146 いざ、ザイデラへ!
ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!
ザイデラに行きたがっていたことが団長さんにバレてしまった翌々日。
王宮から文官さんがやってきて、ザイデラに行けることになったことが伝えられた。
団長さん、仕事が速い!
流石できる男は違う!!!
思わず脳内で褒めそやしてしまったくらい、私のテンションはダダ上がった。
すぐさま準備は整えられ、あっという間に私は船上の人となった。
初めての船旅は、想像していたよりも快適なものだった。
移動に使われた船は、元の世界では一昔前の帆船だ。
だから、結構揺れるんじゃないかと思っていた。
けれども、予想に反して、ほとんど揺れなかったのだ。
海が穏やかだったのが良かったのかもしれないし、元の世界にはなかった魔法で何かしらの対策がされていたのかもしれない。
魔道師さん達が色々と慌ただしく動いていたしね。
先日話した通り、今回の旅には、もちろん団長さんも同行した。
有言実行。
私の護衛として着いて来てくれることになったのだ。
むしろ、団長さんが護衛に付くことが私のザイデラ行きの条件の一つだったらしい。
そして、条件として提示された護衛はもう一人いる。
ご存じ、この方だ。
「魔物、出ませんねぇ」
いかにも暇だという風に呟き、私の方へ意味深な視線を寄越したのは師団長様だ。
彼もまた、私の護衛であり、隠れ蓑だ。
隠れ蓑というのは、ザイデラ行きのもう一つの条件が関わっている。
もう一つの条件というのは、私の身分を隠すことだ。
そのため、今回は【聖女】でも、薬用植物研究所の研究員でもない身分が与えられた。
私に与えられたのは、師団長様の側仕えという身分だ。
また、私の身分が変わった影響で、団長さんにも師団長様の護衛という仮の身分が与えられた。
師団長様に護衛がいるのかと疑問に思ったけど、私達三人が常に一緒にいるための措置なので、そこはスルーした。
仮の身分が与えられたのは、私がザイデラで誰かを癒やしても、表向きは全て師団長様が癒やしたことにするためだ。
ザイデラでの注目を師団長様に集め、私を目立たなくするための策らしい。
もちろん、国王陛下や宰相様には本当のことが報告され、治療の対価もきちんと私に払われると聞いている。
そこは安心して欲しいと、陛下に言われた。
「そうですねぇ」
師団長様の視線に込められた意味は何となく察したけど、意図してやっている訳ではない。
周りの魔物がいなくなってしまうのはアクティブスキルじゃないのよ、パッシブスキルなの。
ゲームの用語を用いて、そんな言い訳を脳内で繰り広げながら、視線の意味に気付いていないふりをする。
ただ、視線を逸らしてしまったので、誤魔化しきれていない気はした。
「海の魔物はどの様な物か楽しみにしていたのですが」
「出ないに越したことはないだろう?」
残念そうな師団長様を宥めるのは団長さんだ。
宮廷魔道師団であればインテリ眼鏡様の役目なんだろうけど、残念ながらインテリ眼鏡様はお留守番だ。
そうなると、側仕えの役目になるはずなんだけど、大抵私よりも先に団長さんが動くのだ。
もしかして、インテリ眼鏡様から託されたのだろうか?
私の護衛に、師団長様のお守りと、団長さんの気苦労は計り知れない。
我儘を通した上に、仮に与えられた身分とはいえ、役目も果たせていないのは、結構かなり申し訳ない……。
「一般的にはそうでしょう。でも、海上に出る機会はほとんどありませんから、今回はいい機会だったのですが」
「出ないと言っても全く出ない訳ではないだろう? ほら、来たぞ」
尚も未練タラタラに、口を尖らせる師団長様だったけど、団長さんの言葉で船縁から身を離した。
その直後、横から大きな影が飛び出した。
「『アイスランス』」
師団長様も何かが近付いていたことに気付いていたのだろうか?
表情を変えることなく、また気負った風もなく詠唱を口にした。
途端に、翳した掌から大きな氷の槍が射出され、槍は影の本体に吸い込まれる。
そして、槍によって軌道を逸らされた影は、予想された着地点から大きく外れた場所に落ちた。
大きな音を立てて甲板の上に落ちたのは、上顎が銛のように長く伸びた全長四メートル程の魚型の魔物だ。
元の世界にいたカジキによく似ている。
食べられるなら、鉄火丼擬きが作れただろう。
けれども、これは魔物だ。
息絶えると共に、甲板の上から消え失せた。
「相変わらず、いい腕っすねー」
感心しているのか、呆れているのか。
よく分からない声音で呟いたのは商会のオスカーさんだ。
【聖女】の商会の人間とはいえ、何故一般人であるオスカーさんが公的な使節団に同行しているのか?
