127 新製法
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「塩のように、後から足すか?」
「後から、足す……。あっ!」
後から足すという言葉に思い浮かんだのは、外側に黒胡椒が塗されたハムだ。
あのハムと同じように、乾燥ソーセージの外側に薬草を塗すのはどうだろうか?
「練り込むんじゃなくて、外側に塗すのか」
「はい。香りが強い方が好きな方はそのままで、弱い方が好きな方はソーセージの表皮を剥いでから食べてもらえばいいかなと思いまして」
「それなら調整できるな。良い考えだ!」
思い付いたことを伝えると、ゲルルフさんは目から鱗だと言わんばかりに、目を大きく見開いた。
成り行きで一緒に話を聞くことになった店主さんも同様で、団長さんも感心したような表情を浮かべている。
この世界には外側に何かを塗したハムやソーセージはまだなかったようで、斬新な考えだと、皆驚いていた。
「早速、作りたいところだが。すまない、もう一つ聞きたいことがあるんだが」
「何でしょう?」
もう一つの質問とは何だろうか?
先を促すと、ゲルルフさんが話し始めた。
ゲルルフさんの聞きたいこととは、薬草についてだった。
お店の前で言っていた聞きたいことというのも、このことだったらしい。
料理に使われる薬草とはどういった物なのかが知りたかったそうだ。
特産品と薬草を使った料理が流行っているという噂は広まっても、その料理に使われている材料まで詳しく知っている人は少ないみたいね。
「色々あるんですけど、主な物はバジル、ディル、マジョラム、オレガノ、ローズマリー……」
「待ってくれ! そんなにあるのか!」
料理に使う薬草を思い付くままに口にすると、そこまで沢山あるとは思っていなかったゲルルフさんに遮られた。
覚えきれないと言うので、肉料理に合いそうな物を中心に答える。
それでも、いくつか種類があったので、最終的にメモを書いて渡した。
「この中にお嬢さんが教えてくれた薬草はあるか?」
ゲルルフさんが麻袋の中から今日市場で仕入れてきた物をテーブルの上に並べていく。
野菜と果物だけかと思っていたのだけど、薬草やチーズ等もあった。
薬草は目に付いた物を手当たり次第に買ったようで、料理には向かない物も混ざっている。
「これがローズマリーとバジルですね。こっちに避けた物は料理には向きません」
「料理に合わない物もあるのか。ありがとよ。今ない物は改めて買ってくるか」
「買うなら、乾燥させた物の方がいいですよ。保存も楽ですし」
「おっ! そうなのか? なら、乾燥した物を買おう」
「メモに書いたうちの何種類かを混ぜてみるのも、香りが複雑になるのでお勧めです」
メモに書いた薬草と一緒に、使えない薬草も避けておいた。
ついでとばかりに、色々とお勧めする。
するとゲルルフさんが、じっとこちらを見詰めてきた。
「お嬢さんは随分と薬草に詳しいんだな」
「彼女は薬草料理にハマっていてね」
つい話し過ぎたらしい。
言われてみれば、普通の人はここまで薬草には詳しくないわよね。
当然の疑問だと思い、理由を話そうとしたら、先に団長さんが話し始めた。
あれ? 何で?
驚いて団長さんを見れば、今まで見たことがない表情を浮かべている。
あ、これ知ってる。
マナーの講義で見本として、似たような表情を先生が浮かべてくれたことがある。
相手に感情を悟らせたくないときに浮かべる、アルカイックスマイルというやつだ。
「そうなんですかい?」
「あぁ。討伐で色々な場所に行くのだが、休みの度に、その地の薬草料理を食べ歩きに出るくらいで」
「え、えぇ。そうなんです」
淡々と語る団長さんから視線を投げられ、慌てて頷く。
私が話しては、まずいことがあったのだろうか?
もしかして、【聖女】だってバレることを恐れたのかな?
