133 分室
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研究所が新たに与えられた土地は、王家の所領の一つだ。
王都から通えるほど近いそこは、中々に肥沃な土地らしい。
そんないい場所を研究所の薬草園として使わせてもらえるなんて、国王陛下も太っ腹だと思う。
それだけ、薬草の栽培やポーションの開発に重きを置いているということなのかもしれない。
分室のある町はスランタニア王国の一般的な都市と同様、石で作られた城壁に囲まれている。
城壁の外に広がっているのは元から育てられている麦畑だ。
分室の薬草園は城壁の中の、更に分室の建物を取り巻く壁の中にある。
二重の壁の中、しかも分室の敷地内にあると聞くと狭く感じてしまうのだけど、実際にはかなり広い。
分室の敷地自体が広く、また敷地の大半を薬草園が占めることになるため、研究所の薬草園と遜色ない程度の広さがあった。
建物は所領の管理人さんが使用している建物の一部を使わせてもらうことになった。
分室に常勤する研究員が少ないのもあるけど、管理人さんが使っていた建物が大きかったことも共用することになった理由の一つだ。
どれくらい大きいかというと、王都にある貴族の邸宅にも引けを取らないほどだ。
また、元より使われていなかった部屋が多かったので、その部分を分室として使わせてもらうことになった。
新しく建物を建てるとなると時間もお金も掛かるから、余っていた分を有効活用できるこの案はいい案だと思う。
研究員が占有する部屋として、事務作業を行う部屋だけでなく、ポーションを作ることができる部屋等、いくつかの部屋が用意してもらえた。
お客さんが来たときに使う応接室や、研究員が分室に来たときに泊まる客室等は管理人さんと共用になる。
共用部分の部屋の掃除等は、管理人さんの方で行ってくれるそうなので、大変ありがたい。
広い敷地と立派な建物を持つ分室は、第二の研究所と言っても過言ではない。
これほどの施設であれば所長とは別に責任者が置かれそうなものなのだけど、分室の責任者も所長が兼ねている。
話を聞いた当初は、研究所に加えて分室も管理しなければいけなくなったなんてオーバーワークじゃないかと心配したんだけど、所長曰く大丈夫らしい。
王都にいる所長のために、管理人さんが毎月報告書を上げる形で協力してくれるそうだ。
それはそれで、今度は管理人さんの方が大変なんじゃないかと思ったら、こちらも元々管理していた土地だから問題ないそうで。
所長といい、管理人さんといい、有能だなと感心するばかりだ。
「あ、こんにちは」
「こんにちは、セイ様」
分室の薬草園で、研究所からお引越しした薬草の様子をしゃがみ込んで見ていると、後ろから土を踏み締める音が聞こえた。
誰か来たのかと振り仰げば、そこには色気たっぷりの美女がニッコリと微笑みながら立っていた。
空色の髪は緩やかに纏められ、弧を描いている切れ長の目の奥の瞳の色はシルバーグレーだ。
とても綺麗な人で、左の目尻に黒子があるのが妙に艶めかしい。
今日も簡素なドレスを纏っているにもかかわらず、隠しきれないスタイルの良さとも相まって、匂い立つような色香に当てられそうだ。
そんな彼女は、管理人さんの秘書であるザーラさんだ。
ザーラさんは私と同じくらいの年齢に見える。
大人の女性であることは分かるのだけど、はっきりとした年齢は知らない。
結婚はまだしていないらしく、同年代の独身女性同士ということで、何度か分室に来るうちに仲良くなった。
「調子はいかがですか?」
「お陰様で順調なようです。無事に根付いてくれました」
「それは、よかったわ」
私の手元を後ろから覗き込みながら、ザーラさんは調子を聞いた。
