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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第四章
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舞台裏19 クリームの効果

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!

 薬用植物研究所の分室が設けられることになったランデルーエは、王家の所領ではあるが、広大と言える程の広さはない。

 代官屋敷の規模も同様に、王家が保持している屋敷の中では小さく、働いている使用人の数も少ない方だ。

 けれども、特殊で、重要度の高い所領だった。

 その証拠に、ランデルーエが持つ役割を知っているのは、スランタニア王国でも極一部の者達だけだ。


 ランデルーエの代官屋敷は昔から一線を退いた者達の雇用の受け皿だった。

 それは今も変わらない。

 屋敷で働く者達は代官を始めとして末端まで、全てが引退した諜報員で構成されていた。


 王家の諜報員を務めていたくらいだ。

 現役を退いたとはいえ、代官屋敷にいる者達は皆口が堅く、自衛できる程度の能力は持っている。

 そういった者達ばかりがいる場所であるから、王宮よりも情報漏洩や盗難の対策はしやすい。

 現役の者を少し増やし、建物の防犯設備を整えれば、すぐにセイが自由に研究をするのに適した場所になるだろう。

 そう考えた国王は、ランデルーエの代官屋敷に新たな分室を併設することを決めたのだ。


 代官の秘書を務めるザーラは、分室の開設に伴って増員された現役の諜報員だ。

 これまでは国内の彼方此方に派遣され、各地の情報収集に当たっていたが、ここでは代官業務の補佐と【聖女】の相談相手という役割を担っている。

 国王と並ぶ尊き身である【聖女】の相談相手役として抜擢されたときは、孤児院上がりの身としてはあまりにも畏れ多いと恐縮した。

 しかし、任務を請け負ったときの予想とは異なり、セイは貴族と平民の中間くらいの、とても親しみやすい性格の女性だった。

 そういったセイの人柄もあり、知り合って間もなかったが、それなりに良好な関係が築けていた。


 だからだろう、ある日のお茶会で、セイからお茶のお礼にと化粧品を手渡された。

 セイの商会で売られている化粧品はザーラも愛用している物だ。

 化粧品の見た目も効能も、よく知っている。

 セイから手渡されたクリームも、自身が使っている物と同じ形状をしていた。

 だから、てっきり同じ物だと思っていた。



「メイ」

「姉さん?」



 セイと別れたその足で、ザーラが向かったのは屋敷の厨房だ。

 厨房の入り口で名前を呼べば、裏口の側で椅子に座っていた人物がザーラの方を振り向いた。


 名を呼ばれて振り返ったのは、厨房の下働きをしているメイだ。

 肩よりも下にある長さの髪は後ろで一括りにされていたが、顔の左半分は顎下まで伸ばされた前髪で覆われていた。


 ザーラのことを姉さんと呼んでいるが、血は繋がっていない。

 二人とも同じ孤児院の出身で、孤児院にやって来たばかりのメイに、瞳の色が似ていることから姉と呼ぶようにとザーラが告げたことから、そう呼ぶようになった。

 ただ、本当の姉妹のように過ごしてきたこともあり、二人の仲は非常に良い。


 メイは右手にはナイフ、左手には皮を剥き掛けのジャガイモを持っていた。

 足元には大量のジャガイモが入っている桶も二つ置かれている。

 丁度、夕食の準備をしているところだった。



「これ、良かったら使って?」

「化粧品? どうしたの?」

「今日【聖女】様から貰ったの」

「【聖女】様? あぁ、今日もいらしてたんだ」



 ザーラの言う「【聖女】様」という言葉に、メイの頭の中に黒髪の女性の姿が浮かんだ。

 最近、屋敷にできた薬用植物研究所の分室によく来る女性だ。

 話には聞いていたが、ザーラとは違って直接遣り取りをしたことはない。

 身分差があることもあり、遠目に見たことがあるくらいだった。



「私はいいよ。使っても仕方ないし」

「最近乾燥してきたから、肌が突っ張るし痒いって言ってたじゃない。使ったら少しは緩和されると思うわよ?」



 メイも女性だ。

 美容に興味がない訳ではない。

 それでも、仕方がないという言葉が出てしまうのは、メイの顔の左半分が火傷痕で斑になっているからだ。


 ザーラとメイがいた孤児院は、王家と関わりの深い所だった。

 その孤児院に集められた子供のうち、素質のある者は王宮の各所で取り立てられるのだ。

 ザーラとメイも素質ありと見做され、七歳の頃から諜報員となるための訓練を受け始めた。

