もない物だけど、インクはお札を書くための特別な物だそうだ。
紙とインクは別の工房から仕入れているけど、お札を書くのはこのお店が抱えている職人さんだ。
お札に描かれている模様は結構複雑なのだけど、この模様は筆で描いているそうだ。
決められた大きさの紙に筆で細かい模様を描くため、技術が必要になるようだ。
効果によって描く模様も変わるため、ポーションのレシピを覚えるより大変かもしれない。
中級以上のランクのポーションを作るには製薬スキルが必要になるけど、お札にもそういう関連スキルがあるのかしら?
気になって聞いてみたけど、残念ながら「分からない」という言葉が返ってきた。
分からないということは、簡単な物なら私でも作れるかもしれない。
試しに、お礼の模様が紹介されている本はあるのかと聞いてみたら、簡単な物が紹介されている本はあるらしい。
先日渡された本の中にはお札について書かれている物はなかったわね。
お屋敷に帰ってから、取り寄せてもらえないか聞いてみようかな?
そうして店員さんに色々と聞いている間に、師団長様と店長さんの話が終わったらしい。
思ったよりも短い時間で済んだのは、宿に戻ってからお札を調べるためだろう。
その証拠に、師団長様は一通りのお札を買うことにしたようだ。
店長さんは、とても良い笑顔を浮かべている。
全種類のお札って、さっき店長さん達が持って来たのと同じ量よね?
持って帰るにしても、かなりの荷物になりそうだ。
えっ? 調査に使うために複数枚買っている物もある?
紙とインクも?
インクって、もちろん複数の種類がありますよね?
乗ってきた馬車に全部の荷物が載るだろうかと心配したところで、店長さんからありがたい申し出があった。
師団長様が買った品物は宿の方に届けてくれるそうだ。
今日中に届けてくれるということで、早く調べたそうにしている師団長様も異存はないようだ。
手厚いサービスに感謝して、満足した私達はお店を後にした。
一息吐いたところで、捜査のことを思い出す。
そう言えば、どうなったの?
馬車に乗ってから話を聞いたところ、まともな答えが返ってきた。
「何人かの視線は感じましたけど、特に敵意は感じませんでしたね。ホーク団長は何かお気付きになりましたか?」
「こちらを観察している者は何人かいたな。その他に、おかしな動きをしている者はいなかった」
ああ見えて、師団長様はちゃんと仕事をしていたようだ。
団長さんは言うに及ばず。
そして、ザーラさんも周囲に注意を払っていたようだ。
「注目を集めていたのは、ドレヴェス様、ホーク様、私の三人ですね。珍しい姿をしているからかもしれません。セイ様に注視する者は見当たりませんでしたし」
ザーラさんの言う通り、ザイデラには黒髪や茶髪の人が多く、目の色も同様だ。
私にとって馴染み深い姿をした人達ばかりだったけど、彼等にしてみてもそうだったのだろう。
「セイは何か気付いたことはあったか?」
「すみません、特には……」
全く気を配っていなかった訳ではないけど、他人の視線にあまり敏感でない私には気付けたことはなかった。
自分一人だけ仕事をしていなかったようで、肩身が狭い。
結局、怪しい動きはなかったという結論に至り、その後も何事もなく、お屋敷までは無事に帰ることができた。