143 呼び出し再び
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楽しい休日を過ごした翌日は、仕事へのやる気も充分だ。
今日は何から始めようかなと考えながら、研究室へと向かっていると、所長に呼び止められた。
何の用事だろうか?
騎士団か宮廷魔道師団にでも書類を届けて欲しいという話かな?
そんなことを考えながら、普段とは変わらぬ様子の所長が手招きをするのに応じて、所長の元へと向かった。
「どうしました?」
「呼び出しだ」
「呼び出し?」
所長は私が側に来るのに合わせて、歩き始める。
歩きながら用件を聞くと、簡潔な答えが返ってきた。
どうやら王宮から呼び出しがあったようで、研究所の入り口に馬車が待っているらしい。
事実、入り口には馬車と共に、呼びに来たと思われる王宮の文官さんが待ち構えていた。
呼び出しと同時に連れて行かれるって、随分と急いでいるみたいね。
緊急の案件が発生したということかしら?
研究所まで呼びに来てくれた文官さんの表情も何だか硬いし。
けれども、事情を知っているかと思われた文官さんも、連れて来るよう言われただけで、用件は知らないらしい。
何はともあれ、呼び出した国王陛下の元へと向かった。
「急に呼び出してすまないな」
「いえ」
「まぁ、掛けてくれ」
陛下の勧めで、いつものように執務室に置かれているソファーに所長と並んで座る。
珍しく宰相様も座ったことから、話が長くなることが伺えた。
しかも、極秘の案件らしい。
侍従さんが四人に紅茶を配った後は、人払いがされた。
いつもであれば部屋の中にいる護衛の騎士さん達までもがだ。
所長に視線だけを向けると、所長もいつにない雰囲気に気付いているようで、緊張の色が伺えた。
「ザイデラから緊急の書簡が届いた」
部屋にいるのが私達だけになった所で、陛下が口を開いた。
ザイデラから緊急の手紙?
真っ先に思い浮かんだのは、テンユウ殿下のお母様のことだ。
でも、確か、万能薬で回復したんじゃなかったっけ?
他に心当たりがないこともあり、黙っていると、陛下はそのまま話を続けた。
「現在、ザイデラにいる使節団で病人が出たそうだ」
ザイデラの使節団と言うと、テンユウ殿下の留学でできた交流を基に、ザイデラの文化等をスランタニア王国にも取り入れるために派遣された団体だったっけ?
確か、第一王子のカイル殿下も一緒に行っていたはずだ。
「病人……。流行り病でしょうか?」
「それはまだ不明のようだ。手紙が書かれた時点では、患者は一人だったらしい」
病人と聞いて、所長が眉根を寄せて伝染する病気なのかを確認した。
現時点では病に罹った人は一人で、人から人へ感染するものなのかは不明のようだ。
「一人ですか。それで緊急とは……。何か特殊な症状を引き起こす病なのでしょうか?」
「症状は高熱が出て、頭痛と吐き気があったそうだ。ただ、症状が発生した数日後から意識を失ったままらしい」
「それで連絡を寄越したのですか?」
「あぁ。患者の数と症状から判断すれば緊急で連絡を送るほどのことではない。ただ、患者が高位の者だったため、治療ができる者を派遣して欲しいと要請が来たのだ」
ここまで話を聞いて、所長の眉間の皺が更に深くなる。
陛下が言う通り、風邪のような症状で、患者も一人であるなら、外国から緊急で連絡を送って来るほどのことではないように思える。
元の世界に比べて連絡手段が限られるこの世界では、連絡のやり取りに時間も掛かるしね。
気になるのは、意識不明のままという所と、今後患者が増えないかという所、それから患者が高位の者という所か。
高位の者ねぇ……。
カイル殿下じゃないわよね?
もしそうだったら、はっきり言われそうだし。
とすると、侯爵以上の家の出の人かしら?
海の向こうへの使節団ということで、各家の嫡男は参加していなかったと思うけど、それ以外の優秀な子女が参加していたはずだ。
優秀で、しかも高位の人が倒れたから、緊急の連絡を送って来たってことなのかな?
「病気の治療ができる者となると、聖属性魔法が使える者を送られる予定で?」
「その予定だ」
どこか詰るような口調で所長が問うと、陛下は溜息と共に頷いた。
この世界では、病気になった場合は自然に治るのを待ったり、薬草を煎じた物を飲んだりすることが多い。
次いで多いのが、状態異常回復ポーションを飲むことだ。
元の世界で言えば、病院で処方された薬を飲むようなものだ。
ただ、病気を治す状態異常回復ポーションは上級のポーションばかりだったりする。
材料となる薬草が高価で、作れる人も少ないことから非常に高価だ。
更に、状態異常回復ポーションは症状に合わせてレシピが異なるため、使い勝手が悪い。
そのため、今回のように遠方に何らかの治癒手段を送る場合には、ポーションよりも聖属性魔法が使える魔道師を派遣することが多いのだ。
ポーションよりも魔道師の治療費の方が高くてもね。
なお、聖属性魔法であれば無制限に病気が治せるかというと、そう簡単にはいかなかったりする。
ポーションよりは使い勝手がいいけど、魔法を使う人の聖属性魔法のレベルによって、治せる症状が変わってくるのだ。
それを踏まえると、今回陛下がザイデラに派遣しようとしている魔道師は、それなりに聖属性魔法のレベルが高い人だろうということが予想される。
ちなみに、この国で最も聖属性魔法のレベルが高いのは、間違いなく私だろう。
何てったって、∞。
この世界では属性魔法のレベルは10レベルが最大値だと思われているにもかかわらず。
そんな、おかしなレベルであることは誰にも知られていないけど、私の聖属性魔法のレベルが高いであろうことは、今までのやらかしによって周りにはバレている。
だから、今回派遣される魔道師は私である可能性が高い。
こうして呼び出されたこともあって、所長もそう考えたのだろう。
所長が珍しく厳しい声音で陛下を問い質したのは、そういう訳だ。
しかし、予想は外れたようだ。
「ただ、今回はポーションも送ろうと考えている」
「状態異常回復ポーションをですか?」
「いや、以前、セイ殿が作った万能薬をだ」
万能薬という言葉が出てきたことに、所長と揃って目を丸くする。
確かに、万能薬であれば症状を問わず状態異常を回復することができるだろう。
師団長様の鑑定魔法でも確認したし、テンユウ殿下のお母様も万能薬で快癒したと聞いている。
そして、陛下の後を引き継いで、宰相様が説明してくれた。
要請を受けて、ザイデラには宮廷魔道師さんを送ることにしたのだけど、それで治るかは未知数だ。
そこで治らなかった場合のことを考えて、万能薬も一緒に送ることにしたのだとか。
万能薬の取り扱いについては、既に陛下と宰相様に一任していたのだけど、律儀なお二人は作製者である私の許可を取ることにしたらしい。
「構わないだろうか?」
「もちろんです。是非、使ってください」
万能薬の存在は厳重に秘するという話ではなかったかしら?
まぁ、陛下と宰相様が良いと判断したのなら、否やはない。
元より病気を治すために作った物だ。
遠慮なく使って欲しい。
そう気持ちを込めて頷けば、陛下と宰相様はふんわりと微笑みを浮かべた。
所長も私が行く訳ではないことが分かったからか、ホッとした表情を浮かべる。
そして、それ以上の話がされることはなく、退室の挨拶をした後、所長と揃って陛下の執務室を後にした。