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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第四章
162/205

136 劇場

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!

 観劇に出掛ける日は、予想通り、昼前から戦争だった。

 淑女の日とは異なり、朝からではなかったのは、侍女を取り纏めているマリーさんからの温情だ。

 それでも、いつになく気合の入った準備だったのは、今日隣に立つのが絶世の美貌を誇る師団長様だったからかもしれない。



「ごきげんよう、セイ様」

「ご、ごきげんよう」



 約束した時間に王宮まで迎えに来てくれた師団長様は、それはそれは麗しかった。

 いつぞやの舞踏会のときのように社交用の礼装を着ているからか、師団長様自身の美貌も相まって、とても綺羅綺羅しく、挨拶する声も吃る程だ。

 スーツを着ると三割増しで格好良く見えるという話があったけど、恐らくあれと同じ効果だと思う。


 師団長様が着ているのは黒いジュストコールとキュロットに、茜色のベストだった。

 全てベロアでできていて、ジュストコールには金糸を中心に色取り取りの糸で華やかな縁取りが、ベストには全面に雪模様のような細かな模様が金糸で刺繍されていた。

 どちらも、非常に贅沢な物だ。

 流石、侯爵家と言えばいいんだろうか?


 対する私はというと、同じく臙脂色のベロアでできたドレスに黒い絹の長手袋を着けていた。

 ドレスは金糸で大きく華やかな縁取りが刺繍されていて、更に縁に黒いレースが付けられている物だ。

 私の髪色に合った物をと選んだ色味のドレスだったんだけど、師団長様の衣装とも微妙にリンクしている。

 偶然の一致に驚いていると、身を寄せてきた師団長様が流れるような動作で私の右手を取った。

 あっ! 今日は手袋もしてる!

 なんて気を取られている間に、師団長様は私の手の甲に唇を寄せた。



「今日のセイ様はとても麗しいですね」

「ふぇっ!」



 そのポーズのまま、師団長様はチラリとこちらに視線を向けた。

 弧を描いた目は妙に熱を帯びていて、色気が凄い。

 こ、攻撃力が! 攻撃力が高過ぎる!!!

 悲鳴は心の中だけに止められず、声にも出てしまった。



「ちょっ、何ですか!? いきなり!」

「おや? お気に召しませんでしたか?」



 慌てて右手を引き抜けば、師団長様は面白そうにクスクスと笑い声を上げた。

 これ、揶揄われているわよね?

 大きく息を吸って深呼吸をした後に、一体どうしたのかと問い掛ければ、家族からの指示だと返ってくる。

 女性をエスコートするときのマナーだと言われたとか。

 御家族!! 何てこと教えてるんですか!?

