126 薬草入りのソーセージ
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団長さんが領主様の子息だという説明を聞いて、慌てて頭を下げた旦那さんだったけど、私達が王都から来たという話を聞くと、身を乗り出して尋ねて来た。
「王都から来たってことは、もしかして薬草料理を食べたことがおありで?」
「私は偶に食べる程度だが……」
「私は割とよく食べてます」
「おぉ! 実は最近うちでも薬草を使ったソーセージを作りまして」
「先程、奥さんからもお話を伺いまして、気になったので買って帰ろうかなと思っていたところなんです」
「そうでしたか! もし良かったら、食べた感想を聞かせてもらえませんかね?」
旦那さんが作った薬草入りのソーセージは評判がいいらしい。
けれども、今まで感想をくれた人の中に薬草を使った料理を食べたことがある人はいなくて、皆一様に目新しさを褒めてくれるのだそうだ。
美味しいとも言ってもらえるのだけど、旦那さんとしては王都で流行っているという薬草料理を食べたことがある人の意見も聞いてみたかったらしい。
そこに現れたのが私達だ。
薬草を使った料理を食べたことがあると伝えると、旦那さんは破顔した。
「構いませんよ」
「ありがたい! 他にも聞きたいことがあるんですが、いいですかい?」
「お前さん!」
気の利いたことを言えるかは分からないけど、感想を言うくらいなら問題ないかな?
屋敷の人に少々手間を掛けさせてしまうけど、食べた後に感想を記した手紙を旦那さん達のお宅に届ければいいだろう。
そこまで考えて、笑顔で了承すれば、旦那さんは嬉しそうにお礼を言ってくれた。
ただ、他にも聞きたいことがあると言う。
続けて話をしようとしていた旦那さんを止めたのはお上さんだ。
「こんな店先で話すより、宿の食堂ででも話した方がいいんじゃないかい? それに、坊ちゃん達はこの後予定があるんじゃないかい?」
「あ、あぁ。そうだな。すまなかった」
「いえ」
予定は特に決まっていなかったけど、お上さんの言うことにも一理ある。
お店の前で話し続けるのは邪魔になるだろうから、話を続けるなら場所を変えた方がいいだろう。
旦那さんも同じ考えに至ったのか、謝ってくれた。
「坊ちゃん方さえ良ければ、少しお時間をいただけないでしょうか?」
旦那さんの申し出に、少し考え込む。
私としても、旦那さんがどういう風に薬草を使ったのか興味がある。
使っている薬草は一種類なのか、それとも複数なのか。
企業秘密に当たりそうだから薬草の種類までは聞けないけど、可能な範囲で話を聞いてみたい。
感想以外の質問を受け付ける代わりに、こちらの質問にも答えてもらえる良い機会だとは思う。
ただ、団長さんを付き合わせてしまうのは少々気が引ける。
断るべきだろうか?
旦那さんと同じく、どうしたものかと団長さんの顔色を窺えば、微笑む団長さんと目が合った。
「君はどうしたい?」
「ホーク様がよろしければ、少しお話を伺ってみたいなとは思うんですけど……」
「そうか。なら、行こうか」
「よろしいんですか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます!」
こちらの意思を確認した団長さんは、あっさりと頷いた。
私の希望ばかり聞いてもらってもいいのだろうか?
