135 お誘い
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各地へ遠征に行くこともなくなり、暫くはのんびりと過ごせる日が続いていた。
やることと言えば、研究所の仕事と王宮で受けている講義だけ。
凪いだ水面のような日々に小石が投げ込まれたのは、普段とはほんの少し違う日のことだった。
その日は王宮で魔法の講義を受ける日だった。
いつもであれば午前中は座学を、午後からは実技を行うのだけど、その日の講義は午前中のみとなった。
それというのも、講師である師団長様が午後から用事があるとかで、実技の講義がお休みとなったからだ。
【聖女】が魔法を使うところを観察できるとあって、魔法に目がない師団長様にとっては実技の時間は御褒美と言っても過言ではない時間だ。
それにもかかわらず、お休みすると言うから、話を聞いたときにはかなり驚いた。
まぁ、用事というのは魔物の討伐任務らしいので、師団長様にとってはどちらにしても御褒美時間なのかもしれないけどね。
「それでは、今日はここまでで」
「はい。ありがとうございました」
キリのいいところで師団長様が講義の終わりを宣言した。
今日受けた講義の内容は王立学園でいうと二年生が受ける物だ。
それも学年の終わり頃に受ける物。
講義の内容も大分進んだなぁと思いながら、いつも通り師団長様にお礼を述べる。
そして、研究所に戻るために机の上に広げた教材を片付けていると、師団長様が珍しく魔法以外のことを口にした。
「セイ様は劇を観たことはありますか?」
「げき、ですか?」
師団長様の口からは出そうにもない単語が出てきたことに、一瞬呆気に取られた。
げき、ゲキ、劇?
少し考え込んで漸く単語の意味を理解する。
「げき、と言うと、舞台で行われる、あの劇ですか?」
「はい。歌や演技が披露される劇ですね」
師団長様とは中々結びつかない単語ではあったけど、思った通りの物だったらしい。
ニッコリと頷かれてしまったけど、一体急にどうしたのだろう?
不思議に思いつつも、話を続けた。
「劇ですか。元の世界にいたときに一度だけ観に行ったことがあります」
「そうですか。では、御興味はおありで?」
「そう、ですね。なくはないです」
「それは良かった。では、一緒に観に行きませんか?」
「はい?」
劇、劇かぁ。
興味があるかと問われると、微妙なところだ。
元の世界でも友人に誘われて一度だけ行ったことがあるくらい。
なので、返答に詰まってしまったのだけど、師団長様にとっては些事だったようで、サラリと流されてしまった。
挙句の果てに、誘われた。
それも、魔法の練習でも、魔物の討伐でもなく観劇に。
驚き過ぎて、思わず疑問に疑問で返してしまったけど、やはり師団長様は気にすることなく立て板に水といった風に事情を説明してくれた。
「先日、王都で行われている劇のチケットをいただきまして。もしよろしければ、一緒に行っていただけないかと」
「はぁ……」
詳しく話を聞くと、その劇はドレヴェス家が後援しているらしい。
後援のお礼として貰ったチケットで、本来であれば当主か後継者が行く予定だったのだけど、それぞれ他の予定があって行けなくなったのだとか。
それで、お鉢が師団長様に回ってきたんだそうだ。
夫妻で行けるようにと、用意されたチケットは二枚。
相手がいないからと、一人で行くのはダメらしい。
人気の公演らしく、せっかく用意されたチケットを無駄にするのは許さないと家族から禁じられたんだとか。
それなら行ける家族と行けばいいんじゃないかと思ったんだけど、生憎都合がつく人がいなかった。
では、誰と行くかと考えた結果、辿り着いたのが私だそうだ。
さて、どうしよう。
私へのお茶会や夜会への招待は王宮に窓口となってもらっている。
観劇の御招待もこの枠に入っているような気はするんだけど、誘ってきたのは師団長様なのよね。
あまり知らない相手なら、問答無用で王宮を通してくださいって言うところなんだけど。
「お願いします、セイ様。セイ様以外の方となると少々問題がありまして」
「問題ですか?」
「はい。私は女性が好む事柄にあまり詳しくありませんから」
悩んでいると、追加情報が投下された。
女性が好む話題というのは、ファッションやお菓子の話だろうか?
それなら確かに、魔法にしか興味がない師団長様とは縁遠い話だ。
困ったような笑みを浮かべる師団長様の言に、なるほどと内心で頷く。
何だかんだで師団長様には魔法関係でお世話になることが多いので、困っていると言うなら手助けするのは吝かではない。
劇を観るくらいならいいかな?
あまり興味がないとはいえ、この世界の劇がどんな物かは、ちょっと気になるし。
チケットを貰えるなら行ってみたいと思うくらいには。
「分かりました。御一緒させてください」
「ありがとうございます!」
私が頷くと、師団長様はとても麗しい笑顔を返してくれた。
そして、観劇に行く場所や日時等、詳しい話を聞いて別れた数日後。
研究所で所長と話しているときに、ふと気になっていたことを思い出したので聞いてみた。
「観劇に行くときの服装?」
「はい。今度のお休みの日に、街の劇場に観に行くんですけど、そのときにどういう格好で行ったらいいのかと思いまして」
「観に行くって、誰と?」
「ドレヴェス様です」
師団長様からうっかり聞きそびれた情報を所長に確認すると、途端に尋問が始まった。
誰と行くか聞いてくるなんて、まるで父親みたい。
なんて思いながら師団長様と行くと答えれば、所長の眉間に皺が寄った。
「いつの間に約束したんだ?」
「この間の講義のときにですね」
「直接誘われたのか」
「はい。御家族が行けなくなって、チケットが余っているからって」
「あー……」
簡単に経緯を説明すると、所長は額に手を当てて天を仰いだ。
あれ? 何かまずいことでもあった?
何となく不安になってオロオロしていると。
復活した所長が、微妙な表情を浮かべながら教えてくれた。
王都にはいくつか劇場があるけど、貴族が行く所と平民が行く所とは分かれているらしい。
師団長様の家族が行く予定だったのなら、貴族用の劇場だろう。
そう言って告げられた劇場の名前は、正しく師団長様と行く予定の劇場だった。
流石、所長。
事情通ね。
そして、貴族用の劇場に行くのなら、当然、着て行く物も準じた物になる。
そう、ドレスだ。
「ドレスを着ないといけないなら、王宮の侍女さん達に相談した方が良さそうですね」
「そうだな。俺も女性の装いにそこまで詳しい訳じゃない。彼女達の方がよく知ってるだろう」
「はい。でも、ドレスを着るとなると」
「公演が夜でも、準備は明るいうちからすることになるだろうなぁ」
「あぁ……」
ソウカー、ソウナリマスヨネー。
なら、王宮でマナーの講義がある淑女の日と同じく、朝から準備かなー?
相手が師団長様とはいえ、観劇は講義ではなく社交扱いになりそうだし。
来る日のことを考えると、乾いた笑い声が出てきてしまった。
ともあれ、まずは侍女さん達に相談しよう。
朝からコースになりそうな気はするけど、もしかしたら昼からコースに変更してもらえるかもしれない。
一縷の期待を胸に、早速王宮へ連絡をすることにした。