144 口に出してはいけない願い
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国王陛下に呼び出された翌日。
王宮で魔法の講義を受けていたときのこと、師団長様が雑談をするかのように気軽に言った。
「そうそう、次回から暫く講義は休みになります」
「遠征に行かれるんですか?」
魔法に関することに目がない師団長様にとって、魔法の講義の時間は御褒美タイムだ。
特に実技の時間は【聖女】が魔法を使うところを観察できるとあって、余程のこと――例えば、魔物の討伐でもない限り、講義がお休みになることはなかった。
ということは、魔物の討伐依頼でもあったのかしら?
しかも、暫くということは近所ではなさそうね。
でも、先日、魔物の異常発生の終息宣言が行われたばかりなんだけど……。
内心で首を傾げながら理由を聞くと、予想外の答えが返ってきた。
「はい。ちょっと、ザイデラまで」
「えっ? ザイデラ!?」
これまた昨日聞いたばかりの地名を挙げられ、思わず大きな声を出してしまう。
陛下が宮廷魔道師を派遣するって言ってたけど、師団長様が派遣されることになったの!?
「もしかして、聖属性魔法の?」
「おや? セイ様にも御依頼があったのですか?」
「いえ、私の方はポーションの……」
「あぁ。なるほど」
陛下からは極秘の話だと呼び出されたので、相手が師団長様といえども、どこまで話していいかは不明だ。
けれども、師団長様が地名を口にしているなら、魔道師を派遣する話は口にしても問題ないかしら?
そう考えて問い掛ければ、逆に聞き返されてしまった。
万能薬の名前を出さずに、ポーションの件で依頼があったと、ぼかして答えると、詳しい話を聞いていたのか、師団長様は納得したように頷いた。
そうして話を聞くと、やはり聖属性魔法が使える魔道師として、師団長様がザイデラに向かうことになったらしい。
何でも、宮廷魔道師団で師団長様が最も聖属性魔法のレベルが高いから選ばれたのだとか。
前に師団長様は全ての属性魔法を使えると聞いていたのだけど、今日新たに聞いたところによると、その属性魔法のレベルは全て10レベルなんですって。
10レベルって、今現在この世界で属性魔法のレベルの最大値だったよね?
えっ? 全部カンスト?
聞いた瞬間に思い浮かんだのは、やはりという言葉と、廃人という言葉だ。
ちなみに、ここでの廃人というのは、病気や怪我で通常の生活が送れなくなった人のことではなく、日常生活に支障が出るほどゲームにのめり込んでしまった人のことを指す。
ゲームではないけど、師団長様も魔物の討伐にのめり込んでいるので、廃人と言っても間違ってはいないだろう。
閑話休題。
それにしても、師団長様を送り込むなんて、かなり驚いた。
師団長様は最強戦力の一角でもあるから、そうそう国内から出ることはないと思っていたのよね。
魔物の異常発生が落ち着いたから、出られるようになったのかしら?
まぁ、ザイデラは遠くて、そう何度も人を送ったりできないから、最初から一番レベルが高い人を派遣するってのは理に適ってるとは思うけど。
「ザイデラでは、この国にはない魔法もあるそうなので、とても楽しみです」
「そうなんですか?」
病気の人を治療するためにザイデラに向かうことになったはずだけど、師団長様の意識は違うものに向かっていた。
ニコニコと微笑みながら師団長様が口にしたのは、未知の魔法についてだ。
安定というか何というか……。
それでいいのかしら?
まぁ、師団長様に注意したところで無駄になる気はするわね。
敢えて口は挟まないでおこう。
頭の中でそんなことを考えながら、生温い視線を向けながら相槌を打つと、師団長様は興奮した様子で話を続けた。
「えぇ! あちらでは札と呼ばれる、魔法付与をした品があるようで」
「札……」
「紙に特殊なインクを用いて文字を書いた物だそうです。文字によって発動する魔法が違うのだとか」
ザイデラで札と聞くと、脳裏に昔映画で見た中国のお札が浮かんだ。
細部までは覚えていないけど、あんな感じなんだろうか?
