147 遙々来たぜ
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そろそろザイデラに到着するという連絡を受けて、私達は船室から甲板へと出た。
今日の天気は晴れ。
吹き抜ける風は多少涼しく感じる程度で、光を反射して輝く水面がとても綺麗だ。
そして、呼びに来てくれた人の言葉通り、船は港の近くまで来ていた。
遠目に見えるザイデラの町並みは、古い時代の中国を感じさせるものだった。
建物の窓や柱に、中国の建物っぽい飾りが施されているからだろうか。
屋根に葺かれている黒光りする瓦は、古い日本家屋を思い起こさせて、どこか懐かしく感じる。
少し離れた一角には、趣が異なるスランタニア王国で見るような洋風の建物もあった。
あちらは他の国に属する商会の建物だろうか。
もしかしたら、スランタニア王国の建物もあるかもしれない。
「変わった雰囲気の建物が多いな」
「異国に来たって感じがしますよね」
ぼんやりと町並みを眺めていると、隣に人が立つ気配がした。
誰だろうかと横を向けば、団長さんだった。
思っていたよりも快適な旅だったけど、団長さんといえども慣れない生活は疲れたのかもしれない。
呟く声は、どことなく安堵しているような感じがする。
その言葉に頷きながら、再び視線を街の方へと戻した。
「港に着いた後は、また移動でしたっけ?」
「あぁ。ここから帝都へは馬車で移動になる」
団長さんが言う帝都というのは、ザイデラの首都だ。
皇帝がいる都だから、帝都と呼ばれるようだ。
目の前に見える町はスランタニア王国で言えばモルゲンハーフェンのような港町らしい。
使節団は帝都にいるため、ここから更に馬車で移動が必要になる。
帝都までは一日も掛からない距離のようで、朝出発すれば夕方には着くらしい。
只今の時刻は昼前。
帝都に向かうには少し遅すぎるということで、今日はこの港町に一泊して、朝になってから帝都へ出発することになった。
「うわっ、まだ揺れてる感じがする!」
「あら、ほんとね」
船から降りて地面に足を着ける。
久しぶりの陸地にホッとするものの、長いこと揺れる環境にいたからか、船から降りても体が揺れているような気がした。
そう感じたのは私だけではなかったようだ。
一緒に降りたメイさんも、私が感じたのと同じ内容を口にした。
それに同意したのは、ザーラさんだ。
皆、同じらしい。
そう思ったのも束の間、考えていたことはすぐに覆された。
「陸酔いだね。暫くしたら落ち着くよ」
「明日には収まっているでしょうか?」
「もしかしたら二、三日掛かるかもね。治すコツがあるらしいから、後で教えるよ」
「ありがとうございます」
ザーラさんとメイさんに続いて船を降りてきたオスカーさんは平気なようだ。
いつも王都の商会にいるイメージがあるから、船旅に慣れているとは思わなかったんだけど。
もしかしたら、かつて働いていた商会で船に乗ることが多かったのかもしれないわね。
「大丈夫か?」
「あっ! はい、大丈夫です」
ぼんやりとメイさん達を眺めていたからか、団長さんに心配を掛けてしまったらしい。
団長さんは顔色を窺うように、私の顔を覗き込んだ。
急な接近にドキリと胸が音を立てる。
頬がほんのりと熱くなるのを感じ、これ以上顔が赤くならないよう祈りながら、慌てて返事をした。
「不調を感じたら、すぐに言ってくれ」
「ありがとうございます。ちょっと、まだ揺れてる感じがしますけど、大丈夫ですよ」
「そうか。なら、そろそろ宿へ移動しようか」
「分かりました」
団長さんが向かった先には、数台の馬車が停まっていた。
国が違えば馬車の趣も異なるらしい。
町並みと同じく、馬車の外観も異国情緒漂う物だった。
宿まではこれで移動するようだ。
師団長様は既に馬車へと向かっていて、前方で腕を上げて背伸びをしてるのが見えた。
それにしても、団長さんも師団長様もいつもと変わりがない。
オスカーさんと同じく、二人も平気なのかしら?
もしかして、揺れを感じないようなコツがあるとか?
後で聞いてみようかな?
