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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第四章

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137 脱線

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!

 扉の向こうは小部屋だった。

 入ってすぐの右手の壁際には腰高のキャビネットが置かれていて、その上には壁掛けの鏡があった。

 どちらも華やかな飾り彫が施されていて、キャビネットには猫足が付いているのがとても可愛い。

 部屋の中は廊下よりも薄暗くてよく見えないけど、明るいところで見れば、美しい飴色をしていそうだ。

 いかにも高級品といった雰囲気を醸し出している。


 扉の反対側には、キャビネット同様、猫足の椅子が二脚、あるはずの(・・・・・)壁の方に向けて置かれていた。

 実際には壁はなく、正面にある同様の小部屋が見えるんだけどね。

 現実逃避で家具に思いを馳せてみたけど、状況は変わらなかった。

 思った通り、ここはボックス席だ。



「ここは、ボックス席ですか?」

「はい。ドレヴェス家の者はこの手の席しか利用しないらしいです」

「はぁ。そうなんですね」



 見れば分かることだし、否定されても席が変わることなんてないのに、つい尋ねてしまった。

 厭うこともなく答えてくれた師団長様だったけど、口振りは何処か余所余所しい。

 そんなつれない口振りなのは、師団長様が劇に興味がなく、劇場に足を運ぶこともないからかもしれない。


 ボックス席は一部屋丸々使える席だ。

 今回はゆったりとした二席だけど、詰めればもう二、三席は作れそうだ。

 一階にある平土間の席よりも広い座席だし、置いてある家具も高級品ばかりなので、チケットのお値段も相当な物だろう。

 この手の席しか利用しないって、すごいなと思ったけど、よくよく考えたら、師団長様の実家は侯爵家だった。

 高位貴族で、しかも代々宮廷魔道師団の師団長を輩出するような力のある家らしいから、もっともなことなのかもしれない。



「どうぞ」

「ありがとうございます」



 従僕さんが座りやすいように椅子を引いてくれたので、お礼を言って腰を下ろす。

 落ち着いてから前を向けば、対面にあるボックス席にも煌びやかな服を着た人達が入場して来ているのが見えた。


 ふーん。

 来るまでに思ったけど、やっぱりここは二階のようね。

 前にあるボックス席の位置から、そう判断する。

 ボックス席は一階にある平土間の席を囲むように設置されていた。

 二階と三階の壁部分がボックス席といった感じだ。

 四階にも席があるようだけど、あちらには部屋毎の仕切りが見えないから、普通の席が設置されているのかな?


 正面にあるボックス席の隣、舞台側の方にあるボックス席は二階と三階部分を使った、天井の高い席となっている。

 あそこは王族用だろうか?

 ここからは見えないけど、左右対称にボックス席が設けられているなら、私達が座っている側にも同じような席があるのかもしれない。



「何か面白い物でもありましたか?」

「いえ。こういう劇場に来たことがないので、物珍しくて」

「そうでしたか」



 周りを見回していたからだろうか、師団長様から問い掛けられた。

 面白いと言えば面白いのだけど、単純に物珍しかっただけだ。

 師団長様に言った通り、こういうクラシカルな劇場には来たことがない。

 精々、古くからある海外の劇場の写真を見たことがあるくらいだ。



「ここのシャンデリアも魔法付与された物なんですね」

「あぁ。そうですね」



 座席から上へと視線を移すと、入り口と同じように天井には鮮やかな色彩の絵が描かれていた。

 中心からは大きなシャンデリアもぶら下がっている。

 やはりというか、蝋燭があるようには見えないので、こちらも魔法付与をした核が光源なのだろう。

 何となく隣に話を振れば、師団長様も天井を見上げて頷いた。



「核の効果を発動させるのって、近くにいないとダメだと思ってたんですけど、あれってどうやって発動させているんですか?」

「シャンデリアのような物は別に配線が引いてあるんですよ」

「配線?」



 宮廷魔道師団で時折魔法付与する核は、アクセサリーや武器等に加工されて、身に付けることで付与された効果を発動させる。

 そして、発動に必要な魔力は、身に付けた人の物が使われる。

 それを踏まえて考えると、身に付ける物ではないシャンデリアはどうやって発動させるのだろうか?

