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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第四章
155/205

131 混雑

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!

「うーん」

「セーイー? どうしたの?」

「あっ、ジュード。お疲れ様」



 ホーク領から戻ってきて以降、新たに黒い沼が発見されたという話は聞いていない。

 これはいよいよ【聖女】業は廃業かと思いつつも、私がすることは変わらなかった。

 今日も今日とて、研究所の薬草園にある個人に与えられた畑を前に、新たな薬草の作付けについて考え込んでいた。


 そこに現れたのは、よく見知った人物だ。

 のんびりとした声掛けに振り向くと、不思議そうに首を傾げるジュードの姿が目に入った。



「新しい薬草をどこに植えようか考えてたのよ」

「新しいって、ホーク領で採集してきたやつ?」

「それもあるんだけど、他にも色々とあって」



 ホーク領で採集してきた植物の中には、薬草と呼べる効能がある物もいくつかあった。

 そのうち、研究所ではまだ育てていない物で、今後の研究に役立ちそうな物を植えてみようかと考えていたのだ。

 ただ、植えたいと思ったのはホーク領の薬草だけではない。

 クラウスナー領やザイデラから送られてきた物の中にも、植えたいと思っている物がいくつもあった。



「ふーん。何植えるか知らないけど、今植えるのは早いんじゃない?」

「そうね。植えるのはもっと後かな。ただね……」



 ジュードが言う通り、今の季節は冬。

 薬草の種を植えるには向いていない季節だ。

 植えても上手くいかなさそうなのは自明なので、強行するつもりもない。

 では、畑を前に何を悩んでいるのかというと、ズバリ土地だ。


 クラウスナー領やザイデラから送られてきた薬草の種は研究所に対して送られてきた物だ。

 使用する権利は研究所に所属する研究員全員にある。

 薬草に目がない者達に珍しい薬草の種を与えたらどうなるかなんて、少し想像すれば分かるだろう。

 皆こぞって気になる薬草を植え出した。

 その結果、広大だと言われる研究所の薬草園は、このところずっと満員御礼の状態が続いているのだ。



「場所かぁ」

「そうなのよ。自分の畑を拡張したくても、空いてる場所がないのよね」

「共用の所を使わせてもらうとか」

「多分、そっちも難しいと思う。騎士団から依頼されているポーション用の畑は縮小できないし、それ以外の場所は争奪戦になりそう」

「あー、そうだね」



 薬草園には共有の畑もあり、そちらには研究所でよく使われる薬草が多く育てられている。

 騎士団に卸しているポーションを作るために必要な薬草も、こちらで栽培されていたりする。

 共有という言葉から分かる通り、期間限定で一部を使わせてもらうことが可能なのだけど、使用できる場所はあまり広くはない。

 そのため、最近は研究員さん達の間で場所取りの激しい争いが繰り広げられていた。


 ジュードの研究対象は主にポーションなので、個人用の畑を持っていても、拡張するほどではない。

 それでも、薬草園の混み具合については知っていたのだろう。

 争奪戦という言葉に、ジュードは思い当たる節があったという風に大きく頷いた。



「所長に相談してみたら?」

「所長に?」

「所長も最近の混雑具合には気付いてるだろうしね。解決策を考えてくれるんじゃない? 騎士団用の薬草なんて、それこそ全部商会から購入するって方法もあるんだし」



 確かにジュードの言う通りだ。

 個人用の畑を拡張するにしろ、共用の畑の使用許可を取るにしろ、所長の許可が必要なのだ。

 一人で悩んでいても始まらない。



「そうね。所長に聞いてみるわ」

「うん。それがいいよ」



 考えが纏まったところで提案に頷くと、ジュードもニッコリと笑って頷いた。

 そして、手を振るジュードに見送られながら、足早に所長室へと向かった。



「畑の拡張?」

「はい。春になったら新しい薬草を植えようかと思ったんですけど、ちょっと場所が足りなくて」

「あぁ、最近は混み合ってるんだよな。俺も色々と植えたい物はあるんだが……」



 ジュードと違って、所長の研究対象は薬草だ。

 所長特権を使って、他の人よりも広い個人用の畑も持ってるし、共用の畑も一部使っている。

 その所長ですら、植える薬草をこれ以上増やすのを躊躇するほど、薬草園は混雑しているみたいね。


 同じ悩みを抱えているからか、難しいとは分かっていても、解決策について考えてくれるようだ。

 所長室を訪れた用件を伝えると、所長は眉根を寄せて、右手で顎を触り出した。

 しかし、いい考えは浮かばなかったようで、所長は顎から手を外すと大きく溜息を吐いた。



「一応、王宮に申請してみるが、これ以上薬草園を拡張するのは難しいと思う」