 最初は読み書きと簡単な計算から始まり、体術や剣術、人から情報を得るための話術等、様々なことを学んだ。

 そして、それぞれが成人となる十五歳で、正式に特務師団配下の諜報員として働くようになった。


 正式に働くようになった数年後、偶々二人共同じ任務に就くことになった。

 とある地方の魔物の湧きを調べる任務で、森の中を二人で確認して回っているときだった。

 その場所では出たことのない魔物が出没したのだ。

 子犬くらいの大きさの、蜥蜴型のその魔物は体表に毒の膜を張っており、触れると皮膚が焼け爛れる。

 そんな魔物がザーラの頭上から降ってきたのだ。

 音もなく忍び寄った魔物に、辛くも気付いたのはメイだった。

 咄嗟にザーラを庇ったが、その際に魔物の体表から飛び散った毒を顔に受けてしまった。

 魔物を倒した後、すぐにポーションで治療を行ったが、残念なことに顔に火傷痕が残ってしまった。

 魔物の毒が強かったのだろう。


 助けられたザーラは、自分の力不足でメイの顔に痕が残ってしまったことを非常に悔いた。

 何度も謝罪をするザーラだったが、当の本人であるメイは笑いながら軽く流し、終いにはそう何度も謝るなと怒られる始末だったので、いつしか礼も謝罪も口にしなくなった。

 ただ、表には出さなくなっただけで、心の中では常に気を配っていた。

 それで、セイからクリームを貰った際に、メイが肌の乾燥について話していたことをすぐに思い出し、クリームをメイに譲ることにしたのだ。



「でも、姉さんが貰った物でしょ? 私が貰う訳にはいかないよ」

「それなら、半分ずつにしましょう? それなら、いいでしょう?」



 ザーラは勧めるが、高貴な人からの贈り物を贈られた人以外が使うのは失礼に当たるのではないか?

 そう考えたメイは断ったが、ザーラは諦めなかった。

 新たに出された、半分にしようという提案に、メイは眉根を寄せる。


 口に出さずとも、ザーラが今もって後悔していることを、付き合いの長いメイは感じ取っていた。

 このまま断り続けても話は暫く平行線のままだろう。

 今回ザーラが折れたとしても、悔いが残るのは間違いない。

 半分でも受け取ればザーラの罪悪感も少しは薄れるだろうか?

 クリームをくれた【聖女】様は気さくな方だと聞いている。

 ザーラも一緒に使ったのなら、多分咎められたりはしないだろう。

 そこまで考えて、メイは断ることを諦め、困ったような笑みを浮かべてクリームを受け取った。


 セイのクリームの効果に先に気付いたのは、ザーラだった。

 クリームを渡した翌朝、ザーラにはメイの髪の隙間から見えた火傷痕がなくなっているように見えた。

 希望的観測による見間違えかと思いつつも、ザーラは思わずメイの顔を凝視した。



「おはよう。姉さん?」

「ごめんなさい、ちょっといいかしら?」



 ただならぬザーラの雰囲気を訝しみながらメイが挨拶をすると、ザーラは表情を変えないままメイの前髪へと手を伸ばした。

 髪を掻き分けて顕わになったメイの顔には、どこにも火傷痕が見当たらなかった。

 あるのはただ、つるりとした綺麗な肌だけだ。



「ないわ」

「何が?」

「痕が、なくなってる……」

「えっ?」



 目を丸くしたまま呆然と呟いたザーラの言葉を、メイは聞き返した。

 痕と言われて真っ先に思い浮かんだのは自身の顔にある火傷痕だ。

 しかし、火傷痕がなくなっていると言われても俄には信じられず、目を瞬かせた。

 少しして頭の中にザーラの言葉が染み込むと、メイは慌てて鏡を確認しに走った。



「嘘……」



 鏡を覗き込んだメイは、先程のザーラと同様に目を見張った。

 反射する己の姿が信じられず、火傷痕のあった辺りを指でなぞる。

 見た目と同様に、以前は感じていた凸凹とした感触はない。

 鏡を見詰めたまま微動だにしないメイの後ろから、ザーラは呆れを含んだ声で問い掛けた。



「貴女、気が付かなかったの?」

「だって、鏡なんて暫く見てなかったから……」



 顔を火傷してからというもの、メイはほとんど鏡を覗かなくなった。

 ザーラの前では強がったものの、やはりメイも気にしていた。

 手が覚えていることもあり、普段の手入れは鏡を見なくてもできる。

 それをいいことに、本当に鏡を見る必要があるとき以外は見ようとしなかった。

 そして、ザーラに指摘されるまで火傷の痕がなくなっていることに気が付かなかったのだ。



「良かった……」



 小さな声で呟かれた言葉は、心の底からの声だった。

 声と一緒に、ザーラの目から涙も零れ落ちた。

 釣られるようにメイの目からも透明な雫が落ちる。

 抱き締めてきたザーラの腕に手を乗せて、鏡の前で二人は泣きながら笑みを浮かべた。


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