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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第四章
159/205

舞台裏18 相談

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!

 セイがホーク領から戻って来てからも、特務師団の団員達は各地に散らばり、黒い沼の探索や魔物についての調査を行っていた。

 執務室で、定期的に上げられてくる報告書を読み終わった国王は一仕事終えたという風に息を吐いた。



「これで最後か」

「はい。全国的に魔物の湧きは正常時に戻ったと見て良いでしょう」



 独り言に近かった国王の呟きに、報告書を届けた宰相が答えた。


 黒い沼についてはホーク領で見付かって以降、新たな物は発見されていない。

 魔物の湧きも領地の者達だけで対応できる程度だと、各領地から報告が上がって来た。

 国王が読み終えた報告書は最後に届けられた領地の物だ。

 出揃った報告書から、国王と宰相は瘴気の問題が終息したと判断した。



「長いようで短かったな」

「これも偏にセイ様のお陰かと」

「そうだな」



 感慨深く話す国王の後に、宰相は立役者の名前を口にした。

 お互いの脳裏に思い浮かべるのはセイのことだ。

 どれほど瘴気が濃くなっても国内に【聖女】が一向に現れなかったため、やむなく行った【聖女召喚の儀】で異世界から召喚された女性だ。

 喚び出された直後に第一王子が非礼を働いたにもかかわらず、セイは国王達の要請に応えて各地を巡り、手の施しようがなかったほどの瘴気を払ってくれた。


 しかも、セイの働きは書物に残されていた、瘴気を浄化するだけに留まらなかった。

 従来の物よりも効果が高いポーションの開発や、料理スキルが持つ効果の発見、強力な魔法付与に、重篤な患者の治療。

 古来より秘されてきた【聖女】の能力に由来しそうなもの以外にも、元の世界の知識を使った地域振興への寄与等、幅広い分野で期待されていた以上の能力を発揮していた。



「色々と考えないといけないことは多いが、まずは報酬か」

「難しい問題ですな」

「あぁ。全く欲がないと言うか……」



 言葉通り、眉間に皺を寄せた難しい表情で語る宰相に、国王は困ったように笑みを浮かべた。

 セイには国を救ってもらったのだ。

 魔物の討伐に赴くからと研究所の給料とは別に報酬を渡しているが、他にもある功績を考えれば到底足りない。

 貴族達の手前もあり、国王として、更に多くの報酬を渡す必要があった。


 しかし、問題になるのはセイの無欲さだ。

 国としては、【聖女】ということを抜きにしても優秀なセイをこの地に留めるためにも、爵位や領地といった縛れる物を報酬として渡したい。

 けれども、一般的には喜ばれるそれらの報酬をセイは喜ばなかった。

 むしろ、嫌厭しているくらいだ。

 今までに欲しがった物は王宮で講師から学ぶ権利や禁書庫の閲覧権利等、物として残らないものばかり。

 セイの要望で作った薬用植物研究所の風呂や食堂は、国の機関に付属する物なので数のうちには入れられない。

 後は、金銭を生活に必要だからと受け取るくらいだ。


 セイが嫌がることをしたくはないが、国としての利益も考えなければいけない二人は頭を抱えた。

 最終的に、自分達よりもセイのことをよく知るであろう者にまずは話を聞くことにした。

 前回も協力を願った研究所の所長、ヨハンである。



「難しいですね」

「難しいか。こちらとしては公爵位はどうかと考えていたのだが」

「……。破格の申し出だとは思いますが、彼女は望まないかと」



 国王と宰相の期待は、本題を述べる前にあっさりと裏切られた。

 二人は話の出だしとして、まずは国内の浄化を行ったことに対しての報酬をセイに渡したいという話をしたのだが、その時点でヨハンは考え込んでしまった。

 国王達からしてみれば、この後にどのような報酬がいいかという相談を持ち掛けたかったのだが、その前段階で躓いてしまったという訳だ。


 それでも挫けず、宰相は爵位の話を持ち出した。

 元の世界では一般人だったとはいえ、国王と並び立つ地位であるセイのために、スランタニア王国では王家の血が入っている家しか名乗れない公爵位を用意するつもりだと告げると、ヨハンの片頬がヒクリと引き攣った。

 ヨハンも国王と宰相の意気込みを感じたのだろう。

 それでも、セイの意思を尊重するため、国のツートップを相手に何とか否定の言葉を吐き出した。



「領地はどうだ?」

「領地も同様ですね」

「やはり、爵位や領地は望まないか」

「はい。何度かそれとなく聞いてみましたが、嫌がる素振りを見せていました」

「そうか……」



 分の悪さを感じながらも、宰相は更に問い掛けたが、ヨハンは首を縦に振ることはなかった。

 微妙な空気が漂う中、諦めたように国王が呟くと、国王の予想を裏付けるようにヨハンが答えた。

 国内の浄化がほぼ終わったと思われる今、いずれ報酬の話が立ち上がることを予見していたのだろう。

 国王達に呼び出される前に、ヨハンはセイへの調査を終えていた。


 ヨハンの兄であるローラントの陰に隠れているが、ヨハンも有能である。

 権力からは距離を取っているが、研究所の所長を任せられるほど、政治的なバランスを取ることに優れていた。

 機微に聡いというのだろうか?

