128 ロールキャベツと…
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団長さんと市場へ行った日から少し経った頃、魔物の状況についての報告会があった。
調査から戻った人達の話では、黒い沼のあった鉱山村周辺の魔物の湧きは大分減ったらしい。
これなら王宮から来た騎士団の力を借りなくても自分達だけで対処できると、村の人達は話していたそうだ。
喜ばしい報告に一安心したものの、気を緩めるのはまだ早い。
ホーク領は思ったよりも広くて、領全体の確認はまだ終わっていないからだ。
気を引き締めて、引き続き調査を続けるという団長さんの一言で報告会は締め括られた。
そして、ホーク領には今暫く滞在することになった。
騎士さん達が彼方此方に出掛けている間、私はというと、相変わらず領主様のお屋敷でのんびりと過ごしていた。
やることといえば、近場の森へと薬草を採集しに行ったり、騎士さん達のためにポーションを作るくらい。
どうにものんびりし過ぎているような気がして、最近では、こんなに優雅に過ごしていてもいいのだろうかと、そこはかとなく罪悪感を覚えるようになった。
そんな折、市場から注文していた物が届いた。
届いたのは細かな葉脈が美しい縮緬キャベツだ。
縮緬キャベツを使ったロールキャベツが食べたいと、団長さんと話したのは記憶に新しい。
最近感じていた罪悪感の後押しもあって、すぐに領主様の所に厨房を使わせてもらう許可を貰いに向かった。
領主様からの許可はすぐに貰えた。
屋敷の料理人さん達にも快く協力してもらえたお陰で、ロールキャベツは美味しく出来た。
王都で薬草を使った料理を流行らせた第一人者だからか、薬草を使うことを期待されてしまったのには少々困った。
何せ、元の世界のレシピはうろ覚えで、ここの料理人さん達がいつも作っているレシピ頼りだ。
苦肉の策で、煮る際に月桂樹の葉、別名ローリエを使ったのだけど、期待に応えられただろうか?
味見の際に小さく歓声が上がっていたから、応えられたのだと思いたい。
「これがタカナシ様のロールキャベツですか」
「はい。普段お召し上がりになる物と、ほとんど代わり映えはないと思いますけど……」
ロールキャベツは恒例の領主様御一家との晩餐会で供された。
どこに行っても私が作った料理は、必ずと言って良いほど領主様御一家と食べることになる。
それはホーク領でも変わらなかった。
領主様は感慨深げに口にしたけど、縮緬キャベツはホーク領周辺ではよく食べられる物だ。
しかも、ロールキャベツも元々あった料理ということで、見た目の変化はないと思う。
一応、ローリエを使っているので、少しばかり香りが違うくらいだろうか?
果たして領主様達には気に入ってもらえるだろうか?
ドキドキしながら、領主様達がロールキャベツを口に運ぶのを見守った。
「少し甘い香りがしますわね」
「あぁ。だが、嗅いだことのある香りだ」
領主夫人であるクラウディア様がスープを一口飲んで、匂いが異なることに気付いた。
クラウディア様の一言を皮切りに、領主様も匂いに言及する。
「煮込む際に月桂樹の葉を入れていますので、その匂いかと」
「月桂樹の葉というと、関節痛に効くと言われていたな」
「はい。食べ物の消化吸収を促進する効果もある薬草の一種です」
領主様が言う通り、月桂樹の葉に含まれる成分には炎症や痛みを抑える働きがあるので関節痛や神経痛等の痛みを緩和する効果がある。
そのため、葉を煎じてお茶にした物を薬として飲むこともあった。
匂いを知っていると言う領主様は、月桂樹の薬草茶を飲んだことがあったのかもしれない。
「消化を促進してくれるなら、いつもより多く食べられそうだな」
「いくら促進してくれると言っても、食べ過ぎはダメですよ」
いくら消化吸収を促してくれると言っても、食べ過ぎは良くない。
月桂樹の効能を聞いて、予想内のことを言い出す団長さんに、王都にいるときと同じ調子でツッコむと、周りから小さな笑い声が上がった。
その声に、団長さんの御両親が一緒だったことを思い出す。
周りを見回せば、領主夫人だけでなく、領主様まで忍び笑いをしていた。
これはちょっと恥ずかしい。
横目で団長さんを見ると、団長さんは眉間に皺を寄せていた。
ただ、耳が赤くなっていたので、恥ずかしがっているのかもしれない。
観察していると、視線に気付いたのか、団長さんがこちらを見た。
視線が合うと、眉間に寄せられた皺が解け、照れ臭そうに笑う。
釣られて、私の口元の笑みも深くなった。
「そういえば、タカナシ様はまだ暫くこちらにいらっしゃるのよね?」
「はい。ホーク様からも、そう伺っています」
メイン料理が済み、食後のデザートを食べているところで、領主夫人に話し掛けられた。
領地全体の確認にはまだ時間が掛かると聞いていたので質問に頷くと、領主夫人はニッコリと微笑んだ。
「もしよろしければ、我が家の別荘にいらっしゃいませんか?」
「別荘ですか?」
「えぇ。ここから少し離れた村にあるのですけど、湖沿いにあるから景色が綺麗なのですよ」
湖沿いの別荘?
前にどこかで聞いたことがある話だ。
どこで聞いた話だったっけ?
考え込んでいると、補足するように領主夫人は話を続けた。
「別荘には温泉もありますのよ」
「温泉ですか!?」
領主夫人の言葉に思わず、食事中に出すには少しばかり大きな声を上げてしまった。
マナーがなっていないにも程があるけど、それほど魅力的な言葉だったのだ。
温泉という言葉は。
「もしかして、以前お話を伺った、湖畔に湧き出ているという温泉でしょうか?」
「えぇ、そうですわ! 覚えててくださったのね」
温泉という単語から思い出した事柄を確認すると、領主夫人は笑みを浮かべたまま頷いた。
続けられた話によると、別荘は領都の北にある湖の畔にある温泉が湧き出る村にあるらしい。
記憶にあった通りだ。
思い返せば、前回話に上がったときも別荘への滞在を勧められた気がする。
魔物の討伐が終わったら一緒に行かないかと、団長さんからも提案があったのよね。
色々なことがあって、うっかり忘れていたけど、領主夫人はあのときのことを覚えていてくれて、再び勧めてくれたのかもしれない。
「鉱山では大変だったと伺っていますわ。お時間があるなら、温泉に浸かって疲れを取っていただければと思いましたのよ」
「ありがとうございます!」
ニコニコと微笑みながら話してくれる領主夫人からは、後光が射しているように見える。
領主夫人の申し出は、とてもありがたい。
魔物の討伐から戻って来て、結構な時間が経っているけど、その申し出には全力で乗らせていただきたい。
勢いよく返事をすれば、領主夫人も嬉しそうに微笑んだ。
そうして、張り切った領主夫人によって、準備はすぐに整えられ、三日後には別荘へと出発した。