そんなことを考えながら、馬車へと乗り込んだ。
案内された宿では、ゆっくりと休むことができた。
グッスリと眠れたお陰で、翌朝も元気一杯に目覚めたのだが、一番元気だったのは師団長様だ。
朝からテンション高く、絶好調だった。
それも仕方がない。
だって、朝ご飯が中華風のお粥だったんだもの。
米料理に目がない師団長様が、はしゃいでしまったのも無理はない。
言われて気付いたけど、研究所ではお粥を作ったことはなかった。
だから、師団長様がお粥を見たのは初めてだ。
このことも、師団長様が興奮した一因だろう。
賑やかな朝食が済んだ後は、すぐに帝都へと向かうことになった。
途中休憩を挟みながら、揺られること数時間。
聞いていた通り、夕方には帝都に到着した。
そして、馬車は使節団が滞在しているという屋敷の門前で止まった。
馬車の扉が開けられ、まずは師団長様が降り、次に団長さんが降りた。
私はその後。
団長さんのエスコートで降りる。
私の後には、ザーラさんが続いた。
そこへ、別の馬車に乗っていたメイさんとオスカーさんが合流する。
門のすぐ先には、玄関があった。
スランタニア王国の貴族の邸宅とは異なり、ザイデラのお屋敷は門から玄関までは徒歩で移動できる程度の距離しかないようだ。
なるほど、だから馬車が門の前で止められたのね。
最近は玄関の前まで馬車で移動することが多かったから、門の前で馬車が止まったことが不思議だったのだけど、この近さなら、それも理解できる。
物珍しさに彼方此方に目を走らせていると、先方にもこちらが到着した連絡が届いたのだろう。
玄関の扉が開かれ、中から人が出てきた。
いつか見た赤髪が目に入る。
前に会ったのはいつだったかしら?
もう随分と前の気がする。
「遠路はるばる、よく来たな」
お屋敷の中から出てきたのは、先にザイデラに来ていた使節団を取り纏める第一王子のカイル殿下だった。
笑みを浮かべて出迎えてくれたけど、何故だか空気が張り詰めているように感じる。
緊張しているのかしら?
いや、彼に限ってそんなことはないわよね。
妙な空気に内心で首を傾げたけど、雰囲気がおかしいのはカイル殿下だけではなかった。
こちら側の人達の様子も、何だかおかしい。
唖然としているというか、何というか。
割といつも通りな師団長様ですら、少し首を傾げていた。
「お出迎えいただき、恐れ入ります」
「話は中でゆっくり聞こう。まずは入ってくれ」
こちらの様子をカイル殿下がどう感じたのかは分からないけど、微妙な空気は感じ取ってもらえたようだ。
気を取り直した師団長様が代表で返礼すると、すぐにお屋敷の中へと案内してくれた。
お屋敷の内装を見学する間もなく、私と団長さんと師団長様は応接室らしき部屋へと連れて行かれた。
一緒に来た他の人達は、持って来た荷物の整理をするらしく、これから過ごす部屋へと向かった。
応接室へ着くと、カイル殿下が人払いをした。
そのため、今いるのは私達三人とカイル殿下の四人だけだ。
先程のおかしな雰囲気が気になったのか、部屋にあったソファーに座るなり、カイル殿下は口火を切った。
「こちらへいらっしゃると急に連絡が届き、驚きました。何かあったのですか?」
スランタニア王国から来た三人の中で、私の身分が一番高いからだろうか?
私の方を向いて、カイル殿下は話し掛けた。
カイル殿下から丁寧に話し掛けられたのは初めてで、違和感がすごい。
「実は、こちらの使節団から病人が出たと緊急の知らせが届きまして」
「病人?」
「はい。御存じありませんか?」
「あぁ。そういった話は聞いていないが……」
戸惑う私に気付いたからかは分からないけど、カイル殿下の質問には団長さんが答えてくれた。
内容は、私が王宮で陛下から聞いた通り。
しかし、カイル殿下には心当たりがないようで、病人という言葉に首を傾げた。
スランタニア王国に送った知らせのことすら思い当たる節がないらしい。
団長さんの再度の確認に、カイル殿下は顎に手を添えて考え込んでしまった。
「その知らせは確かにこちらから届いた物だったんだな?」
「はい。急いで参りましたので簡単にですが、ゴルツ様が確認済みです」
「宰相がか……」
ゴルツ様というのは宰相様のことだ。
高い地位に就いているだけあり、宰相様の調査能力はとても高いと言われている。
そんな宰相様が確認したと聞いて、カイル殿下は再び沈黙した。
「すまないが、知らせについては、こちらでも少し調べさせて欲しい」
「かしこまりました」
やはりカイル殿下には心当たりがないようだ。
そうなると、誰かが勝手に手紙を送ったということかしら?
