122 隠れていたもの
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全く落ち着かない頭で、ぐるぐると半分現実逃避をしていると、団長さんの背後から不思議そうな声が聞こえた。
「見つかりましたか?」
聞こえてきた声にハッとすると、少しきついほどに私を抱きしめていた腕が緩んだ。
離れたことでできた隙間で、ハタハタと熱くなった顔を扇ぐ。
離れてしまった体温を、名残惜しく感じてしまったのは、きっとここが寒かったからだ。
そうに違いない。
「あぁ、良かった。ご無事でしたか」
「ご心配をお掛けしました」
団長さんが脇に避けてくれたことで、後ろから来た人達の姿が見えた。
声を掛けてきたのは師団長様で、私が無事な姿を見せると、珍しくほっとしたような表情を浮かべた。
その後ろで、騎士さん達がニヤニヤしているのには気付かない振りをした。
空気を変えるために、私が落ちてからの経緯を聞いた。
私が落ちた後、団長さんはすぐに横穴へと飛び込もうとしたようだ。
そこに待ったを掛けたのが他の騎士さんだ。
状況から見て、木の板の向こう側に現れた横道は急な下り坂になっていることに気付いた騎士さんは、帰り道を確保してからの方が良いと提案した。
冷静さを失っていたこともあり、一瞬反論し掛けた団長さんだったけど、すぐに切り替えたらしい。
騎士さんの提案に頷き、後できちんと戻れるよう横道にロープを下ろしながら来たようだ。
もっとも、その準備のために少し時間は要したようだけど。
「まぁ、一旦は切り替えて冷静になったように見えてましたけど、内心では相当気を揉んでたんでしょうね」
「おいっ!」
団長さんを止めたのは、この騎士さんなんだろう。
騎士さんはニヤニヤとしながら状況説明の最後にそう付け加えて、焦った団長さんに止められていた。
折角空気を変えようとしたのにと、私も突っ込みたい。
「それにしても、ここはどこなんでしょうか?」
再び空気を変えようと、今度は今いる場所について尋ねてみた。
前後に伸びていた道は元いた坑道よりも細かったけど、真っ直ぐに伸びているところから自然にできた物とは思えなかった。
「恐らくだが、使われなくなった坑道の一つだと思う」
「あー、なるほど」
答えてはくれたものの、団長さんもよく知らないらしい。
推測混じりで話してくれたのは、一般的な鉱山の話だった。
この世界でも、どこに鉱石があるのかは掘ってみないと分からないそうだ。
そのため、山中を一定の法則に従って掘ることになるのだけど、中には何らかの理由で使われなくなる坑道もあるらしい。
そういう坑道は人が入り込まないよう、木の板などで道を塞いでしまうこともあるそうだ。
もちろん、その先に道があること等も板に印を付けたりして分かるようにしているらしい。
私が手を突いて壊してしまった木の壁に印が付けられていたかどうかは分からない。
けれども、その先にあった道は自然発生した物には見えないから、恐らく昔掘られた坑道の一つだろうという話だった。
「どうした?」
「いえ、ちょっと気になってしまって」
皆に合流できて安心したからだろうか?
周りを気にする余裕ができた。
団長さんも知らなかったことから、この坑道の存在を知っている人はいないのだろう。
覚えている人がいなかったという方が正しいかな?
もしこの坑道を覚えている人がいたとすれば、他の坑道と同じく騎士団の調査が入って、団長さんに報告が上がっているはずだからね。
となると、この坑道は未調査という訳だ。
偶然だとは思うけど、黒い沼を浄化してもアンデッド系の魔物が出たことといい、未調査の坑道が見つかったことといい、こうも続くと日本人としては疑いたくなってしまう。
フラグが立ったんじゃないかってね。
そのせいで、実際にはそんなことはないと思うけど、この坑道の先に何かあるんじゃないかと気になってしまったのだ。
それで前後の道の先を気にしていたからか、団長さんに質問されてしまった。
「何となくですし、何もないとは思うんですけど」
「いえいえ。そういう勘は大事ですよ」
理由はないけど、この道の先が気になるという話をすると、師団長様が表情をワクワクしたものに変えた。
慌てて言い繕ったけど、後の祭。
すっかり師団長様は道の先を見に行く気になってしまった。
こうなると困るのが団長さんだ。
安全面を考慮すると、一度戻ってから再調査のために訪れた方がいいのだろう。
恐らく、団長さんもそのつもりだったはずだ。
現に、難しい表情をして考え込んでしまっている。
私のせいで引き起こされたことに、申し訳ない気持ちが湧き上がった。
「戻ったときの時間を考えれば、ここに居られるのは後二時間だ。準備をしていない以上、鉱山内で野営をする訳にはいかないだろう」
「……、そうですね。では、時間が許す限り調査をするということで」
団長さんの言葉に、師団長様は少し考えてから頷いた。
師団長様はしっかり調べたいって言い出しそうだと思っていたので、少し意外だった。
夕方までには鉱山の入り口へと戻るのならば、急いだ方がいい。
皆同じことを考えたようで、団長さん達はすぐに調査方針について話し出した。
団長さん達が話し合っている間、数人が先行して前後の道の少し先までは偵察しに行ってくれていた。
戻ってきた人曰く、片方は進むにつれて酷い臭いが強くなったそうだ。
どう聞いても怪しい。
報告を聞いた団長さんと顔を見合わせて、頷いた。
「臭いが強くなる方を見てみるか」
「えぇ、何かありそうですね」
師団長様が団長さんの発言に頷くと、一同の表情が引き締まる。
そうして、足を進めること三十分。
徐々に強くなる酷い臭いに顔を顰めながら辿り着いたその先に、広い空洞が現れた。
空洞の地面には先程浄化した物よりも大きな黒い沼が広がっていて、魔物も沢山湧いていた。
もちろん、アンデッドばかりだ。
幸いなことに、坑道は空洞のかなり上の方に位置していたため、今のところこちらを認識している魔物はいない。
とはいえ、時間の問題だろう。
浄化ができるなら、さっさとした方がいい。
すぐに浄化をしようと心に決め、その前に黒い沼の全体像を把握しようと先頭に出ようとした。
ところが、途中で何故か騎士さんに止められたのだ。
どうして?
