140 顔合わせ
ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!
団長さんにプロポーズをされてからの日々は、今までより少しだけ慌ただしいものとなった。
実際にはそんなことはなくて、単純に私が浮かれていたから、そう感じただけなのかもしれないけど。
世界が変わっても、プロポーズを受けた後にやらなければいけないことが沢山あるのは変わらなかった。
その一つが相手の家族との顔合わせだ。
元の世界では恋愛に縁遠かった私でも、結婚となると両家の顔合わせを行うことは知っていた。
こちらの世界でも同じらしい。
むしろ、貴族制度があり、家同士での契約がある分、こちらの世界の方がその辺りは厳格なようだ。
結婚相手が貴族の場合は、必ず行うみたいね。
そういう訳で、団長さんの御家族とも顔合わせを行うことになった。
プロポーズされてから、少し時間が経っての顔合わせとなったのは、御家族の皆様が忙しかったからだ。
まぁ、仕方ないよね。
御両親は辺境伯夫妻として領地で精力的に働いていらっしゃるし、上のお兄さんは軍務大臣、下のお兄さんは宮廷魔道師団の副師団長と、それぞれ王宮で要職に就いているのだから。
当の本人の団長さんも第三騎士団の団長なので、関係者の中では私が一番暇人かもしれない。
それはないだろうって言葉が、聞き覚えのある声で脳裏に再生された気がするけど、多分気のせいだ。
顔合わせは王都にある辺境伯家の屋敷で、とある日のお昼に行われることが決まった。
場所は団長さん側が用意してくれたので、私が準備することといえば、御家族にお渡しする手土産と、当日の服装くらいしかない。
ただ、私がそう思っているだけで、他にも何か準備しなければいけないことがあるかもしれない。
何せ、ここは異世界だからね。
私が知らない慣習があったとしても不思議ではない。
そこで、強力な助っ人に頼ることにした。
頼ったのはマナーの講義の先生だ。
日頃からお世話になっていて相談しやすかったのもあるけど、何と言っても専門家だ。
その先生からのお墨付きであれば、何も問題はないだろう。
そして先生に相談したところ、当日の準備は王宮で行うことがすぐに決まった。
やはりというか何というか、この国の貴族の中でも高い地位にある辺境伯家との顔合わせとなると、ドレスを着ていくのは必須らしい。
ドレスは一人では着られないので、マナーの講義がある日と同様に、王宮での準備が必要となったのだ。
ドレスを着るのは苦手だけど、TPOは大事だ。
だから、今回は抗うことなく受け入れた。
珍しく私が大人しかったからだろうか?
それとも、婚約のための顔合わせに臨むからだと聞いたからだろうか?
マナーの先生から話を聞いた王宮の侍女さん達は、それはそれは張り切ってくれた。
普段あまり感情を表に出さないマリーさんまで、とても気合の入った様子で、前日から王宮に泊まり込み準備をしましょうと提案をしてきたくらいだ。
あまりの勢いに、頷く以外の選択肢はなかった。
そうして迎えた顔合わせの日。
早朝から気合十分だった侍女さん達のお陰で、お披露目会のときと同じくらいに、綺麗なジャイ○ンならぬ、綺麗な私が出来上がった。
この日のために王宮が用意してくれたドレスは、レモンイエローの生地の上に白いシフォン生地が何層も重ねられた物だ。
更に、シフォン生地には同色の白い糸で小花が刺繍されていて、暖かくなってきた季節にぴったりの華やかさ。
髪型はハーフアップに結われ、白いカーネーションが飾られているのもポイントが高かった。
朝からの念入りな準備に少々疲れを感じていたけど、出来上がった姿を鏡で見れば気分は高揚し、その疲れも随分と緩和された。
完璧な貴族令嬢の姿で臨んだ顔合わせは、恙無く行われた。
