149 口実
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※都合により、本編146話に設定を追記いたしました。
※本話を読んで「あれ?」っと思った方は、お手数をおかけしますが、お時間があるときにでも読み直していただければ幸いです。
カイル殿下がお屋敷に戻って来たと連絡を受けて、私と団長さんと師団長様の三人は、カイル殿下がいるという部屋へと向かった。
部屋の前、左右に護衛が立つ両開きの扉の前に到着すると、先触れを受けていた侍従さんが中から扉を開けて迎え入れてくれた。
カイル殿下がいたのは内向きの、居間のような場所だった。
食堂と同じく、こちらにもザイデラ様式の家具が置かれている。
カイル殿下も着替えを済ませて、簡単な食事を摂った後のようで、寛いだ様子で椅子の前に立っていた。
「遅くまで、お疲れ様でした」
「恐れ入ります。どうぞ、お掛けください」
労いの声を掛けると、カイル殿下は虚を衝かれたように目を瞠いた。
けれども、すぐに気を取り直したようで、私達にも椅子に座るよう勧めてくれた。
それぞれが椅子に座ると、侍従さんがお茶を淹れてくれた。
用が済んだ侍従さんは立ち去り、部屋の中には私達四人だけとなる。
予め人払いがされていたようだ。
供されたのは、皆が飲み慣れているハーブティーだ。
紅茶じゃないのは、夜だからかしら?
慣れ親しんだ香りに一息吐くと、カイル殿下が話し始めた。
テンユウ殿下が調べた結果分かったことは、何か事件があったために出国制限が掛けられたということだった。
出国制限は私達が入ってきた港町だけでなく、近隣の町にも及んでいるそうだ。
しかも、明日には制限が掛けられる範囲が広げられるかもしれないという話も出ているらしい。
「事件の詳細は、まだ分からないのですか?」
「あぁ。テンユウ殿も調べきれていないらしく、詳細を伏せておくよう、上から命令が出ているのではないかという話だ」
事件があったとだけ言ったカイル殿下に、師団長様が更に問い掛けた。
カイル殿下も意図して黙っていた訳ではなく、詳細が分からなかったから口にしなかったようだ。
テンユウ殿下すら事件の概要を知ることができなかったことから、箝口令が敷かれているのではないかと推測していた。
「制限範囲の拡大に、詳細の秘匿となると、かなり大きな事件のようですね」
「あぁ。確証は得られていないが、漏れ聞こえて来た話によると、盗難事件のようだ」
「盗難? そうなると、国外への持ち出しを警戒して制限が掛けられたということですか」
「国外もだが、国内での移動も制限したいのだと思う」
「なるほど。それで範囲を拡大すると……」
団長さんが判明している事柄を元にした推測を述べると、カイル殿下は肯定するように頷いた。
命令が出ているといっても厳密なものではなかったようで、噂話として聞こえてきた情報はあったようだ。
どこの世界でも黙っていられない人はいるみたいね。
どこで何が盗まれたのかは分からないけど、これ程大掛かりな捜査が行われているなら、盗まれた物はかなり重要な物なのかもしれない。
国内の移動を制限するのは、捜査をしやすくするためかしら?
捜査しなければいけない範囲が広がったら、その分、労力も必要になるだろうしね。
「何が盗まれたかまでは分からなかったんですか?」
「はい。そちらは色々な情報が飛び交っているようです」
ふと気になって、盗まれた物に関する情報はないのかと尋ねてみた。
カイル殿下の口振りでは、多くの物が候補として挙がっているようだ。
どういった物が盗まれたと言われているのだろうか?
私の様子を見て、カイル殿下は説明を補足してくれた。
使節団の人達が集めてきてくれた噂話では、有名な宝石や、名のある武具等が挙げられていたそうだ。
確かに、広く名の知られている物が盗まれたとあれば、これ程大掛かりな捜査が行われるのも理解できる。
だって、そういう物って、大抵持ち主は貴族だろうしね。
警備が厳重なはずの屋敷から盗まれたとなっては、取り返さないと沽券に関わってしまう。
「それから、貴重な薬が盗まれたという話もあるようです」
「薬、というとポーションですか?」
「はい。何でも、どんな病でも治してしまえる物だという話が……」
何だろう。
どこかで聞いたことがあるような気がする効能ね。
最後に挙げられたのは、既視感を覚える物だった。
カイル殿下の表情が微妙なものに変わったことから、私の想像は間違っていないことが窺える。
チラリと横を向けば、団長さんも微妙な表情をしていた。
やっぱり、アレだと思いますか?
