舞台裏21 友の助言
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「薬用植物研究所のヴァルデックだが、ホーク殿はいらっしゃるだろうか?」
「申し訳ありません。団長はまだ演習場から戻ってきておらず……」
「そうですか……。少し待たせてもらっても良いだろうか?」
「はい。それでしたら……、あっ、団長!」
第三騎士団を訪れたヨハンは、団長であるアルベルトの執務室前にいた騎士に声を掛けた。
先触れもなく訪れたのでアルベルトが在室かどうかを確認したのだが、残念なことに留守だったようだ。
ただ、行き先が騎士団隊舎内の演習場で、騎士の口振りでは予定を過ぎて戻ってきていないようだったことから、アルベルトはもう少しで戻ってきそうな気配があった。
そこで、ヨハンが待たせてもらえるかを騎士に確認していると、タイミング良くアルベルトが現れた。
執務室まではまだ少し距離があったが、ヨハンの姿を認めたアルベルトは相好を崩した。
片手を上げてヨハンに挨拶する姿は、普段と変わらない。
(噂を気にしているかもしれないと来てみたが、杞憂だったか)
ヨハンも片手を上げて応じながら、過保護だったかもしれないと苦笑いを浮かべた。
「どうした?」
「ちょっと話があってな」
「そうか。入ってくれ」
ヨハンの側までやって来たアルベルトは笑みを浮かべたまま、ヨハンに話し掛けた。
手に持っていた書類を掲げて見せると、研究所の従僕と同じく、アルベルトも重要な話だと思ったのだろう。
ヨハンだけを執務室に通し、人払いをした。
「それで、話は何だ?」
「話というのは最近広まっている噂の真偽だ」
「噂?」
「あぁ。セイとドレヴェス殿の。聞きたくないか?」
噂と聞いても、アルベルトに思い当たる節はなく、怪訝な表情を浮かべた。
しかし、ヨハンがニヤリと笑いながら、セイとユーリの名前を挙げると、どの噂か思い当たったらしい。
アルベルトは笑みを消して、大きな溜息を吐いた。
アルベルトが向けるどこか呆れた風の視線は、噂に対してというよりも、ヨハンに対してのもののようだ。
ヨハンがセイとの仲をよく揶揄うこともあり、今回の訪問も噂をネタに揶揄いに来たのだと受け取ったのだろう。
(今日は心配して来たんだがな)
アルベルトの態度に心外だと思いつつも、常日頃の己の態度が原因であることをヨハンは自覚していた。
故に、心の内を口にすることなく、苦笑いを返すだけに留める。
「まぁ、大した話ではなかったけどな」
「そうなのか?」
「あぁ。セイから話を聞いたが、噂は盛られているものが多い」
思ったよりも噂のことは気にしていないようだ。
アルベルトの態度からそう受け取ったヨハンは、気負って来た自分が阿呆らしくなり、肩の力を抜いた。
そして、セイから聞いた観劇の日のことを話し始めた。
「結局、劇のことはそっちのけで、『ライト』のことばかり話していたらしい」
「そうか。セイも、意外に魔法の話をするんだな」
「相手がドレヴェス殿だからな。気を遣って、魔法の話題を振ったんだろう」
「あー、その可能性が高いな」
ユーリに観劇に誘われたところから、うっかり生活魔法の『ライト』の話で盛り上がってしまい、帰宅後に劇の内容をほとんど覚えていなかったことに気付いて凹んだことまで。
セイから聞いた話を順序立てて、ヨハンは話した。
噂になっていた通り、セイとユーリとの会話は弾んだようだ。
側から見れば、確かに親密であるように見えたのだろう。
しかし、アレはどう見ても研究者同士の会話だと、ヨハンは言った。
ユーリの方は分からないが、少なくともセイの方は意識していない。
色恋が絡まないことは、観劇のときの話をしていたセイの表情からもよく分かったと、ヨハンは話した。