結構な問題になりそうだ。
カイル殿下はひどく難しい表情で、調査すると口にした。
「病人が出たという話だったんだな?」
「はい。それで治療班を送ることになり、我々が参りました」
「確かに、これ以上ない治療班だな」
団長さんの言葉を受けて、カイル殿下は私達の顔を見回して苦笑した。
カイル殿下の言う通り、スランタニア王国でも一番のメンバーだと思う。
心の中で頷いている間に、団長さんは話を続けた。
「我々だけで事足りるとは思いますが、万能薬も持ってきております」
「万能薬? と言うと、あれか……」
忘れてはいけない、万能薬。
私が同行することで不要になる可能性が非常に高かったけど、陛下達に言われて、一応持ってくることになったのだ。
万が一のときのためらしい。
万能薬の存在はカイル殿下も知っていたみたいね。
言葉を濁したところを見ると、作製者や何やら、詳細については秘匿されていることも知ってそうだ。
「万能薬なら、どんな病も治せると聞いたが……」
「はい。鑑定魔法で確認済みです」
「ならば、何故セイ様はこちらへいらしたのですか?」
カイル殿下の言葉を補足するように師団長様が魔法で鑑定済みであることを告げると、カイル殿下は困惑したような表情を浮かべた。
そして、言いにくそうに問われた内容は、グッサリと私の心に刺さった。
その疑問はもっともだ。
万能薬であらゆる病気を治せるのならば、私や師団長様が遠路はるばる来る必要はない。
辛うじて、師団長様は万能薬の護衛で来たと言えないこともないけど、私は全くもって必要ないだろう。
それでも来たのは、私がザイデラに行きたいと言ったからに他ならない。
そう、私の我儘なのだ。
自分でも分かっているから、カイル殿下の問いに罪悪感が刺激された。
「何と言いますか、ザイデラの文化に興味があったからと言いますか……」
「あぁ。薬草や食材を探しにいらっしゃったのですね」
後ろめたい気持ちで一杯だったからか、咄嗟に良い言い訳が思い付かなかった。
とはいえ、正直に言ってしまうのも気が引けて……。
口籠もりつつ、ほとんど隠せないまま本音を漏らせば、カイル殿下はバッサリと穴の空いたオブラートを剥ぎ取ってしまった。
殿下……。
私が興味ある物のことを、御存じだったんですね。
カイル殿下の無体に、ふと現実逃避をしてしまったのも仕方がないと思いたい。
「こちらまでいらしていただいて申し訳ありませんが、速やかにお戻りいただいた方がよろしいでしょう」
「手紙の件ですか?」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、カイル殿下は直ちに帰国することを勧めてきた。
理由として思い当たったのは、手紙の件だ。
「はい。こちらから届いた物であれ、貴女方が呼び出されるほどの重要な手紙について、私が知らされていないというのは不自然です。手紙に書かれていること以外の目的があると見て、間違いないでしょう」
「その目的というのが……」
スランタニア王国に手紙を出すことも、病人が出たことも、程度を気にしなければ、カイル殿下に報告する必要はなさそうな事柄だ。
けれども、【聖女】や宮廷魔道師団の師団長が呼び出されるほどの内容となると、使節団を取り纏めているカイル殿下に報告がないのは不自然だった。
カイル殿下の言う通り、手紙の差出人の目的は病人の治療ではなく、別にあるのだろう。
明言はされなかったけど、恐らく、呼び出された私達や万能薬なのだと思う。
カイル殿下の目を見ながら途中で言葉を切ると、カイル殿下は濁した言葉を肯定するように頷いた。
何らかの危険が考えられる以上、ザイデラでのんびりと観光することはできなさそうだ。
ここまで来て残念だけど、仕方がない。
「それでは、私達はすぐに帰国したいと思います」
「本当に申し訳ありません。手紙については、詳細が分かり次第、国王陛下に報告いたします」
「分かりました。その旨、陛下にもお伝えししますね」
「恐れ入ります。ああ、そうだ」
カイル殿下の提案を受け入れることを告げ、話は終わると思っていた。
しかし、カイル殿下は何か思い付いたことがあったようだ。
カイル殿下の思い付きは、不幸中の幸いと思えるようなことだった。
これからすぐに帰国の手続きをしても、船の準備が整うまで数日は掛かる。
その間に、ザイデラの植物や食材に関する書物がお屋敷に届くよう手配してくれるという話だったのだ。
このお屋敷から出ることが叶わないのは残念だ。
しかし、少しでもザイデラの生の情報が手に入るのはありがたい。
本があればお屋敷にいる間も、船に乗っている間も、いい時間潰しになるしね。
素敵な提案に笑顔でお礼を伝えると、カイル殿下も安心したように表情を緩めた。
そうして、カイル殿下はすぐに動き始めてくれたのだけど、帰国の準備は途中で止まってしまった。
なんと、ザイデラから外に出られなくなったのである。
おまけ。
メイ 「姉さん、お疲れ様。って、何だが凄く疲れてない?」
ザーラ「疲れたわ……」
メイ 「何で? そっちの馬車って、こっちの馬車より乗り心地良い奴じゃなかった?」
ザーラ「乗り心地は良かったわ。ただね……」
メイ 「?」
ザーラ「あの空間がちょっとね……」
メイ 「あー(納得)。お疲れ様」