 痒い所に手が届くように、先回りして動くことが得意だった。

 今回も、その特技を遺憾なく発揮した。


 一番の功労者に報酬を渡さないまま、他の者に渡す訳にはいかない。

 このままでは、騎士団や宮廷魔道師団で活躍した者達にも報酬を渡せないままになってしまう。

 そのことが、どういうことに繋がるのか。

 セイが希望しないとしても、今回ばかりは受け取ってもらわなければならない。


 そんな風に宰相が説得しようとした矢先、機先を制するようにヨハンが「閣下」と宰相に声を掛けた。



「何かな?」

「この場でお願いするのは恐縮なのですが、実は、お力添えしていただきたいことがありまして」



 声を掛けられた宰相は、困ったような笑みを浮かべるヨハンに、視線で話を続けるよう促した。

 そうしてヨハンが口にしたのは、研究所の薬草園の拡張についてだった。



「以前も一度申請を出したのですが、そのときは通りませんでした。何とか遣り繰りはしていたのですが、研究所で取り扱う薬草が増えたこともあって、そろそろ限界でして……」

「それで再度申請したいと」

「はい」



 ヨハンの話に宰相は顎に手を添えて考える。

 額面通りに受け取るなら、一度却下された申請を通すために、宰相に助力を乞うているように聞こえる。

 けれども、それだけではないことを国王も宰相も察していた。


 ヨハンはついでのように話し始めたが、何らかの考えのもと発言している。

 話の流れからして、ヨハンの話はセイへの報酬に繋がる話だろうと二人は考えた。



「以前、却下されたときの理由は?」

「土地の空きがないという話でした」

「ふむ……」



 考えを巡らせている間も、宰相によるヨハンへの聴取は続く。

 却下理由の「空きがない」という言葉に、国王が口を開いた。



「王宮以外の場所に作るのはどうだ?」

「薬草園をですか?」

「あぁ。ランデルーエなら王都にも近いし、丁度いいと思うのだが」



 国王の口から出た「ランデルーエ」とは、王家が保有する所領の一つだ。

 王都に近く、気候も穏やかで過ごしやすい。

 穀倉地帯でもあり、割合肥沃な土地だったのも、国王が薬草園の候補地として選んだ理由だ。


 職業柄、地理に詳しいヨハンは地名を聞いただけで、どういう場所か分かったのだろう。

 口元に拳を当てながら「いい場所ですね」と頷くのを見て、国王はチラリと宰相に視線を投げた。

 宰相は視線を受けて頷いた後、口を開く。



「よろしいのではないでしょうか? あそこの代官屋敷には広い庭がありますから、屋敷をそのまま分室として流用することも可能かと」

「そうだな。王宮では部外者の立ち入りも多くある。あそこに分室を作り、秘匿する必要がある物はあちらに移してしまうのも手だな」



 国王の口から出た「秘匿する必要がある物」という単語に引っかかりを覚え、ヨハンは膝に落としていた視線を上げた。

 こちらを見ている国王と宰相と視線が合い、発言を促されていることを察する。



「秘匿する必要がある物というと、セイが育てている薬草のことでしょうか?」

「そうだ」


 ヨハンの脳裏に(よぎ)ったのは、セイが育てている【聖女の術】で畑を祝福する必要がある薬草だ。

 魔物の浄化以外の【聖女】の能力については極力秘密にされていることから、すぐに国王の言葉と結び付けることができた。

 正解を口にしたヨハンに、満足そうに国王は頷く。

 続けて、己の考えを述べた。



「実は、少し前から研究所の安全対策のレベルを上げるべきかと考えていた」

「薬草園も含めてのお話ですよね?」

「もちろんだ」



 国王の「安全対策のレベルを上げる」という言葉から、ヨハンは国王が何を危惧しているのかを察した。

 その上で薬草園について尋ねると、ヨハンが予想していることを肯定するように国王は頷いた。


 国王は以前から薬用植物研究所のセキュリティーを強化したいと考えていた。

 もちろん、セイが配属されて以来、セイの身の安全を確保するために様々な対策を講じてきた。

 しかし、最近はセイが研究の過程や結果として作り出した物に対しても対策する必要を感じ始めた。

 それというのも、セイが【聖女】の能力を遺憾なく発揮し、作り出した物はとんでもない効果を持つ物が多かったためだ。