 普段の師団長様を知っているからまだ耐えられるけど、知らなかったら卒倒していた気がする。

 言葉には出せないけど、内心で責めるのは許して欲しい。



「お気に召すとか召さないとかじゃなくて……。はぁ……。もう、いいです。行きましょう」

「はい」



 出掛ける前から非常に疲れたけど、師団長様の気は済んだらしい。

 出発を促せば、それ以上何かを言うことなく、素直に応じてくれた。


 目的の劇場は街中でも貴族のお屋敷が多く立ち並ぶエリア側にあった。

 貴族用というだけあり、外観は豪華絢爛で、正面に並ぶ石柱には其々異なる意匠の彫刻が彫られていた。

 身支度を手伝ってくれた侍女さん達から聞いた話によると、これらの彫刻は物語の各場面を模した物らしい。

 石柱の脇には篝火が焚かれているらしく、ちらちらと陰影が揺れているのが見える。


 劇場の入り口はこれらの石柱の更に奥にあるそうだ。

 だからだろう、着飾った人達が次々と石柱の間を通って奥に進んでいくのが、馬車の中から見えた。

 石柱の手前には階段があり、階段前の道路には多くの馬車が並んでいる。

 どうやら渋滞が起こっているようで、降りるための順番待ちをしていた。

 どこが最後尾かなと見ていたのだけど、馬車は止まることなく正面を通り過ぎる。



「入り口はこちらじゃないんですか?」

「えぇ。後援者用の入り口が別にあるそうで、私達はそちらから入ることになっています」



 速度を緩めないことを不思議に思って聞いてみると、隣に座っている師団長様との距離が縮まった気配を感じた。

 師団長様も私の後ろから窓を覗き込んでいるようだ。

 左肩にほんのりと師団長様の体温を感じた後、すぐ側で声がして、僅かに体が強張る。

 出会い頭の出来事があったせいか、どうにも今日は意識してしまう。

 相手はあの(・・)魔法にしか興味がない師団長様だというのに。


 変に意識し過ぎだ。

 こんなに近いのは馬車の中だけだから、落ち着け自分。

 そうやって心の中で自分を宥めていると、師団長様の気配が遠ざかった。

 状況が元に戻ったことにホッと胸を撫で下ろし、意識を師団長様が話した内容へと向けた。


 正面入り口は一般客用で、後援者用の入り口はまた別にあるらしい。

 何となく、王族用の入り口なんて物もあるんじゃないかと聞いてみれば、そちらもまた別にあるという答えが返ってきた。

 後援者用と王族用の入り口は正面入り口とは異なり、入り口のすぐ前まで馬車が出入りできるようになっているんだとか。

 特別感満載だ。


 そうして話しているうちに、後援者用の入り口に着いた。

 師団長様が降りた後に続いて、私も馬車を降りる。

 横から差し出されたエスコートの手を取って降りたのだけど、いつもと違う感じがする。

 よくよく考えると、こうして師団長様にエスコートしてもらうのは初めてかもしれないので、そのせいか。


 考え込んでいる間にも、師団長様のエスコートで足は進む。

 馬車の中で聞いた通り、馬車を降りてから館内までは本当に数歩で済んだ。

 建物の中に一歩足を踏み入れれば、そこはもう別世界だった。

 劇場内は外観よりも更に絢爛な世界が広がっていて、目を奪われた。


 まず目に入ったのは、廊下の両端に並ぶ大きなシャンデリアだ。

 散りばめられたガラスに光が反射してキラキラと輝いている。

 蝋燭が立っていないということは、王宮にある物と同じように、光源は魔法付与された核のようだ。

 流石、貴族用の劇場。

 かなりの高級品である。


 輝いているのはシャンデリアだけではない。

 床から天井へと伸びている柱には金箔が貼られていて、シャンデリアの光を反射してぼんやりと輝いている。

 柱の床と天井付近の辺りには何だかよく分からない物が細かく、中間部分はよく見る縦線が彫刻されていて、光を受けて陰影ができていた。


 天井は更に鮮やかで、色取り取りの絵が描かれている。

 男女混合、様々な人物が描かれているけど、これも何かの物語の場面なんだろうか?

 生憎、こちらの世界の物語にはまだ詳しくないので、一体何が題材にされているのかは見当もつかない。



「どうしました?」

「あっ、すみません。豪華だなと思って」



 天井の絵に気を取られ、徐々に歩みが遅くなってしまっていたようだ。

 師団長様に預けていた手を引っ張られる感触がして視線を移動させると、師団長様が足を止めてこちらを向いた。

 振り返って首を傾げた師団長様に、何でもないのだという風に首を横に振り、劇場内部の感想を告げる。

 すると、師団長様も同意をするように頷いた。



「そうですね。正面入り口の方も豪華だそうですよ」

「そうなんですか?」

「はい。帰りはそちらを通ってみますか?」

「いいんですか?」

「構いませんよ。私も見たことがありませんので」

「ありがとうございます!」



 後援者用の入り口だから豪華なのかと思っていたけど、正面入り口も同じような感じらしい。

 やはり、劇場という非日常感のある場所だからだろうか?

 ともあれ、一度で二度美味しい師団長様の提案は魅力的だ。

 行きと帰りで入り口を変えるのは、迎えにくる人の手間になりそうだけどいいのかな?

 もしそうなら申し訳ないなとは思ったものの、好奇心には抗えなかった。


 そうして、帰りは正面入り口の方へ向かうことが決まると、再び師団長様は歩き始めた。

 エスコートされる私も師団長様に付いて行く。

 そうして到着したのは、恐らく二階にある客席への扉の前だった。


 ここに来るまでに、似たような扉が幾つもあり、それぞれの扉の脇には従僕さんらしき人達が控えていた。

 加えて、従僕さんの他にも侍女さんのような人達も、客らしき人達に交ざって廊下を行き来している。

 もしかして、この席は……。

 ここに来るまでに見た光景に、とある予感を抱きながら、師団長様に連れられて扉の中へと足を踏み入れた。


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