125 メツゲライ
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乾燥ソーセージを売っているお店は、野菜を売っていた辺りの反対側の端の方にあった。
道中同じような食肉加工品が置いてあるお店が何軒かあったけど、迷うことなく辿り着けたのは団長さんのお陰だ。
団長さんが侍女さんから場所をしっかりと聞いておいてくれたらしい。
お店には乾燥ソーセージだけでなく、普通のソーセージやハムも置いてあった。
どんな味がするんだろう?
乾燥ソーセージ以外の物にも目移りしていると、お店の人に声を掛けられた。
「いらっしゃい! おや? もしかして、御領主様のとこの坊ちゃんですか?」
見ていた品物から顔を上げると、如何にも肉屋のお上さんといった風情の、がっしりとした体格の女性が驚いた顔で団長さんを見ていた。
顔見知りといった風ではないから、団長さんの外見から領主様の子息だと判断したんだろう。
団長さんが苦笑いをしながら頷くと、お上さんは「よく来てくださいましたね!」とニッコリと笑った。
お上さんが次に見たのは私だ。
一瞬、目を丸くした後に、私と団長さんを何度か見比べて、再び笑うと団長さんに話し掛けた。
「お相手が決まられたんですね。おめでとうございます!」
お相手……?
おめでとう?
ハッ!!! まさか!!!
お上さんの言葉から導き出した答えに驚き、慌てて団長さんを見ると、こちらを向いていた団長さんと目が合った。
団長さんの頬が僅かに上気しているような気がして、何だか私の顔も熱くなる。
お互いに見つめ合ったまま固まってしまったけど、先に我に返った団長さんが、気を取り直すように咳払いした。
「いや、彼女は……王都から来た同僚だ」
「あら嫌だ、私ったら。早とちりしてしまって、申し訳ありません」
団長さんが困ったような表情で、言い淀みながらも訂正したけど、あまり効果は得られなかったようだ。
お上さんは訳知り顔で頷いて、謝罪を告げる声は少しも悪いと思っていない感じのものだった。
お上さんがどう思ったのか。
とても気になるけど、団長さんがごまかしている以上、問い掛ける訳にはいかない。
不安やら何やらで、心臓は妙に早鐘を打っていたけど、内心を悟られないように、ぎこちなくも顔に笑みを貼り付けた。
そうしていると、お上さんが再度私の方を見た。
何を言われるかと不安に思いながら、びくりと背筋を伸ばすと、お上さんは団長さんに対してとは違って、少しばかりの申し訳なさを表情に滲ませながら口を開いた。
「お嬢さんも、ごめんなさいね」
「大丈夫です。気にしないでください」
「ありがとうございます。それで、今日は何かお探しですか?」
「こちらに乾燥ソーセージがあるって聞いたんですけど」
「乾燥ソーセージですね。それなら、この二つになります」
取り敢えず、乾燥ソーセージを探していると言うと、並んでいた乾燥ソーセージを指差す。
昨日食べたのは一種類だけだった気がするけど、ここには二種類ある。
どちらかは食べたことがない味ということだ。
気になる。
「こちらって、どういうお味なんですか?」
「こっちは昔から作っている塩で味付けされた物で、こっちは今年新しく作った物で、薬草を入れた物になります」
二種類あるうちの一つは新しく出たばかりの味だった。
しかも、よく聞けば、売り始めたのはつい最近のことらしい。
それで昨日は出されなかったのね。
それにしても、薬草。
薬草と聞くと、どうしても誰かの影響じゃないかと考えてしまう。
黒い沼の浄化で国中を回っているときに、似たような話を何度か聞いたのよね。
大体が「王都で薬草を使った料理が流行っている」という噂に触発されて、既存の商品に薬草を掛け合わせた物を新たに開発したっていう話だ。
ここでもかと一瞬遠い目をしてしまったんだけど、気になることがあったので、気を取り直して話を続けた。
「薬草ですか?」
「えぇ。最近、彼方此方で薬草を使った料理が流行っているそうで」
「彼方此方、ですか」
「各地で、薬草と特産品を合わせた料理が持て囃されているらしいですよ。それで、うちでも何か作ってみようかという話になりまして」
「な、なるほど」
おっと、予想外だ。
何だか色々と混ざってない?
薬草と特産品を合わせた料理と聞いて、首を傾げる。
薬草を使った料理と特産品を使った料理は、どちらも私が発端となっている。
薬草については言うに及ばないけど、特産品の方は王都で開いたパーティー――フードフェスティバル以降に流行り出した。
あのパーティーは後に貴族の間で大きな話題となり、パーティーで出された各地の特産品を使った料理は、似たような特産品がある別の領地でも作られることになったのよね。
しかし、その話がどこで混ざったのか、今では特産品と薬草を使った料理が流行っているという話になっているらしい。
その話は知らなかった……。
それにしても、薬草入りのソーセージか。
薬草と聞けば、薬用植物研究所の研究員としては気になるのは当然だろう。
ソーセージに入れる薬草となると、駄洒落ではないけど、セージだろうか?
元の世界ではソーセージの語源は豚とセージの合成語なんて説もあるくらい、セージはよく使われていたらしい。
とはいえ、この世界でもそうであるとは限らない。
こちらでは薬草を料理に使う習慣はなかったので、全く違う薬草が使われている可能性の方が高い。
何の薬草が使われているのか気になるけど、お上さんに直接聞くのは気が引ける。
使っている薬草なんて、企業秘密に当たりそうだし。
折角だから買って帰って、自分で確認してみようかな。
使われている全ての薬草を判別できるかどうかは、分からないけど。
そう考えて、お上さんに話し掛けようとしたとき、お上さんが私の後ろを見て目を丸くした。
後ろに何か?
不思議に思って振り返ると、そこには大荷物を持った、これまた体格のいい男性がこちらへ歩いてくるのが見えた。
もしかして、お上さんの旦那さんだろうか?
「えっと……」
「あ、申し訳ありません。うちの亭主でして」
「らっしゃい」
「こんにちは、お邪魔しています」
男性とお上さんを見比べていると、お上さんが申し訳なさそうな笑顔で説明してくれた。
やはり、旦那さんだったようだ。
お上さんが説明してくれた後、旦那さんはむっつりとしたままだったけど挨拶をしてくれたので、こちらも軽く頭を下げる。
旦那さんは背はそれほど高くないけど、傭兵だと言われても頷けるほどのがっしりとした体格に、顔の下半分を覆う豊かな髭と、ギョロリとした大きな目が印象的な男性だ。
威圧感たっぷりの様相をしているのだけど、太く逞しい両腕に抱えている荷物の内容が、威圧感を軽減していた。
旦那さんが抱えていたのは、色とりどりの野菜や果物が入った麻袋だ。
今晩の夕飯の材料だろうか?
つい繁々と見てしまったところ、お上さんが苦笑いを浮かべながら教えてくれた。
旦那さんが抱えていたのは、新商品のための材料らしい。
薬草を使った乾燥ソーセージを作ってからというもの、新商品の開発に目覚めてしまったそうで、薬草以外の物でも何かソーセージに合う物はないかと日々探しているのだとか。
普段は商品を作るだけで市場に来ることはない旦那さんが、こうして顔を出しているのも、新たな素材を探すためなんだそうだ。
頷きながらお上さんの話を聞いていると、お上さんは旦那さんに私達の話を始めた。