134 うっかり
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「セイ様!」
二日ぶりに分室の薬草園を訪れ、お目当ての薬草が植えられている場所へ向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた。
聞き覚えのある女性の声に振り向けば、果たして、ザーラさんが柔かに微笑みながらこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
分室には着いたばかり。
今はまだ王宮の業務が始まって約一時間といったところで、まだまだ一日が始まったばかりと言える時間だ。
王都から離れた所にある分室とはいえ、業務の開始時間は王宮と変わらないだろう。
普段仕事の休憩時間にしか話をしないザーラさんに、こんな時間に声を掛けられるのはなかったことだ。
珍しいこともあるものだと思いつつ、こちらも笑みを携えて挨拶をした。
「おはようございます、ザーラさん」
「おはようございます。先日はクリームをありがとうございました!」
開口一番、ザーラさんは弾けるような笑顔でお礼を口にした。
クリームというのは、お茶のお礼にと渡した物のことだろう。
この様子だと、効果は抜群だったようだ。
「いえいえ。肌が荒れたりとかしませんでした?」
「全然! いただいたクリームを使ってからというもの、とても調子がいいですわ」
「なら、良かったです」
ザーラさんが嬉しそうに話してくれるのを見て、こちらまで嬉しくなった。
釣られるように笑みを浮かべれば、ザーラさんは期待を込めた目でこちらを見詰めて口を開いた。
「いただいたクリームですが、あちらはセイ様のお店で売られている物でしたよね?」
「いえ、実は特製の物で……」
「そうなのですか!」
「はい。お店で売ってる物とはレシピが異なるんです」
ザーラさんからの質問は、想定内のものだ。
お店で化粧品を売るようになったのも、かつてリズに化粧品を渡した後に御令嬢方からの購入希望の声が上がったためだしね。
同じような声は、貴族の御婦人達と交流するようになってからも何度も聞いた。
だから今回も、もし気に入ってもらえたなら、同じように言われるかなとは思っていた。
でも、今回は購入希望の声には応えられないのよね。
何せ、使っている材料が材料で、市販するとなると今一番人気の薔薇の精油を使ったクリームよりも高くなってしまう。
当初、薔薇のクリームが高いから自作したはずなんだけど、興が乗って、つい張り切り過ぎちゃったのだ。
結果として、薔薇のクリームよりも高級な物ができてしまった。
五割増しの呪いを誤魔化すには良かったけど、やり過ぎた感じは否めない。
「では、お店では売られていないと……」
「はい。材料に特殊な物も使っているので……」
ザーラさんに渡したクリームには、お店で売ってるクリームに使われているラベンダーの他にも、元の世界で肌に良いと言われていた様々な物が含まれている。
代表的な物はフランキンセンスで、古代から貴重な物とされていた香料樹脂だ。
ラベンダーと同じように、この樹脂からは精油が採油できる。
フランキンセンスが採れる木は寒さに弱いため、この国には自生していないのだけど、何ヶ月か前に王宮の温室にはあることに偶然気付いた。
折角だからと使わせてもらったけど、当然お店で売る化粧品のために王宮の温室の木を使う訳にはいかない。
そもそも、クリームを量産できるほどの量の木がないしね。
他にも、肌の再生に効くんじゃないかと最上級HPポーションの材料になる薬草等も入れた。
そういう物を諸々引っ括めて「特殊な物」と口にしたのだけど、途端に変な物を入れていると誤解させてしまうのではないかと不安になった。
「あっ! もちろん、肌に悪そうな物は入れてませんし、お渡しする前にテストはしてますから」
「分かっておりますわ。私もセイ様に言われた通り、最初は腕で試して問題ないことを確認しましたから」
慌てて補足すると、ザーラさんは理解していると口にするだけでなく、頷いてもくれた。
それを見て、胸を撫で下ろす。
ザーラさんに言ったように、自作の化粧品については事前にテストを行っている。
パッチテストというもので、腕の内側等に塗って暫く置き、刺激を感じたり、赤くなったりしないかを確認するのだ。
人によって合う合わないもあるから、ザーラさんにも顔に塗る前に普段目に付かないような場所で試してもらうよう伝えておいた。
事前にお願いしていた通り、試してから使ってくれたみたいね。
「貴重な材料が使われていたんですね。そんなに価値がある物を……」
「貴重っていうか、単純にあまり見ない物ってだけなので。あまり気にしないでください」
「特殊な」という言葉を「貴重である」という意味で捉えたようで、ザーラさんの表情が申し訳ないといった風に曇る。
ザーラさんは悪くない。
悪いのは私だ。
作っている間につい楽しくなってしまって、ちょっと効能を突き詰めてしまっただけなので、本当に気に病まないでいただきたい。
再び慌ててフォローすれば、ザーラさんは感極まったように目を潤ませて微笑んでくれた。
この表情には見覚えがある。
あぁ、あれだ。
第二騎士団の人達だ。
どうしてザーラさんにまで崇拝していますといったような目で見られているのか。
渡したクリームの効果は、そんなに凄い物だったのか?
自分で試したときには、そこまで効果があるとは思わなかったんだけど、実はあったのかしら?
ほんのりと嫌な予感を覚えつつ、ザーラさんの視線に居心地の悪い思いをしていると、タイミング良く声を掛けてきた人がいた。
「すみません」
「あっ、パウルさん! おはようございます」
「おはようございます」
声を掛けてきたのは、分室で庭師を取り纏めている庭師長のパウルさんだ。
壮年の男性で、髪と瞳の色はこの国では多い焦茶色なのだけど、眼光が鋭くがっしりとした体形をしているため、黙っていても妙な威圧感がある人だ。
言葉少ないのも、圧力が増す原因かもしれない。
普段こちらに話し掛けてくることなどほとんどないパウルさんが話し掛けてきたということは、何か用事があるのだろう。
パウルさんの方に向き直って話を聞くと、何やら薬草の世話について聞きたいことがあると言う。
話は薬草を見ながらした方が分かりやすいだろうということで、薬草が植えられている所まで一緒に行くことにした。
偶々進行方向が屋敷の方だったので、執務に戻るザーラさんも一緒だ。
パウルさんが声を掛けてきたことで有耶無耶になってしまったけど、ザーラさんに渡したクリームはやはりとんでもない効果を発揮していた。
そうして、【聖女】の信者が密かに増えていたことを私が知ったのは、大分時が経ってからのことだった。