「どんな病でも治せるですか。まるで、万能薬のようですね」
団長さんの様子を確認している間に、師団長様があっさりとその名を口にした。
うん、私もそうじゃないかとは思った。
カイル殿下と団長さんも同じように考えていたのだろう。
師団長様の発言を聞いて、苦い物を口にしたかのように、更に顔を顰めていた。
「何にせよ、事件があったのは間違いないが、どういったものだったのかについては、まだはっきりとしていない」
仕切り直すかのように、カイル殿下は咳払いをして、念を押すように事実を述べた。
カイル殿下の言う通り、盗難事件なのかも、盗まれた物が何であるかも、まだ不明瞭だ。
テンユウ殿下も引き続き色々と調べてくれるという話なので、出国制限に関しては続報を待つことになった。
「そういえば、手紙の方は何か進展がありましたか?」
会話が途切れたところで、師団長様が話題を変えた。
話題に上ったのはスランタニア王国に届けられた手紙のことだ。
師団長様に問われたカイル殿下は、表情を変えずに答えた。
皆が慌ただしく動く中、手紙についても調査は進められていたようだ。
結果として分かったことは二つ。
まず、手紙は使節団の人が送った物ではない可能性が高いらしい。
断定できないのは、まだ使節団に所属する全員に確認していないからだ。
けれども、手紙の差出人として名前が書かれていた人物が出した物ではないことは、本人に確認済みだそうだ。
次に、封蝋に押された印章は本物の可能性が高いらしい。
こちらも断定できないのは、印章本体が行方不明だから。
何故、行方不明かというと、持ち主――前述の手紙の差出人(以下略)――が印章を紛失してしまったからだ。
この世界での印章は、元の世界のIDカードのような物だ。
そんな身分証明にも使われる物をなくしたのだ。
しかも、今回は誰が出したか分からない手紙に使われてしまっている。
当然、なくした人には罰があるのは言うまでもなく。
印章の持ち主も罰せられることを予想していたのだろう。
紛失に気付いた後は、上司に報告することもなく、一人でこっそり探していたようだ。
しかし、未だに見つかっていないらしい。
「心当たりがある場所は探し終えてますよね?」
「あぁ。本人の供述を受けて、別の者も捜索に当たったが見つかっていない」
探し終えた後だろうなとは思いつつも、何となく確認してしまった。
本人以外の人達が探しても見つかっていないってことは、そういうことなんだろうな。
印章を使って手紙が出されていることからも、とある可能性が思い浮かんでしまう。
「手紙を偽造するために、印章は盗まれたのかもしれませんね」
「現状、その可能性が高いな」
脳裏に過った考えを、師団長様が口にした。
やっぱり、そうなるよね。
カイル殿下も同じ考えに至っていたのだろう。
難しい表情で頷いた。
これは非常に困ったことになりそうだ。
出国制限のせいでザイデラから出られず、手紙のせいでお屋敷からも出られない。
どちらが早く解決するかは分からないけど、暫く引きこもりになるしかなさそうな雰囲気がプンプンしている。
そして、この状況に耐えられなくなりそうな人が若干一名。
何やら考え込んでいる師団長様に視線を向けた。
「手紙の方だけでも片付けたいですね」
「片付けられるに越したことはないが、何か案があるのか?」
師団長様が願望を言うと、カイル殿下が関心を向けた。
すると、師団長様は今までの考えを纏めるように話し始めた。
「まずは、差出人の目的を絞りたいです」
「目的を?」
「はい。手紙の内容から、目的は回復魔法が使える人物か万能薬だと思われます。どちらが目的なのかを明確にすることで、次に取る行動が決められます」
「目的がはっきりすれば、対象を守りやすくもなるか」
朝食のときにも話していた内容だ。
ただ、カイル殿下は守りを重視しているようだけど、師団長様は違う。
「だが、差出人が分からないのに、どうやって目的を探るのだ?」
「対象の所在を分けて、周囲に怪しい動きがないかを確認するというのはいかがでしょうか?」
思っていた通り、師団長様は攻めを重視していた。
カイル殿下の質問に対して、情報が集まるのを待つのではなく、こちらから探りに行くことを提案した。
十中八九、早く解決して、市街に出たいのだろう。
むしろ、話の流れからして、目的を探るのを口実に市街に出そうだ。
「両方に動きがあったとしても、差異で判断できるかもしれないな。いい案だと思うが、それだと一つの対象に充てる護衛の数が少なくなるのではないか?」
「そこはあまり心配はいらないかと。数の少なさは、質で補えばいいのです」
カイル殿下のもっともな疑問に、師団長様は右手の人差し指をピンと立てて、説明を続けた。
万能薬はお屋敷に置いたまま、回復魔法が使える人物をお屋敷から離すこと。
お屋敷の警護は元からいた人達に加えて、私達と一緒に来た人を少し残すこと。
ただし、回復魔法が使える人物に付ける護衛は腕が立つ人にすること。
ここで重要なのは、回復魔法が使える人物というのが誰のことを言っているかだ。
回復魔法が使える人物の中に私が含まれることを知っている団長さんとカイル殿下は、師団長様の言葉に難色を示そうとした。
しかし、二人より早く、師団長様が言葉を発した。
「ここで狙われるとしたら、最も回復魔法が得意な私でしょう」
師団長様の話を聞いて、団長さんとカイル殿下はピタリと口を閉ざした。
なるほど。
そういうことにするのか。
国外に出る条件として、私の身分は詐称されている。
故に、ザイデラに【聖女】が来ていることは大っぴらにされていない。
手紙を受けてザイデラに来たのは、宮廷魔道師団の師団長と万能薬だけ。
残りの人達は、師団長様の側仕えや護衛ということになっている。
スランタニア王国の人は私の正体を知っているけど、表立ってはそういうことになっていた。
それでなくても、師団長様はスランタニア王国で最も魔法に精通していることで有名だ。
私の正体を知らない人達は、まさか側仕えの方が高度な回復魔法を使えるとは思わないだろう。
「ドレヴェス師団長が狙われるとしても、一人での行動は許されないだろう」
「もちろん側付きの者や護衛とは一緒に行動しますよ。えぇ。腕の立つ護衛とね」
師団長様の発言がどこに帰着するかを悟ったのだろう。
団長さんが苦言を呈した。
しかし、師団長様も私の護衛であることは忘れていなかったらしい。
私や団長さんも一緒に行動する前提であることを言外に示した。
この後もあれこれ話し合いは続いたのだけど、最終的に師団長様が押し通した。
そして、色々と対策をした上で、師団長様の案が実行されることになった。