 核の近くに人がいなければ発動できなさそうなのに。


 以前、王宮のシャンデリアには魔法付与された核を使っていると聞いたときに湧いた疑問を、丁度良いとばかりに師団長様にぶつけてみた。

 魔法に関する話だったこともあり、師団長様は詳しく教えてくれようとしたのだけど、残念ながら話はここまでとなってしまった。

 会場の照明が落ちて、暗くなったからだ。

 いよいよ劇が始まるらしい。


 演じられる劇は恋愛物だ。

 とある貴族が町で一目惚れした娘と結婚するまでの、紆余曲折した経緯が描かれている。

 娘には後見人がいるのだけど、この後見人が娘が持つ財産を狙って結婚しようとしていたために、すったもんだするのだそうだ。


 あらすじを聞いた限り、面白そうな演目だった。

 しかし、劇だと聞いていた物は、実際には歌と音楽で構成されていて、どちらかというとオペラと言っていい物だった。

 劇よりも馴染みがないせいか、話の内容が右耳から左耳へと抜けてしまい、あまりよく頭に入らない。


 周りが賑やかなせいもあるだろう。

 舞台は静かに鑑賞する物だと思っていたんだけど、こちらの世界では違うようだ。

 役者への掛け声や舞台そっちのけで世間話に興じる声等で会場は騒めいている。

 そのせいか、舞台を見ているうちに、意識は舞台上にある装置へと向かっていった。


 舞台上にある装置は、日本で見た物と変わりはなかった。

 場面が切り替わる合間には舞台の照明が落とされて暗くなり、背景となる風景や建物を描いた大きな絵が入れ替えられた。

 室内の場面では本物の家具が置かれたりもしていた。

 強いて違いを挙げるなら、照明が単調なくらいだろうか。

 オンオフの切り替えがあるくらいで、明るさが変わることもなければ、色が変わることもない。



「変えられないのかな?」

「どうしました?」



 うっかり呟いてしまった言葉は、師団長様に聞き止められてしまった。

 こちらを伺う声に思ったことを率直に答えた。



「いえ、照明って点けたり消したりくらいしかしないんだなと思いまして」

「それ以外に何かあるんですか?」

「はい。元の世界では明るさが変わったり、色が変わったりしたんですよね」

「へぇ」



 私と同じく、師団長様も劇には集中できていなかったようで、照明の話に食い付いてきた。

 百聞は一見に如かずということで、周りからは見えない、転落防止用の腰高の壁に隠れる位置で生活魔法の『ライト』を唱えた。

 一度目の『ライト』はいつも通りに、二度目のライトは明るさを変えて。

 明るさを変えた『ライト』はホーク領で実践済みだったので不安はない。

 人差し指の先に灯った丸く小さな灯りに、師団長様の目が輝く。

 そして、三度目は青色の灯りが点くよう念じながら『ライト』と唱えれば、果たして想像した通りの青い灯火が指先に現れた。



「す「しー! 声が大きいです!」」



 興奮のあまり大きな声を出そうとした師団長様の口を慌てて塞ぐ。

 大きな音を立てるのは防げた。

 師団長様に注意を促す声も顰めた物だったので、周りの注目は浴びていないはずだ。

 けれども、掌に柔らかな唇が触れるのを感じて、自分がやらかしてしまったことを悟った。


 師団長様にとっても私の行動は予想外のものだったのだろう。

 珍しく、目をまん丸にしていた。


 ど、どうしよう。

 頭から血の気が引くのを感じながらも、そのままの体勢で暫し師団長様と見詰め合う。

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

 背中に冷や汗を掻きながらも、師団長様の口からソーッと手を離した。



「すみません」

「いえ。少々驚きましたが、大丈夫ですよ」



 消え入るような声で謝罪をすると、師団長様はニッコリと微笑みながら、いつもの調子で返事をしてくれた。

 良かった。

 怒ってはいなさそうだ。

 胸を撫で下ろしながら、周りの邪魔にならないように内緒話をするように顔を寄せて小さな声で話を続ける。

 そんな私達の様子を正面に座っていたボックス席の人達が見ていたことには気付かずに。

 気付いたのは、観劇に行って、一週間くらい経った後のことだった。


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