【聖女】の能力を公にしないためには、セイに魔物の討伐以外で【聖女の術】を使わないようにしてもらった方がいい。

 けれども、研究はセイが好んで行っていることで、制限を掛けるのは躊躇われた。

 ましてや、出来上がった物の効果が非常に有益で、止めてしまうのが惜しい気持ちもあった。


 故に、いつかは何とかしなければいけないと頭の片隅に置いていたところに降って湧いたのが、薬草園の話だ。

 薬草園を拡張したいというヨハンの申し出は、国王にとって非常に好都合だった。



「最近はザイデラから送られてきた物や、【聖女の術】が関係する物も増えてきただろう。そういった貴重な物や秘匿しておかなければいけない物を、この際に分室で管理したい」

「今植えてある物も移植しますか?」

「可能であれば」

「承知いたしました。林檎の木は難しいと思うので、引き続き温室で管理してもよろしいでしょうか?」

「あれは仕方ないな。こちらで面倒を見よう」

「ありがとうございます」

「それから、研究所との兼任になるが、分室の責任者もヴァルデック卿にお願いしたい」

「私にですか?」

「あぁ。君が一番適任だからな」



 通常は複数の役職を一人が兼任することはないため、分室の責任者に指名されたヨハンは目を丸くした。

 怪訝な表情で問い返したヨハンに、国王は理由を告げる。



「分室だが、本人の希望があればセイ殿専用の研究所に転用したい」

「セイの、ですか?」



【聖女】の能力が公になる危険性を下げ、かつ、セイが研究を続けられる手段として、国王は外部からは秘匿されたセイ個人の研究所を提供することも考えていた。

 ただ、セイは誰かと共に研究することを好む傾向があった。

 普段から研究員達とそれぞれの研究について話している様子を見れば明らかだ。

 実際に、誰かと話すことで開発のヒントが得られることもあって、セイは他の研究員と一緒に研究することを楽しんでいた。

 そうしたセイが、本人だけの研究所を作ったとしても喜ぶかは不透明だったため、今まで保留となっていた。


 今回分室を作るという話が出た際に、利用できそうだと国王は思った。

 セイが希望するならば専用の研究所として、希望しないのであれば、そのまま分室として存続させる。

 どちらにしても、セキュリティーは強化され、セイの研究に制限を掛けることなく、セイの希望に添って柔軟に対応できそうだと考えたのだ。

 また、もう一つの狙いとして、分室というワンクッションを置くことで、専用の研究所を褒美として提示された際のセイの心理的なハードルの高さを低くできるのではないかというものもあった。



「将来的になくなるかもしれない役職だ。新たな者に与えれば、いざ転用しようとしたときに反対されることもあるだろう」

「その可能性は高いでしょうね」

「ヴァルデック卿ならば、その心配はないと見ている。しかも、職務に詳しく、セイ殿への理解もある。故に、君にお願いしたいのだ。兼任してもらうなら、分室長としての報酬も用意しよう」



 国王が立て板に水の如くヨハンを賛辞すると、流石のヨハンも落ち着かない気持ちになった。

 分室の管理者を引き受けてもらうためだろうと分かってはいても、目の前で組織のトップから褒められると、どうにもソワソワとした気持ちになってしまったのだ。



「分かりました。分室の管理者の件、お受けいたします」

「助かる。細かい話は追ってする」



 気持ちを切り替えるためか、一つ咳払いをした後、ヨハンは国王に向かって恭しくお辞儀をした。

 こうして、国王が希望した通り、ヨハンが分室の管理者となることが決まった。



「ランデルーエに分室とは……」

「いい考えだと思ったんだが?」

「私もそう思います。あそこにいるのは口の堅い者達ばかりですから」

「これで一つ、心配事が減ったな」

「報酬については解決しておりませんが?」

「分かる者には分室が次の報酬のための物だと伝わるだろう。後は分からない者達のために分かりやすく金銭での補償をすることにするか」

「承知いたしました。手配いたします」



 ヨハンの後ろ姿を見送った後、執務室のドアが閉められてから、国王と宰相の密やかな会話が続く。

「口の堅い者達ばかり」のランデルーエは、この国では極限られた人だけが知る特殊な地だった。


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