念のためにもう一度問い掛けると、団長さんは笑みを深くして再度頷いてくれた。
嬉しさを全面に出しながらお礼を言って、旦那さんの方に向き直ると、旦那さんも団長さんの快諾に嬉しそうにしていた。
団長さんの許可が下りたので、私達は話をするために、旦那さん達が泊まっているという宿へと向かった。
道すがら、旦那さん達について色々な話を聞いた。
旦那さんはゲルルフさんという名前で、普段は家族と一緒に領都近くの山の中腹に住んでいて、そこでソーセージやハム等を作っているらしい。
ソーセージ等を作るのに山の中腹の気候が丁度良いから、そこに住んでいるのだそうだ。
出来上がった商品のほとんどは麓の村に卸しているんだけど、一部は領都にも卸している。
それが、領主様の屋敷と市場だ。
領主様の屋敷に卸しに来る際に、ついでに市場でも売るようになったのだとか。
ゲルルフさんが作るソーセージは領主様だけでなく、多くの人を魅了しているらしい。
ただ、ゲルルフさんは研究熱心で、人気に胡座をかくことなく、常日頃から美味しいレシピの開発に余念がなかった。
そんなゲルルフさんの耳に入ったのが、特産品と薬草の話だった。
話に触発されて、試しに薬草を使ったソーセージを作ってみたところ、今までにない風味が面白く、そこから新商品の開発に火がついてしまったそうだ。
そんな話を聞きながら歩いていると、あっという間に目的地に着いた。
ゲルルフさん達が泊まっていた宿は、市場が開かれていた場所から通りを二本奥に入り、三区画ほど移動した場所にあった。
近くには同じような宿や飲食店があり、それなりに賑わっている。
宿の入り口を潜ると受付があり、その奥には食堂が広がる。
この国の一般的な宿屋の作りだ。
ゲルルフさんを先頭に食堂に移動し、空いているテーブルへと落ち着くと、食堂の更に奥にある厨房から男の人が現れた。
宿屋の店主さんのようだ。
最初はこちらを訝しげに見た店主さんだったけど、団長さんの姿を認めると目を丸くし、慌ててお辞儀をした。
団長さんの見た目が身分証明になってしまうのは、ここでも変わらないみたいね。
「えぇっと、これは一体、どうしたんだ?」
「すまねぇな。ちょっと場所を貸してくれ」
「貸すのは構わないが……」
「こちらの方々に、うちのソーセージを試してもらいたくってな」
「新しいお客さんか?」
「いや、王都から来られたそうでな。薬草料理も食べたことがあるって言うんで、感想を聞いてみたくてよ」
「薬草と言うと、新しいソーセージの感想か」
「そうそう、それだ」
団長さんが鷹揚に頷くのを確認して、店主さんはゲルルフさんに話し掛けた。
普段からこの宿を利用しているのか、ゲルルフさんと店主さんの遣り取りは気安い。
ゲルルフさんとは話をするということで、ここに移動したのだけど、いつの間にか試食もさせてもらえることになったみたいだ。
ゲルルフさんと店主さんとの間で遣り取りが終わると、店主さんは一旦奥へと戻って行った。
そして、次にこちらに来たときには、薄切りにされた乾燥ソーセージが並べられたお皿を手にしていたのだった。
「これでいいか?」
「あぁ。すまねぇな。さっ、お二方。食べてみてください」
ゲルルフさんに勧められて、団長さんと顔を見合わせる。
団長さんが頷いたので、私も遠慮なくいただくことにした。
「いただこう」
「いただきます」
団長さんが先に口に入れて、咀嚼する。
少しして、こちらを見て頷いたのを確認してから、私も口に入れた。
噛み締めると、知っているような香りが一瞬口に広がった。
これ、何の香りだったっけ?
考えている間に香りは消えてしまい、よく分からなくなる。
もう一度確認したくて、二枚目を口に入れたのだけど、鼻が慣れてしまったのか、今度は何も感じない。
う、うーん。
困ったわね……。
「いかがですか?」
「いいんじゃないか? 口に入れたときに感じる風味が爽やかだ」
「そうですね。ずっと嗅いでいたいくらいなんですけど……」
二枚目を飲み込んだところで、ゲルルフさんが真剣な表情で声を掛けてきた。
団長さんに追加するように感想を告げると、ゲルルフさんが前のめりになった。
「なんですけど?」
「えっ? あっ、すみません、鼻が慣れちゃったみたいで、すぐによく分からなくなってしまって……」
「もっと強い方がいいと?」
「そ、そうですね。もう少し強くてもいいかも?」
「そうか!」
ゲルルフさんの勢いに飲まれて、隠していた本音をポロリと零してしまった。
気を悪くされるかと思いきや、そんなこともなく。
どうやらゲルルフさんと私の意見は、もっと香りを強くしてもいいという方向で一致していたようだ。
話を聞くと、ゲルルフさんとしては、もう少し香りを強くした方が好みらしい。
ただ、 薬草の香りに慣れない人の方が多いだろうということで、ソーセージに使用している薬草の量は控えめにしているらしい。
ゲルルフさんの言う通り、薬草の香りは独特な物が多く、慣れない人にとっては臭く感じる物もあるだろう。
今回、市場に持ってきた薬草入り乾燥ソーセージはお試しの側面が強いので、その配慮は正しいと思う。
薬草の香りに慣れない人が多い現状では、商品の香りは強くしない方が無難だ。
「香りの強さが調整できればいいんだけど……」
香りの弱い物と強い物、二種類作ればいいんじゃないかと考えていたのだけど、ゲルルフさん的には単純に種類を増やすつもりはなさそうだ。
ゲルルフさんが言う通り、それぞれの好みに合うように香りの強さを調整できればいいのだけど……。
今と同じように、ソーセージの中に薬草を練り込むのでは調整はできないわね。
何とか調整する方法がないかと考え込んでいると、団長さんが口を開いた。