思い返せば、市場でお上さんには王都から来た同僚だって話していたから、辻褄を合わせたのかもしれない。
だとしたら、薬用植物研究所に勤めてるからって話そうとしていたのは、危なかったわね。
団長さん、ナイスフォローです。
「こちらでも新しい薬草料理に出会えて、とても嬉しいです。この乾燥ソーセージ、薬草入りのも、そうでないのも美味しかったです」
「ありがとよ。そうだな、お嬢さんには協力してもらったからな。新しいソーセージも試作品ができたら送ってやるよ。是非、感想を聞かせてくれ」
「あ、ありがとうございます! 届きましたら、感想を送りますね!」
棚からぼた餅。
団長さんのフォローを生かすために話を続ければ、思い掛けず試作品を貰えることになった。
貰えるのはもちろん、外側に薬草を塗した乾燥ソーセージだろう。
どんな物が出来上がるのか気になっていたので、送ってもらえるなら、凄く嬉しい。
乾燥ソーセージというくらいで、乾燥させる工程があるため、出来上がるまでには少し時間が掛かる。
もう暫くはホーク領に滞在するけど、乾燥ソーセージが出来上がる頃には王都に帰っているはずだ。
そこで、乾燥ソーセージは団長さん宛に送ってもらうことになった。
届くのが楽しみだ。
そうして、他にも乾燥ソーセージに混ぜたら美味しそうな物の話をしてから、ゲルルフさんと別れた。
道すがら、後で届けられる乾燥ソーセージのことを考えてニマニマしていると、団長さんから乾燥ソーセージが届いたら一緒に試食しようとお誘いを受けた。
団長さんも気になっているらしい。
届いた試作品の感想を、あれこれと話すのはきっと楽しいだろう。
もちろん、喜んで頷いた。
ホーク領から王都に戻って数ヶ月が経った頃、ゲルルフさんから手紙と、予想していたよりも多くの乾燥ソーセージの試作品が届いた。
団長さんの所を経由せずに、直接研究所に届けられたことを不思議に思いつつ、手紙を読むと、理由が書いてあった。
どうやら私の素性、つまり【聖女】であることがバレたらしい。
何でも、領主様の屋敷に乾燥ソーセージを卸しに行った際に、領主様から呼び出されて、直々に試作品のことを聞かれたのだとか。
領主様が試作品について知っていたことにも驚いたらしいのだけど、それ以上に、アイデアを出したのが【聖女】だと聞かされて仰天したそうだ。
領主様からは協力者が【聖女】だったことは他言無用だと念押しされたそうなのだけど、お礼を伝えたかったので筆を執ったと手紙に書いてあった。
そういえば、屋敷に戻ってから領都の感想を領主様に訊かれて、そのときに乾燥ソーセージの話をした覚えがある。
あの日、団長さんが色々と気を遣ってくれたけど、結局自分で台無しにしてしまったようだ。
ごめんなさい、団長さん……。
自己嫌悪に陥りつつ、団長さんに会った際に謝罪をすれば、団長さんからも謝られてしまった。
団長さんの方には領主様から手紙が届いたそうで、そこで領主様の所業を知ったらしい。
こちらこそ申し訳ないと頭を下げられてしまった。
団長さんとしては、【聖女】が関わっている製品として売り出されてしまうことを懸念して、あのとき咄嗟に隠してしまったらしい。
知らぬ間に広告塔とならないように配慮してくれたみたいね。
協力したのは事実だけど、私がやったことと言えばアイデアを出しただけで、実際に作り上げたのはゲルルフさんだ。
もし【聖女】印を付けて売り出されたなら、人の成果を横取りしたようで、気まずい思いをしただろう。
だから、団長さんの配慮はありがたかった。
もっとも、領主様にも団長さんの配慮は伝わっていたようだ。
ゲルルフさんに他言無用だと念押ししていたのが、その証左だろう。
実際に、薬草を塗した乾燥ソーセージが売り出されたときも、【聖女】が関わっているという話は出てこなかった。
最終的に、薬草を塗した乾燥ソーセージは非常に良い物が出来上がった。
当初の狙い通り、香りの強さを自分で調整できることが受けて、遠方からも注文が入る程、人気を博した。
そして、新たなホーク領の特産品の一つに並べられることになったのだった。