117 ホーク領
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一つ目の黒い沼が見つかって以降、各地で発見の報せが相次いだ。
各地にある洞穴や洞窟で同じように黒い沼が見つかったのだ。
一つ見つけたら百はある、とまでは言わないけど、立て続けに見つかったのは本当だ。
今まで手が回っていなかった所に、対応できるようになった結果かもしれない。
見つかった黒い沼の大きさは大小様々だったけど、大きさに関わらず全ての場所に行って浄化してきた。
再びの全国行脚には少々疲れたけど、何とか対応できたのは僥倖だった。
続け様に来ていた報せがなくなり、ほっと一息吐けたのも束の間、今度は騎士団の派遣依頼が王宮に届いた。
詳細な依頼内容を聞いた国王陛下は、直ちに【聖女】を派遣することを決めた。
王宮へと騎士団の派遣依頼を出したのは、団長さんの実家であるホーク家だった。
ホーク家の領地は王都の遥か北側にあり、辺境伯という爵位が示す通り、国境沿いに存在する。
他国へと通じる街道が領内を走っていることもあり、国内の要所の一つでもあった。
他国からの侵略を警戒する必要もあって、ホーク領は他の領地よりも多くの兵士を抱えている。
兵士の内訳は国境を守る王国軍と領内を守るホーク家の私兵、及び傭兵団だ。
これらの兵士が相手取るのは人だけではなく、それぞれが守る地域に出没する魔物も当然討伐する。
他の領地よりも兵士の数が多いだけあり、このご時世でも騎士団の手を借りることなく対応してきた。
普段であれば王宮を頼るような家ではない。
重要な地を治める、そんな家から要請が来たということで、陛下も事態を重く見たようだ。
王宮の動きは速く、ホーク家からの要請が届いた一週間後には、騎士団と共に王都を離れることになった。
急いでいるだけあって、クラウスナー領に行ったときのように、各地の領主邸に長居することもなかった、
それでも国の端ということもあり、ホーク領への移動はクラウスナー領に行ったときよりも日数が掛かった。
「んーーーーー」
馬車から降りると、両手を頭上に上げ、大きく背伸びをした。
ずっと同じ姿勢でいたために凝り固まった体のあちこちから、パキポキと音がする。
「流石に少し疲れましたね」
「はい。この休憩が終わったら、領都まで一直線でしたっけ?」
「そうですよ」
一緒の馬車から降りてきた師団長様も、腰に手を当てて伸ばしていた。
遠征慣れしている師団長様といえども、国の端までの移動は疲れるようだ。
「セイ、疲れただろう。彼方で休んでくれ」
「すみません。ありがとうございます」
声がした方を向けば、団長さんが自身の背後を指し示した。
お礼を言いつつ、言われた方へと向かう。
奥を見遣れば、ピクニックシート代わりの白い布が地面に敷かれ、その上に軽食の皿が載せられていた。
敷布の周りには床几も用意されている。
馬車を降りるまでの短い間に、騎士団に随行している従僕さんや侍女さん達が用意してくれたようだ。
其々が床几に腰掛けると、お茶が入ったマグカップを侍女さんが手渡してくれる。
侍女さんにお礼を言って受け取ると、掌にじんわりと温かさが伝わった。
ホーク領は王都よりも気温が低いようで、少し肌寒さを感じていたので、伝わる温かさがありがたい。
お茶を一口含んで、ふぅっと息を吐く。
視線を遠くにやれば、雪で白く化粧が施された岩山の頂が目に入る。
見た目が日本アルプスの山々によく似たあの山はかなり標高が高そうだ。
「温まりますねぇ」
「そうですね」
同じようにお茶で暖を取っていた師団長様が、ほっこりとした様子でのほほんと口を開いた。
頷き返しながら、もう一口お茶を啜る。
「この辺りは標高も少し高いからな」
「山岳地帯なんでしたっけ?」
「そうだ。よく知ってるな」
「来る前に少しだけ調べたので。事前調査は大事です」
ホーク領の大部分は山地で、年間を通して王都よりも気温が低い。
また、領内にはスランタニア王国で二番目に大きな湖がある。
湖の畔には有名な観光地もあるそうだ。
この辺りのことは、王宮で受けている講義で習った。
同じように習ったことで、討伐において重要な情報といえば、魔物の強さだろうか。
この国で出る魔物には、王都から離れるほど強くなるという特性がある。
故に、国境沿いの領地であるホーク領には、王国では最も強いランクの魔物が出没するらしい。
今回の討伐に第三騎士団が出ることになったのも、そのためだ。