もちろん、ちゃんとした理由がある。
使節団に商会の人間を派遣するよう、王宮から依頼があったからだ。
今回ザイデラに行くのは使節団に発生した病人の治療のためだけど、治療だけで済ませてしまうのは少々旅費が勿体ない。
折角なので、スランタニア王国にはない有用な物を探し、あれば入手する伝手も作ろう。
そう考えた王宮の人達は、オスカーさんに白羽の矢を立てたらしい。
日本では主食だったお米や、味噌等の調味料を輸入する関係で、私の商会はスランタニア王国の中で最もザイデラとの取引が多い商会だ。
それもあって、私の商会の人間が選ばれたんだとか。
私への忖度も多少はあったかもしれない。
「軽く倒してますけど、今のヤツ、結構強いですよね?」
コソコソと小さな声でオスカーさんに話し掛けるのは、分室から来たメイさんだ。
普段は料理人見習いとして働いている。
こちらも王宮からの要請で、使節団に参加することになった。
スランタニア王国とザイデラでは料理の趣が異なるので、ザイデラの料理に慣れない人達のために使節団に料理人を同行させることになり、選ばれた。
メイさん自身、好奇心が旺盛な人らしく、ザイデラの料理にも興味津々で、仕事ついでに覚えて帰りたいと言っていた。
「陸地だと中ランクくらいだろうけど、海上だからねー。陸地より倒すのは大変かな」
「全然、大変そうに見えませんでしたけど」
「ドレヴェス様だからね」
「あぁ……」
陸の魔物より、海の魔物の方が二割増しで倒しにくいと言ってたのは師団長様だったか。
二人の話を聞いていて思い出した。
実際のところ、海の魔物の倒しにくさは二割増しどころではないらしいけどね。
海の魔物は陸よりも大きい物が多く、かつ、討伐する側は揺れる船の上から攻撃する場合が多いから、討伐の難易度は跳ね上がる。
カジキの魔物は海の魔物の中では中位であるとはいえ、あれほどあっさり倒した師団長様は規格外だ。
故に、魔物の討伐に関して、師団長様の基準は当てにならない。
「あら。魔物が出たんですか?」
「あ、姉さん」
おっとりとした声がした方を向くと、分室から参加したもう一人、ザーラさんがこちらへ向かって歩いてくるのが目に入った。
私と同じくザーラさんを目に留めたメイさんが声を掛ける。
姉さんと呼んでいるけど、別に二人は血の繋がった姉妹ではない。
メイさん曰く、幼い頃から姉妹のように一緒に育ち、自然と姉さんと呼ぶようになっただけだそうだ。
ザーラさんもメイさんと同じく、王宮からの要請で使節団に加わった一人だ。
分室では管理人さんの秘書をしているのだけど、今回は師団長様の秘書として同行することになった。
もちろん、それは表向きの役目だ。
実際は、私の身の回りの世話をするために参加することになったそうだ。
研究所では一人で行っているから、お世話をしてくれる人を態々付けてもらう必要はないと思うんだけど。
そう思って、一度は断ったものの、文官さんから何かあるといけないからということで押し切られた。
お世話をしてくれる人が必要になる何かって、何だろう?
ドレスを着る機会があるかもしれないとか?
治療目的の旅でそんな機会があるとは思えないけど。
ともあれ、折角一緒に行くことになったのだ。
この機会にザーラさんやメイさんと親睦を深めようと思う。
「はい。ドレヴェス様がサクッと倒してくれましたけど」
「流石ですわね」
「ほんとに。ところで、何か御用でしたか?」
「えぇ。そろそろ風が冷たくなってくる頃ですから、良ければ温かいお茶でもいかがかと思いまして、お誘いに来ましたの」
「いいですね! 是非!」
ザーラさんの疑問に答えるついでに、こちらへ来た用件を問えば、素敵なお誘いをいただいた。
日が落ちて来ると、甲板に吹き込む風は冷たくなる。
まだ日は高いけど、ザーラさんが言う通り、少し前よりは肌寒くなってきたように感じる。
そこに温かいお茶のお誘いは魅力的だった。
満面の笑みで頷けば、ザーラさんもニッコリと微笑んでくれた。
「他の人達も誘ってもいいですか?」
「もちろんですわ」
ザーラさんからのお誘いだったけど、他の人達も誘っていいか尋ねてみた。
普段は顔を合わせる機会が少ない面々だ。
折角なので、こういう機会に交流を深めるのもいいだろう。
ザイデラに着いたら、一緒に働くことになるんだし。
ザーラさんも同じ考えだったのか、それとも、私の考えを察したのかは分からないけど、ザーラさんは私の申し出を快く承諾してくれた。
そして、他の人達も誘って、楽しい楽しいティータイムを過ごすことにした。