お屋敷に到着するまでは少しばかり緊張していたのだけど、玄関先で挨拶をしたときからホーク家の皆様は温かく迎えてくださったので、緊張感はすぐにどこかに行ってしまった。
辺境伯夫妻は領地で既にお会いしていたし、長男の軍務大臣様と奥様も王宮で開いたパーティーでお会いしたことがあった。
次男の宮廷魔道師団の副師団長であるインテリ眼鏡様には、仕事で何度もお会いしたことがある。
団長さんとインテリ眼鏡様が普段とは違う、貴族然とした服装だったことに少々面食らったものの、中身は同じだ。
そういう人達ばかりだったからか、挨拶の後の昼食会も楽しく過ごすことができた。
昼食会で上がったのは、団長さんと行った討伐の話や、元の世界での生活の話、御家族の話等だ。
日本にいた頃の私の生活について聞いていた辺境伯夫妻と長男夫妻の笑顔が固まっていたような気がしたのは、多分気のせいだろう。
辺境伯夫人が話してくれた御兄弟の話は、とても面白かった。
軍務大臣様は苦笑い、インテリ眼鏡様は眉間に皺を寄せ、団長さんは困ったような表情と、三者三様の様子で聞いていたけど、あまりにも楽しくて、軍務大臣の奥様と二人で辺境伯夫人に色々な話を強請ってしまった。
つい興が乗ってしまって、気付けばデザートまで食べ終わっていた。
「楽しい時間が過ぎるのは早いですわね」
「本当に。申し訳ありません、私まで色々とお話を強請ってしまって」
「構わないわ。貴女も私の可愛い娘ですもの。でも、まだ話したいことがあるから、続きは居間でしませんこと?」
辺境伯夫人と軍務大臣の奥様が話しているのを聞いていると、辺境伯夫人がこちらを向いて首を傾げた。
まだ話したいこと?
顔合わせという目的は達成できたと思うけど、他にも何かあるのだろうか?
ともあれ、辺境伯夫人があると言うのなら、話をした方がいいのだろう。
頷き返すと、辺境伯夫人はニッコリと微笑み、皆に移動するよう促した。
「話したいというのは、今後のことなの」
「今後のことですか?」
居間に移動し、皆の前にお茶と小菓子が供されてから、辺境伯夫人は口を開いた。
今後のことと言われても思い浮かぶ事柄がなく、鸚鵡返しにしてしまう。
それに嫌な顔をすることもなく、辺境伯夫人は話を続けた。
「まずは婚約の手続きをしなければいけないでしょう?」
「そうですね。先日、国王陛下に報告に伺った際に、少しお話を伺いました」
「あぁ。アルベルトも言っていたな。陛下がタカナシ様の後見をなさるとか」
「はい。婚約の手続きについては、陛下と辺境伯様とで行う予定だと伺っています」
「わかった。それでは、詳細については陛下と話をすることにしよう」
婚約の手続きと聞いて、先日、国王陛下の下へ婚約の報告に行ったときのことを思い出した。
辺境伯夫妻に伝えた通り、私の婚約に関わる諸々の手続きは、後見人として陛下が請け負ってくださることになったのだ。
この国の貴族の御令嬢が婚約するときと同様に、持参金など女性側の親族が準備しなければいけないもの等は全て王宮側が用意してくれるという話だ。
正直なところ、後見をしてもらえるだけでもありがたいので、持参金は辞退しようと思ったんだけどね。
陛下は許してくれなかった。
何でも、万能薬の作製やら魔物の討伐やらで私の功績が積み上がっているらしく、そのくせ私が領地や爵位を受け取らないから、報酬の渋滞が起きているらしい。
婚約を機に、その渋滞を少しでも解消したいから是非受け取ってくれと言われてしまうと、断ることはできなかった。
まぁ、持参金というくらいだし、渡されるのは爵位や領地ではなくお金だろう。
手に負えないものでないのであれば、問題はない。
「手続きは貴方にお任せいたしますわ。後は、お披露目もしなくてはいけないわね」
お披露目っていうと、婚約のお披露目よね?