「そうなんですか? まだまだ空いている所はあると思うんですけど」

「あれはあれで、何かに使うんだろう。前に申請したときは断られたんだ」

「既に申請済みだったんですね」

「お前が来る前の話だから、今はまた対応が異なるかもしれないがな」

「じゃあ、再申請しましょう」



 前回申請したのがいつなのかは分からないけど、所長が言う通り、そのときと今とでは状況は違っているかもしれない。

 ダメ元という言葉もあるし、言うだけ言ってみるのはアリだと思った。

 背中を押すように、再申請を促すと、真面目な顔をしていた所長がニヤリと表情を変えた。

 そのことに、ちょっとばかり嫌な予感がした。



「何ですか?」

「いやな。再申請もいいが、お前だけならもっといい方法もあるぞ」



 いい方法って、何だろう?

 私だけ(・・・)という言葉が気になる。

 思わず眉間に皺を寄せると、所長が笑みを浮かべたまま口を開いた。



「陛下に一言、お前が薬草を育てるための土地を欲しがってるって言えば、すぐに用意してくれるだろうな」

「それって、前に話していた領地のことじゃないですよね」

「そうとも言うな」

「お断りします」



 何だか嫌な予感がすると思ったら……。

 前にも報酬で領地をくれるって話が出て、断ったのよね。

 あの話、まだ終わっていなかったのかしら?

 苦い表情でスッパリと断ると、所長も苦笑いを浮かべた。



「相変わらずだな」

「報酬なら既にいただいてますから」



 王宮での講義に、禁書庫の閲覧権利。

 それらは、領地の代わりに報酬として貰ったものだ。

 今更追加で領地が欲しいとは言えない。

 しかし、所長の意見は違うようだ。



「貰ったって言っても、あれからまた功績が積み上がってるからなぁ。また報酬を用意されると思うぞ」

「それにしたって、領地なんて貰っても管理できませんし」

「商会と同じように、信頼の置ける者に管理してもらえばいいんじゃないか?」

「所長は自分のことじゃないから、そんな風に気軽に言えるんですよ」



 功績って、アレかな?

 各地で黒い沼を浄化して回った分かしら?

 その分の報酬って研究所の給料とは別に貰っていなかったっけ?

 あれは単純に各地へ遠征した分の報酬で、浄化の成功報酬はまた別なのだろうか?

 研究所の給料に、商会からの配当金に、魔物の討伐に参加した分の報酬にと、色々な収入があるんだけど、なまじ不自由なく生活できているからか、妙に無頓着になってしまったのは良くないわね。

 一度きちんと確認しないと。


 それはそうと、よく覚えてはいないけど、所長が言うのなら、王宮から再び報酬の話が来る可能性は高そうだ。

 領地かぁ……。

 商会と同じようにって言われても、商会と領地とじゃ規模も背負う責任も違うような気がするんだけど、どうなんだろう?

 代理人に管理してもらうにしても、話が大き過ぎて、流石に二の足を踏むわね。



「だが、領地があったら好きな薬草を好きなだけ、育てられるんだぞ?」

「うっ……」

「薬草だけじゃない。ザイデラの野菜も育てられるんじゃないか?」

「うぅ……」

「しかも、陛下なら使用人も揃えてくれるぞ。俺なら貰うな」



 口では断ったものの、内心の葛藤を見透かすように、所長が誘い文句を口にする。

 確かに、広大な畑を好きにできるのは魅力的なお話だ。

 しかも、研究所では育て難い野菜も育て放題。

 ってことは、もしかして、お米も!?

 いやいや、落ち着いて、自分!

 頭を左右に振って、誘惑を振り払う。



「やっぱり、無理です!」

「分かった、分かった」



 とても魅力的な話だけど、どう考えても、私に領主が務まるとは思えない。

 それに、領主となったら研究所からは足が遠のいてしまうだろう。

 それはそれで何だか寂しい。

 思い直して断れば、所長は仕方がないなという風に笑顔で頷いたのだった。


 そんな風に所長と話した、数日後。

 所長の口から衝撃的な言葉が飛び出した。



「研究所の分室ができることになった」



 何ですって!?


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


お陰様で、小説8巻が3月10日に刊行されることになりました。

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特装版を出していただけることになったのも、ひとえに、応援してくださる皆様のお陰だと感謝しております。

本当にありがとうございます。


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電子書籍版には小冊子のみが付いてきます。


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よろしくお願いいたします。


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