疑問に思ったのは一瞬だった。
「見ろ!」
「うわっ!」
小声で囁かれて、騎士さんが指さした方を見ると、沼の表面が泡立っていた。
最初は小さな泡だったが、徐々に大きな物へと変化する。
そこで更に体を後ろに引かれた。
「魔物か?」
「それにしては大き過ぎます」
私と入れ替わるように位置を変えた団長さんが、黒い沼を見て呟くと、団長さんの後ろから覗き込んだ師団長様が否定した。
その後すぐ、二人は大きく目を見張ることになった。
「ドラゴン、それもアンデッドか」
「まずいですね」
湖面を大きく揺らして沼の底から浮かび上がってきたのは、特徴的な形をした大きな魔物だった。
ドラゴン。
この世界にはいたんだ。
未だ姿は見られていないけど、魔物の中でも最強種と呼ばれる物の登場に、背筋がヒヤリとする。
「撤退しよう」
「いえ、できるなら浄化しましょう。湧いてしまった以上、このままでは大きな被害が出ます」
「だがっ!」
「気付かれていない今のうちに攻撃を仕掛けた方がいいです。あれは流石の私でも手に余ります」
撤退を促すために後ろを向いた団長さんは、師団長様の言葉に珍しく大きく舌打ちをした。
「セイ様、その位置から浄化をお願いできますか?」
「この位置からは沼が見えないので……」
「想像で頑張ってください」
「そんな、無茶な!」
「そこを何とか。大丈夫です、我々の魔力よりも貴女の魔力の方が自由度は高い」
「くっ!」
「それに、前に出ると危ないんですよね」
「えっ?」
「時間を掛け過ぎたようです」
師団長様が言い終わるやいなや、ドーンという大きな音と共に地面が揺れた。
直後に、聞いたことのない咆哮が響き渡り、思わず耳を押さえる。
えっ、何!?
周りを見回すと、私よりも前にいた騎士さん達が皆厳しい表情で下を睨んでいた。
「気付きやがった」
「あー、セイ。頼む。下に大きな口開けた奴がいる」
「それって、もしかしなくてもアンデッドドラゴンですか?」
「そうとも言うな」
「下の壁に体当たりしてきやがった。早くしないと、崩れ落ちるかも」
「それ、まずいじゃないですか!」
先頭にいた騎士さん達の話を聞いて、顔から血の気が引いた。
慌てて深呼吸をしてから、術を発動するために意識を集中したけど、動揺が酷く中々集中できない。
どうしよう。
その間にも、大きな音と共に地面が揺れる。
揺れる度に、天井からパラパラと粉が落ちてくるのが、余計に気を焦らせた。
ふいに、いつものように胸の前で組んでいた両手が温もりに包まれた。
閉じていた目を開くと、大きな手が私の手を覆っている。
手を辿って視線を上げると、団長さんがいつもの笑顔で微笑んでくれていた。
「大丈夫だ。落ち着いて」
「えぇ、そうですよ。私達が守りますから、安心してください」
団長さんの発言に被せるように、師団長様の声も聞こえる。
前を向けば、師団長様は下の方に向かって上級魔法を何度も発動させていた。
師団長様の前には、誰かが魔法で作ったのだろう土の壁もある。
更に視線を巡らせば、私の側には団長さん以外にも騎士さん達が守るようにいてくれて、目が合うとニッと笑い掛けてくれた。
「ありがとうございます! いきます!」
ここでやらなきゃ、女が廃る。
ノリと勢いで、そんな風に思ってしまったけど、気合いは十分。
再び意識を集中すれば、今度はすんなりと胸の奥からいつもの魔力が溢れてきた。
団長さんが手を握っててくれたのも、いい補助になった気がする。
空気より重いのか、魔力はドライアイスの煙のように地面を這い、坑道の先から空洞へと落ちていく。
少しするとドラゴンの大きな咆哮が上がった。
「体が大きいからか、魔力の状態では浄化されませんね」
「それでも多少効果はあるようですよ」
下を覗いていた師団長様と騎士さんが、アンデッドドラゴンの様子を口にする。
弱い魔物は金色の魔力に触れただけでも浄化されるんだけど、ドラゴンともなると簡単にはいかないらしい。
それでも、流れ落ちた金色の魔力は、触れてしまったドラゴンにそれなりのダメージを与えているようだ。
地面の揺れる周期が少し早くなったのは、攻撃を受けたドラゴンが焦っているようにも感じられる。
いけない。
手応えを感じていい気分になったけど、道のりはまだ半ばのはず。
この調子でどんどん魔力を流して、空洞を埋めなければ。
「セイ様、そろそろお願いします!」
耳から入る情報を半分聞き流しながら意識を集中していると、少しして師団長様からゴーサインが出た。
程良く空洞に魔力が満ちたようだ。
相手はドラゴン、それもアンデッド。
いつもよりも気合いを入れて、空洞にいる何もかもを浄化するように祈りながら、【聖女の術】を発動した。
目を細く開けると、空洞が白い光で埋め尽くされるのが見えた。
同時に響き渡ったのは、アンデッドドラゴンの断末魔だったのだろう。
白い光が収まると、地面の揺れは収まり、ドラゴンの声も聞こえなくなった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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