132 予想外の解決方法
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「分室って、どういうことですか?」
分室というと、研究所の一部を別の所に分けて設けた、会社で言うところの支社のような物だ。
それを新たに作るということは、先日話していた薬草園の拡張許可を王宮に再申請したのかしら?
まさか、私が土地を欲しがってるって話を国王陛下に進言した訳ではないわよね?
ほんの少し不安に思いながら、所長をじっと見詰めると、所長は困ったような笑みを浮かべて話し始めた。
話を聞けば、再申請した訳ではなく、別件で宰相様に呼び出されたらしい。
先日所長が話していた通り、私への新たな報酬についての話だったようだ。
案の定、報酬として真っ先に挙げられたのは爵位だったそうだ。
以前と同じように、爵位以外にも土地なんてものも案に上がったらしいのだけど、先日の私の意見を踏まえて、所長は全てお断りしてくれたんだとか。
偉い人からの申し出を断るのは酷く労力を使うので、所長が断ってくれたのはありがたい。
最終的に、報酬は金銭で支払われることになったようだ。
「話は分かりましたけど、それでどうして分室ができることになったんですか?」
「報酬の話が終わった後に、世間話として研究所の敷地を拡張できないか聞いてみたんだよ」
所長の話によると、王宮側は薬草園を拡張することには乗り気だったらしい。
けれども、研究所周辺の土地には空きがなく、拡張しようにもできない状況なのだそうだ。
そこで提案されたのが分室だ。
王都から少し離れた場所に丁度いい場所があるので、そこに作らないかという話になったらしい。
「研究所を分けることになるんですか?」
「分室と言っても、薬草園が中心だからな。分けるというほどでもない」
「なら、単純に王宮外の薬草園が増える感じですか」
「まぁ、そんな感じだな」
当然のことながら、薬草は種類によって生育条件が異なる。
その条件を詳しく調べるのも、薬用植物研究所が担う研究の一つだ。
新しい薬草園は王都からはどれくらい離れているのかしら?
少しというくらいだから、それほど土壌や気候の違いはないのかな?
大きな差異があるようなら、研究に利用できそうだけど。
あぁ、でも、薬草園を拡張したいって話から出てきたものだから、あえて王宮と同じような環境を用意されているかもしれないわね。
「気になるか?」
「えっ?」
「新しい薬草園」
つらつらとそんなことを考えていると、所長がニヤリと笑った。
新しい実験環境に思いを馳せていたのは見抜かれていたらしい。
少しだけ恥ずかしく思いながらも、素直に頷くと、所長もうんうんと首を数度縦に振った。
「俺もだ」
「俺、も?」
「新しい方は機密対策がここよりもしっかりしててな。今まで植えられなかった物も植えられるようになる」
「そうなんですか!」
所長の言葉に食い気味に反応すると、所長はほくほく顔で話し始めた。
研究所も王宮の敷地内にあることから、それなりのセキュリティーはある。
けれども、この間のように外国からの要人が視察に来たりと、部外者が全く出入りしないという訳ではない。
分室はそうではないらしい。
関係者以外は完全に立ち入り禁止となることが決まっているのだそうだ。
そうなると、所長が言う通り、セキュリティーの問題で研究所では植えられなかった薬草が、分室では植えられるようになる。
所長が植えたいと思っている薬草にも当てはまる物があるのだろう。
語る口調は明るく、とても嬉しそうだ。
「随分厳重なんですね」
「あぁ。機密対策についてはゴルツ様からの提案だ。王宮としても、貴重な物や特殊な物はあちらで育ててほしいようだな」
率直に感じたことを口にすれば、所長は話しながら意味ありげな視線をこちらに寄越した。
何でこっちを見るんだろう?
貴重な物や特殊な物?
一瞬首を傾げたけど、すぐに何を指しているのか思い当たった。
どちらも私が育てている植物に当てはまる言葉だったのだ。
言われて思い出したけど、私が育てている植物は、単に珍しいというだけの物から、特殊な生育環境が必要な物まで多種多様にある。
前者はザイデラから贈られた固有種などが、後者はクラウスナー領のコリンナさんから分けてもらった物が当てはまる。
その中で、特に厳重な管理が必要になるのが後者だ。
特殊な生育環境とは、【聖女の術】が関係する環境のことだ。
クラウスナー領や研究所にあるような【聖女の術】で祝福された畑は代表的な物だろう。
その他、環境ではないけど【聖女の術】で強引に育ててしまったせいで、うっかり妙な効能が付いた林檎の木なんて物もある。
私の身の安全性を確保するために、瘴気の浄化以外の能力については極力秘密にされていることもあって、どれも公にはできない物ばかりだ。
そのため、クラウスナー領の畑はともかく、研究所の畑や林檎の木の方は厳重に管理されている。
所長の口振りと視線から推測するに、そういった管理が必要な物を分室の方に隔離しようとしているのだろう。
そうなると、私が管理している畑は軒並み、新しい薬草園に移設することになるのだろうか?
「という訳で、新しい薬草園の半分はお前が使うことになりそうだな」
考え込んでいるところに所長の揶揄うような声が聞こえ、意識を戻す。
新しい薬草園の広さがどれくらいかは分からないけど、半分というのは言い過ぎじゃないかしら?
「残り半分は所長ですか?」
「流石に俺だけだと、他の奴等がうるさいだろう」
意趣返しとばかりに、残りは所長が使うのかと揶揄うと、思いのほか真面目な答えが返ってきた。
所長が言う通り、セキュリティーの問題で植えることができない薬草を植えたがっている研究員さんは何人かいる。
新しい薬草園を所長と私とで独占したら、間違いなく苦情が上がるだろう。
「そうですね。他の人達も植えたがってましたしね。でも、いいんですか? 所長と私以外の人が利用しても」
「機密の度合いを分けて、度合い毎に使用する区画や区画に入れる人間を分ければ問題ないだろう」
「あっ、そうですね」
しかし、【聖女の術】が関係する薬草を植えるのに、所長と私以外の人達が出入りしても問題ないのだろうか?
それを問えば、所長はすんなりと解決方法を口にした。
あっさりと思い付くあたり、流石だと思う。
「こちらからあちらに植え替える物は後で伝える。分室の準備が整ったら動けるよう、準備しておいてくれ」
「分かりました」
分室について一通りの説明を受けた後、所長から植え替える薬草の準備をしておくようにと言われた。
脳内で植え替えの手順を考えつつ、頷き返した。
暫くして、分室の利用者と、研究所の薬草園から移設する薬草が所長から発表された。
分室の薬草園は、所長と私以外に数人の研究員さんが利用することになった。
自身の薬草畑を拡張したい人は多かったけど、利用できる土地には限りがある。
そのため、希望者の間で熾烈な争いが繰り広げられたらしい。
話し合いでは決まらず、最終的に所長が独断で選んだ。
所長の話では、機密性の高い薬草を育てたい人を優先して選んだようだ。
そうして選ばれたのは、ザイデラから届いた薬草や、猛毒を含むために取り扱いを非常に気を付けないといけない薬草を育てたい人達だった。
利用者が決まり、各々が準備を整え終える頃、分室の方も準備ができたと報せが届いた。