この場合の調子は、私ではなく、薬草のことを聞いているのだろうと判断して答えると、ザーラさんは笑みを深くして喜んでくれた。
セキュリティーが厳重なはずの薬草園にザーラさんが入れているのは、もちろん国王陛下から許可を貰っているからだ。
王家の所領を預かる管理人の秘書という立場にあるザーラさんは、陛下からの信頼も厚いらしい。
言うまでもなく、管理人さんも薬草園への入園許可を持っている。
ザーラさん達以外では、この屋敷の庭師さん達も入園許可を持っている。
分室の薬草園に植えられている薬草は機密度が高いのに加えて、育てるのも難しい。
そこで、植物の知識が豊富な庭師さん達に協力してもらうことになったためだ。
もちろん、許可を貰っただけではない。
所長を始めとして、私や研究員さん達、それに管理人さんや庭師さん達等、この薬草園の入園許可を持っている人は、薬草園で知ったことを外に漏らさぬよう、王家と秘密保持契約を結んでいる。
「ザーラさんは御休憩ですか?」
「えぇ。新しい茶葉が手に入ったので、セイ様も御一緒にいかがかとお誘いに来ましたの」
「ありがとうございます! 是非、御相伴させてください」
ザーラさんはお茶が好きで、分室ができる前から休憩時間になると必ず飲んでいたらしい。
分室に来るようになったばかりの頃に、私がハーブティーを飲んでいるところで話し掛けられたのが、話すようになったきっかけだった。
お互いにお茶が好きで、初回から話が盛り上がったのも、仲良くなった理由かもしれない。
そんなザーラさんは、今日も今日とて休憩時間にお茶をしようと誘いに来てくれたようだ。
新しい茶葉とはどんな茶葉だろうか?
ハーブティーなら大抵手に入るから、紅茶だろうか?
どちらにしても、とても興味深い。
素敵なお誘いに勢い込んで頷くと、ザーラさんは益々笑みを深くした。
ザーラさんはお茶好きなだけあって、色々と拘りがあるらしい。
だから、いつもお茶はザーラさんが淹れてくれるのだけど、これがまたとても上手なのだ。
今日淹れてくれたお茶は紅茶だったのだけど、紅茶を淹れさせたら右に出る者はいないと言われる、王宮の侍女さん達が淹れてくれるのと同じくらい美味しかった。
いつも美味しいお茶を淹れてくれるザーラさんに何かいいお礼はできないだろうか?
ここ最近何かいい案がないかと考えていたのだけど、今日のお茶会で化粧品が話題に上がったときに、ふと化粧品を贈ることを思い付いた。
王都にある【聖女】の商会で売られている化粧品は貴族の御婦人方の間で人気だ。
あまりにも人気過ぎて一部商品は入荷待ちの状態になっていたりするくらいだったりする。
商会の順番を融通するのは問題があるので無理だけど、自作した物なら渡せる。
五割増しの呪いが怖いけど、レシピを少し変えた物を渡せば、それを理由に誤魔化せるだろう。
「まぁ! よろしいんですか?」
「はい。いつも美味しいお茶をご馳走になっているお礼です」
一応そこまで考えて、贈ってもいいかと尋ねたら、ザーラさんは目を輝かせて喜んでくれた。
よしよし。
そうして、化粧品をプレゼントすることが決まったところで、ポットのお茶も飲み切り、お茶会はお開きとなった。
さて、何にしようかな?
入荷待ちになっているのは薔薇の精油を使ったクリームだけど、あれはかなり高価だ。
こちらが良くても、ザーラさんが気にするかもしれない。
ならば、定番路線で攻めるか?
定番はラベンダーの精油を使ったシリーズだけど、レシピに一部手を加えようかしら?
あ、そういえば、ラベンダーに合う精油が丁度あったわね。
つい最近作った精油だけど、あれもまた効能が高い。
貴重だから、お店の商品には使えないけど、五割増しの呪いを誤魔化すにも丁度いい。
早速、研究所に戻ったら作ってみようと思いつつ、足取り軽く、再び薬草園へと足を向けた。