124 縮れております
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翌日は朝早くから市場に向かった。
市場に行くのは私と団長さん、それから護衛の皆さんだ。
あまり大仰にしたくないという私の希望により、団長さん以外の人達は少し離れて護衛してくれる。
我儘を言ってしまって申し訳ない。
護衛の中に師団長様はいない。
師団長様は安定と言うか何と言うか、お休みだと言うのに近隣の森へと魔物狩りに向かった。
流石である。
目的地に到着し、馬車が止まると、まず団長さんが降り、次に私が降りた。
差し出された手に捕まって馬車を降りると、視界を茶色の髪が横切る。
初めて団長さんと出掛けたときとは違って、モルゲンハーフェンの町を歩いたときと同様に、今日は茶髪のウィッグと眼鏡を掛けて変装していた。
黒い沼の浄化のために国中を走り回った結果、最近は【聖女】が珍しい髪色をしているって、有名になってしまったからね。
そのままの格好では髪色から【聖女】であることがバレる可能性が高い。
団長さんと一緒に行動するので、そこから私の素性がバレる可能性もあるけど、髪色さえ違えば、まだ誤魔化す余地はあるはず。
それで、今日は少人数での行動ということもあり、大事を取って変装することにしたのだ。
「わぁ! 活気がありますね!」
「この辺りでは一番大きな市場になる」
馬車から降りて少し歩くと、すぐに市場に着いた。
王都の市場と同じように、通りの両側にテントが張られ、その下には色々な品物が所狭しと並べられていた。
人通りも多い。
王都と比べると少し小さい気がするけど、それでも大きな市場だ。
流石、この国でも有数の都市だと思う。
歓声を上げると、裏付けるように団長さんが教えてくれた。
「ソーセージが売っている店はもう少し奥にある。他の店も見ながら、のんびり行こうか」
「はい!」
団長さんの提案に頷きながら、早速周囲のお店を覗く。
今いるところは野菜を売っているお店が集まっているようで、どこの店先にも野菜が積まれていた。
王都で見たことがある野菜もあれば、見たことがない野菜もある。
見たことのない野菜は、この辺りだけで採れる野菜だろう。
輸送手段が未発達なため、生野菜は基本的に地産地消だからね。
「あっ、これ」
「どうした?」
とある店先で珍しい野菜を見つけて、つい足が止まった。
店先に積まれていたのは、縮緬キャベツだ。
王都では見たことがなかったということは、ホーク領でしか栽培していない物だろうか?
不思議そうにこちらを見ている団長さんに、聞いてみることにした。
「これ、キャベツですよね? 王都では見掛けなかったなって思って」
「あぁ。言われてみればそうだな」
「お嬢さん、王都から来たのかい? それなのに、よく知ってるねぇ! そのキャベツは、この辺でしか採れない種類なんだよ」
残念ながら団長さんは知らなかったようだ。
その代わりにお店の人が教えてくれた。
やっぱり、ホーク領でしか採れない物らしい。
「えっと、昔食べたことがあったので。ロールキャベツにすると美味しいですよね」
「そうそう! 結構葉がしっかりしてるからね。煮物にいいんだよ!」
縮緬キャベツは王都で出回っているキャベツと比べると葉が厚く、生で美味しく食べられるのは柔らかい部分くらいだ。
その代わり、葉の模様が綺麗なこともあって、煮物にするには丁度いい。
和気藹々とお店の人と語っていると、団長さんも感心したように頷きながら聞いていた。
「ロールキャベツなら、うちでも冬になると出ていたが、君も作ったことがあるのか?」
「いえ。作れないことはないと思うんですけど、作ったことはないんですよね」
大雑把な作り方は覚えているけど、結構手間が掛かるので作ったことはない。
でも、折角見つけた縮緬キャベツ。
しかも、季節的に今が旬だ。
きっと、ロールキャベツにしたら美味しいだろう。
食べたい。
積み上げられている縮緬キャベツへと一旦落とした視線を団長さんに戻すと、団長さんはどことなく残念そうな雰囲気を漂わせていた。
これはきっとあれだ。
研究所でも似たような顔をよく所長がしていたから、予想は付く。
私と同じで、ロールキャベツが食べたくなったのに、私が作ったことがないって言ったからしょんぼりしちゃった顔だ。
くっ……。
そんな顔を見せられてしまったら、作らない訳にはいかないじゃない!
私だって、食べたい!!!
「あの……」
「どうした?」
「このキャベツを見てたら、ロールキャベツが食べたくなってしまったんですけど……。作る場所をお借りすることって出来るでしょうか?」
厨房を借りられるかと言い終わる前に、団長さんの表情が輝いた。
とっても、分かりやすい。
もちろん、返事はOKだ。
「ありがとうございます!」
「いいや、構わない。私も食べたかったんだ」
やっぱり。
嬉しそうに笑う団長さんの一言に、予想が合っていたことを確認する。
うん。
しょんぼりしているより、嬉しそうにしている方がいいわね。
自然とこちらも嬉しくなってしまい、笑みが深まった。
「フフッ……」
「どうしたんですか?」
私がニンマリとしてしまったからか、団長さんは手の甲で口元を隠して俯いた。
団長さんの口から溢れでたのは可笑しそうな笑い声だ。
気になって訊ねると、思いも寄らない答えが返ってきた。
「いや、ヨハンより早く君の新作料理が食べられるのは久しぶりだなと思って」
「久しぶり?」
「前はクラウスナー領のときだな」
「あぁ、そうでしたね」
「あれ以来、新作料理と言えばヨハンの口から聞く方が先で……」
所長よりも先に新作料理が食べられて嬉しいと、目を細める団長さんは少し恥ずかしそうだ。
そういう姿を見て、可愛いなと思ってしまったのは、誰にも言わずに胸の中にしまっておこう。
成人男性に対して感じるような感想ではないかもしれないけど、心の中で思うだけなら自由だ。
それにしても、所長。
何やってるんですか……。
所長の性格からして、新作料理の話を態と団長さんにしていた気がしてならない。
どうせ、団長さんを揶揄っていたのだろう。
まったく。
所長の所業に呆れている間に、団長さんは縮緬キャベツの注文を済ませてしまったようだ。
注文している個数が、思ったよりも多かった気がするけど、屋敷の人達の分も買ったのかしら?
先程話に出たクラウスナー領でも、同じレシピで料理人さん達が作った物を、領主様御一家以外の人達に提供していたので、そうなのかもしれない。
「買った物は、うちへ届けてもらえるか?」
「分かりました!」
注文後、団長さんはお店の人に小さな声で届け先を告げたのだけど、お店の人は驚くことなく満面の笑みで頷いた。
驚かないあたり、団長さんの素性はお店の人にはお見通しだったようだ。
そうして、縮緬キャベツは領主様の屋敷へと届けられることになった。
代金も屋敷の方で払うという話だったので、私達はお店の人に別れを告げ、そのまま次のお店へと足を向けた。