札について思いを馳せている間にも、師団長様は目を輝かせて、札について話を続ける。
そして、何かを思い出したように手を打ち鳴らした。
「それに、ザイデラには米料理もあります!」
「確か、ザイデラの一地方で栽培されてるんですよね」
「どうやらセイ様が作ってくださった料理以外にも色々あるようで、この機会に是非食べてみたいと思っているのです!」
料理スキルがある人が作った料理には、HP回復量の増加や物理攻撃力の増加等の効果がある。
料理によって効果は異なるのだけど、米料理は特に魔法に関する効果があるのだ。
そのため、師団長様のお気に入りだったりする。
それら米料理の材料であるお米は、スランタニア王国では栽培されていない。
ザイデラのとある地方で栽培されていて、この世界では米料理もザイデラの料理だ。
中華料理によく似た料理が多いザイデラのことだ。
当然、私が知らない米料理も存在するだろう。
そして、師団長様はそれらの未知の米料理を食べる気満々だった。
それはいいけど、師団長様はザイデラに行く本来の目的を忘れていないだろうか?
今回ザイデラに向かうのは、病気の人を治療するためだ。
大丈夫かしら?
流石に、治療を忘れて食べ歩きに終始するなんてことはないわよね?
一抹の不安を覚えつつ、「ちゃんと治療もしてくださいね」と伝えれば、「もちろんです」という頼もしい答えが返ってきた。
うん、大丈夫だと思おう……。
次の日。
ポーションの材料が入った大鍋を掻き混ぜながら、何とはなしに考えるのはザイデラのことだ。
病気で倒れた人については、後は師団長様にお任せするしかないので、深くは考えない。
師団長様のレベルであれば、主だった症状は聖属性魔法で治療できるらしいから、多分大丈夫だろう。
師団長様との話では、お米の話が中心となったけど、ザイデラにはお米以外にもスランタニア王国にはない食材がある。
中華料理で使われている野菜やスパイスもあるし、味噌や醤油等の調味料もある。
テンユウ殿下から聞いた話では、お茶も色々あるようだ。
緑茶のような不発酵茶や、烏龍茶のような半発酵茶もあれば、ジャスミンティーのように花の香りを付けた物もあるらしい。
今は主にハーブティーを飲んでいるけど、できれば緑茶も飲みたい。
もちろん、烏龍茶やジャスミンティーも。
とはいえ、輸入品は非常に高価で、簡単に手に入る物ではない。
だから、スランタニア王国でも作れるようにしたかったりする。
ただ、残念ながら作り方を知らないのよね。
現地に行って稲の栽培方法や、味噌の作り方等を調べられるといいんだけど。
そういえば、薬草でも似たような話があったわね。
テンユウ殿下から研究所を視察させてもらったお礼として、ザイデラ固有の薬草の種や苗が沢山送られてきた。
それらは研究所や分室の畑に植えられたのだけど、環境が合わなかったのか、うまく育たない物もあった。
研究員さん達と一緒に育たない原因を調べているけど、進捗は良くない。
実際にきちんと育っているところを見たことがないから、調べなければいけないことが多くなっているのが原因だ。
この問題を解決するためにも、育っているところを見てみたいし、可能なら育てている人から話を聞きたい。
欲望は尽きることなく溢れ出てくるけど、実現するのは難しいだろう。
何せ、魔法があるとはいえ、元の世界より移動手段が限られているこの世界では、他の国に行くのは難しい。
ましてや、私は【聖女】。
立場的に簡単に外国には行かせてもらえなさそうだなとも思う。
それに、やらなければいけないことも沢山あるしね。
筆頭は結婚式の準備だろう。
後見してくれる国王陛下や、ホーク家の人達との調整も必要だから、作業量的にも質的にも比重が重い。
取り敢えず、まずは団長さんと話し合いの場を設けないといけないわね。
後で、約束を取り付けに行かないと。
「よし、できた」
考え事をしている間に、ポーションができた。
慣れってすごいわね。
中級までのポーションであれば、他のことを考えていても問題なく作れるようになったのよね。
後は鍋のまま暫く冷まして、瓶に入れれば完成だ。
鍋を火から下ろして一息吐くと共に、後ろめたくて隠していた願望が零れ落ちた。
「でも、行ってみたかったな……」
自分以外誰もいない研究室。
誰も聞いていないと思ったからこそ、口にした願望だった。
けれども、一人ではなかったらしい。
「どこに?」
掛けられた声に、見て分かるほど体が揺れた。
慌てて振り返ると、すぐ後ろに団長さんが立っていた。
い、いつの間にっ!?