ヨハンの話を聞き終わり、気にしていない風だったアルベルトも、どことなく安心したように小さく笑った。
しかし、次の瞬間、表情を苦いものに変えた。
「どうした?」
「いや……。セイは劇場にも行くんだなと思って」
「俺も意外に思った。ああいう貴族的な場所はあまり好まないかと思ってたんだが」
「俺もだ。セイが嫌がらないのなら、誘えば良かった」
「何だ? 一番に誘いたかったのか?」
「そうだ。悪いか?」
揶揄いにも動じず、開き直ったかのようにジトリと半目で睨むアルベルトを見て、ヨハンは噴き出した。
そして、一頻り笑ったところで、表情を真面目なものに変えて、自身の推測を口にした。
「今回の件は、恐らく侯爵の考えたことだろう。ドレヴェス殿は彼の指示に従っただけだと思う」
「私もそう思う。セイとの仲を周りに喧伝することで外堀を埋め、ドレヴェス師団長を婚約者の座に納めたいんだろう」
「お前もそう思うか?」
「あぁ。宮廷魔道師団の師団長職と【聖女】を手中に収めて、ホーク家に対抗しようとしているのではないかという話だ」
「なるほどな。権力欲が強いと言われる侯爵が考えそうなことだ」
ヨハンが考えていたことは、アルベルトも考えていたことだったようだ。
今回、ユーリがセイを観劇に誘ったのは、ドレヴェス侯爵が指示したことだろうと二人は考えた。
狙いはセイの婚約者の座であることは間違いないだろう。
アルベルトが発した、ドレヴェス侯爵の動機はアルベルトの兄である軍務大臣のヨーゼフが推測したものだ。
社交界で話されている侯爵の人物像と照らし合わせると、ヨハンにも納得できる話だった。
そして、セイの婚約が話に上がったので、いい機会だと思ったヨハンは少し前から考えていたことを話した。
「なぁ。余計なお節介だとは思うが、そろそろ行動を起こした方がいいんじゃないか?」
セイは【聖女】で、スランタニア王国における地位は元々高い。
魔物の討伐や、各地の特産品を使った料理の開発等で地方の領主達からの評判も良い。
起こした商会で売りに出している化粧品は貴族のみならず裕福な平民の御婦人にも大人気で、多くの利益を手にしている。
セイ曰く本業である薬用植物の研究では、万能薬という全ての状態異常を治すことができるという、とんでもない代物まで作り上げてしまった。
最近では、個人の研究所という形で土地の権益を王家より譲られるのではないかという話も出ている。
一部は秘されているが、それでも公になっている情報だけでも、セイと縁を繋ぎたがる者は多く、時間が経つにつれ益々増えている状況だ。
縁の繋ぎ方は様々だが、一番強いのは結婚による結び付きだ。
故に、【聖女】の婚約者ということで伯爵家以上の家からの出身という条件が付いているにもかかわらず、セイの婚約者候補に名乗りを上げる者も多い。
アルベルトの実家である辺境伯家よりも上の侯爵家からの申し込みも当然あり、家柄や保有する財産を見れば、アルベルトより秀でている者はいる。
それでも、アルベルトが今一歩抜きん出ているのは、セイの気持ちによるところが大きい。
逆に言うと、セイの気持ちが変わってしまえば、アルベルトの優位性は忽ち崩れてしまうのだ。
この隙を狙う者は少なくなく、ヨハンはその隙を突かれることを懸念していた。
そして、遂にアルベルトに優位性を確固とするための行動を促したのだ。
「そうだな……」
セイが恋愛に奥手であることを、ヨハンもアルベルトも理解している。
だから、ヨハンは揶揄いつつも見守り、アルベルトは徐々に距離を詰めているところだった。
しかし、タイムリミットが近付いていることを、ヨハンだけでなくアルベルトも感じていた。
そんな折のヨハンの助言に、アルベルトはそっと目を伏せ、神妙な面持ちで頷いた。