後見の話と同様に、婚約のお披露目についても陛下は話していた。
確か、瘴気の問題が片付いたお祝いに王宮で祝勝会を開くから、そのときに私達の婚約発表もすればいいのではないかと言っていたはずだ。
陛下への報告の際には団長さんも一緒だったので、団長さんにも確認してみよう。
そう思って、隣に座る団長さんに声を掛けた。
「ホーク様」
呼びかけた途端、一斉に皆の視線がこちらを向いた。
思わずビクッと体が揺れる。
どうしたのかと一瞬考えるも、すぐに理由に思い当たる。
よく考えなくても、ここにいる人達は全員「ホーク様」だった。
どうしよう?
話をしたいのは団長さんなんだけど…。
この状態をどう収拾すればいいかと悩んでいると、すぐに長男の軍務大臣様が助け舟を出してくれた。
「タカナシ様」
「は、はい!」
「これから家族になるんだ。よければ、私のことはヨーゼフと呼んで欲しい」
ヨーゼフ。
ヨーゼフ様。
どこか楽しそうに話す軍務大臣様改めヨーゼフ様に頷くと、今度はヨーゼフ様の隣から声が掛かった。
「まぁ! でしたら、私のことはエルフリーデとお呼びくださいませ!」
「ありがとうございます! では、私のこともセイと呼んでいただけますか?」
「よろしいのですか?」
「もちろんです!」
ヨーゼフ様の隣に座っているのは、彼の奥様であるエルフリーデ様だ。
瞳を輝かせて名前で呼んで欲しいというエルフリーデ様に、私も笑顔で同じように返せば、彼女は蕾が綻ぶように可憐な笑みを浮かべた。
そして二人の次に続いたのは、この人達だ。
「まあまあ、仲がいいわね! では、私のことはお義母様と呼んでもらおうかしら?」
「なら、私はお義父様だな」
殊更明るい声で会話に加わったのは、辺境伯夫人で、続いて参戦してきたのは辺境伯様だ。
おとうさまとおかあさま……。
うん、これからのことを考えれば、何もおかしくない要求だ。
ただ、ちょっと照れくさい。
こちらを向いてニコニコと笑顔を浮かべる二人に、頷いて了承の意を返せば、「ずるいですね」と落ち着いた声がする。
声のした方を向けば、真面目な顔をしたヨーゼフ様と視線が合った。
「両親をそう呼ぶのであれば、私のことはお義兄様と」
「それだと、私と交ざらないか?」
「それもそうだな。ヨーゼフ義兄様の方がいいか」
「あぁ。私はエア義兄様で」
ちょっと待って欲しい。
軍務大臣様と宮廷魔道師団の副師団長様が真剣な顔で相談する内容じゃないわよね?
どういうこと!?
引き攣った笑みを浮かべて二人の遣り取りを眺めていると、ヨーゼフ様がこちらを見て、目元をフッと緩ませた。
えっ? もしかして、揶揄われてます?
見掛けによらず、ヨーゼフ様って結構お茶目な人なんだろうか?
予想外の事態に落ち着かない気持ちでいると、ヨーゼフ様の視線が横へ逸れた。
視線の先にいるのは団長さんだ。
長年の付き合いから、言葉はなくとも、何を期待されているかを理解したのだろう。
団長さんの眉間の皺が更に深くなった。
理解はしても、行動には移しにくいということか?
どれくらい時間が経っただろうか。
長く感じたけど、実際にはそれほど長くはない間が空いた後、団長さんは咳払いをすると、意を決したように口を開いた。
「私のことは、アルと呼んで欲しい」
「アル……」
思わず復唱した途端、何だかよくわからないけど恥ずかしさが沸き起こった。
ただ、名前を呼んだだけなのに。
じわじわと顔が熱くなるのを堪えていると、顔の温度と比例するように団長さんがはにかんだ。
そんな私達の様子を他の人達が生暖かい目で見ていることに気付き、心の中で悲鳴を上げるのは三秒後。
長男と次男は確信犯(誤用)。