第三騎士団は王宮の騎士団の中で、最も魔物の討伐に慣れている部隊なのだ。
更には、宮廷魔道師団から師団長様も加わった。
いつぞやのように師団長様が駄々を捏ねたからではない。
きちんと陛下からの命令の下に、同行することになった。
過剰火力とも言われたメンバーが揃えられた辺り、この討伐がどれほど難しいものだと考えられているかがよく分かる。
「さて、そろそろ出発しようか」
「分かりました」
お茶を飲み終わったところで、団長さんから休憩終了の声が掛かった。
それを合図に、周りにいた人達も撤収を開始した。
再び馬車で移動し、二時間程経った頃、目的地に到着した。
クラウスナー領と同じように、ホーク領の領都の周りも城壁で囲まれていた。
川から水を引いて来ているようで、城壁の周りには水を湛えた堀もあった。
また、クラウスナーの領都は丘にあったのに対し、こちらは平地にある。
進行方向から見ると、街道の左側に領都はくっついていて、一番左手にお城が見えた。
お城も、街中の建物も、屋根の色は紺青色で、落ち着いた雰囲気だ。
街中に入ってから気付いたけど、一見平地のように見えて、街中にも多少の高低差があるようだ。
その中でも、お城は一番高い所にあり、少し手前から上り坂になっていた。
一つの建物かと思っていたお城は、複数の建物で構成されていた。
三階だか、四階だかの建物が連なり、それらが壁の役割を果たしているようだ。
団長さんの話では、この建物群の一つに領主様一家が住んでいるらしい。
馬車が停車したのは、お城の楼門をくぐり抜けた先にある中庭だ。
事前に聞いた通り、大きな玄関がある建物の前に、領主様をはじめとした多くの人が待ち構えていた。
ここが領主様の屋敷なのだろう。
待ち構えていたのは、領主様らしき壮年の男性とその夫人らしき人、それから使用人さん達だ。
最前列中央に領主夫妻が、その背後に使用人さん達がずらりと並ぶ。
貴族のお宅というのは、どこも同じなのだろうか?
そう思ってしまうほど、何度も見た光景だ。
団長さんのエスコートで馬車を降りて顔を上げると、領主様らしき男性と目が合った。
途端に、男性は穏やかに微笑んだ。
導かれるままに歩み寄り、丁度良い場所で立ち止まると、男性が口を開いた。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。初めてお目にかかります。私が領主のヘルムート・ホークでございます」
「妻のクラウディアでございます」
「初めまして、セイ・タカナシです」
想像していた通りだ。
挨拶をしてくれたのは、団長さんの御両親でもある、ホーク辺境伯夫妻だった。
領主様は金髪にブルーグレーの瞳と、団長さんと同じような色を持つ人だった。
髪の色は団長さんよりも濃いので、どちらかというと長男の軍務大臣様とよく似ている。
領主夫人は緩やかにウェーブを描く銀髪に藤色の瞳の優しげな方だ。
領主夫人の髪は光の加減で水色にも見えるので、正確には銀髪ではないのかもしれない。
こうして見ると、三兄弟ともどこかしらご両親に似ていることが、よく分かる。
軍務大臣様は完全に領主様似で、インテリ眼鏡様は顔立ちと瞳の色が領主様で髪の色は領主夫人似、団長さんは色味は領主様で顔立ちが領主夫人似といったところだろうか。
そんなことを考えながらも、応えるのは忘れない。
領主夫妻の挨拶に合わせて、こちらも着ているローブを摘んでカーテシーをした。
続いて、討伐隊を率いる団長さんと師団長様が挨拶をした。
仕事モードなのか、親子だというのに団長さんの挨拶は固いものだった。
けれども、それは最初だけ。
挨拶を受けた辺境伯様が「よく帰ってきたな」と声を掛けると、団長さんは小さく笑って、「ただいま」と囁いた。
「長旅でお疲れでしょう。お部屋にご案内いたしますので、夕食まではそちらでお寛ぎください」
「ありがとうございます」
領主夫妻は挨拶が終わると、話を引き伸ばすことなく、すぐに部屋へと案内してくれた。
こちらの体調を気遣ってくれたようだ。
休憩を挟みながら来たとはいえ、ありがたい心遣いだった。
たとえ、長時間同じ姿勢でいたことによる体の痛みや疲労を回復魔法で癒やせるとしても。
そうして、私は領主夫人に、残りの人達は執事さん達に案内されて、各自の部屋へと移動した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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