108 御婦人
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アシュレイ侯爵夫人の先導で案内されたのは、一階の壁一面が窓となっている部屋だった。
白い壁には金色の装飾が施され、カーテンや家具の布地の黄色と相まって、とても華やかな雰囲気を醸し出している。
窓からは昼下がりの柔らかな日差しが入り、部屋の中はとても明るい。
窓の向こうには見事な庭園が広がり、色とりどりの花が咲き誇っていた。
庭の花に負けず劣らず、室内の華もまた色鮮やかだ。
柔らかいパステル調のドレスを身に纏った、私と同じ位の年齢の御令嬢が数人、待ち構えていたのだ。
席は決まっているようで、御令嬢達は中央にある円卓を囲んで、椅子の前で立っていた。
部屋に足を踏み入れると、御令嬢達が一斉にカーテシーを行う。
一糸乱れぬ挨拶に、思わず感嘆の声を上げそうになった。
何とか堪えて、頭を上げるように伝えれば、これまた揃って姿勢を戻す。
これ、前もって練習した訳じゃないよね?
そんなことある訳ないだろうと、自分で自分にツッコミを入れつつ、私も勧められた席へと着いた。
「セイ様、私のお友達を御紹介させてくださいませ」
「はい。ありがとうございます」
一同が席に着いた後、右隣に座ったアシュレイ侯爵夫人が御令嬢達を紹介してくれた。
右から順に反時計回りで紹介されるのかと思ったけど、それは間違いで、ちゃんと爵位の順で紹介された。
この辺りは貴族ならではね。
紹介されて分かったことだけど、御令嬢だというのも間違いだった。
皆様、既に結婚されているようで、爵位の後ろには夫人という称号が付いていた。
この世界の結婚適齢期は日本よりも早いため、私と同年代の御婦人はほとんど既婚者なのかもしれない。
同じ位の年齢に見えて、実は年上という可能性もなきにしもあらずだけど。
一通り紹介が終わると、侍女さん達が紅茶やお菓子をテーブルの上に並べてくれた。
焼き菓子が多く、どれも美味しそうで、つい目移りしてしまう。
御婦人達も同様で、皆口々に美味しそうだと言っていた。
侯爵家で出されるだけあって、珍しいお菓子もあるようだ。
有名な菓子店のお菓子らしく、御婦人の一人が「これはどこそこのお菓子ではないか」と興奮したように話していた。
アシュレイ侯爵夫人が微笑みながら頷いているので、当たっていたのだろう。
マナーの講義で聞いていたけど、やはり貴族の御婦人方は流行に敏感なようだ。
そうしてお菓子について盛り上がった後は、自然と会場を彩る食器や装花へと話題は移った。
お茶会では、会場のしつらえを褒めるのもマナーの一つ。
講義で習い、リズとのお茶会でも練習していたけど、他の人が実践しているのを聞いていると、まだまだ練習が必要だなと実感する。
何ていうか、場慣れ感が違う。
貴族の御令嬢は成人前からお茶会に参加するらしいので、私とは場数が違うから仕方ないといえば仕方ないんだけどね。
「こちらに飾られている薔薇は、あの薔薇ですわね!」
「お気付きの通りですわ。今日はタカナシ様がいらっしゃるので特別に」
「まぁ!!!」
アシュレイ侯爵夫人の言葉に、一斉に場が賑やかになる。
よく分かっていない私に、隣に座っていたリズがそっと教えてくれた。
本日飾られていたのは特別な薔薇で、門外不出の物らしい。
普段であれば侯爵や侯爵夫人の誕生日を祝うような、特別な夜会のときにしか飾られない物だそうだ。
巷では「アシュレイの薔薇」と呼ばれて、有名なのだとか。
なるほど。
飾られている濃い赤色の薔薇は、日本ではよく見掛けたけど、こちらに来てからは見掛けたことがない。
王宮でも飾られていた薔薇は、白色やピンク色の物ばかりだった。
ちなみに、薔薇はアシュレイ侯爵領の特産品の一つだ。
何代か前の侯爵夫人が非常に薔薇好きで、そのときに品種改良が盛んに行われたらしい。
そして多種多様の薔薇が栽培され、いつの間にか特産品になっていたのだとか。
そのためか、装花だけでなく、食器も薔薇が描かれている物が使われている。
「貴重な薔薇を拝見させていただき、ありがとうございます」
「セイ様に喜んでいただけたのなら、何よりですわ」
知らなかったこともあり、最初は周りの反応に付いて行けなかったけど、それほど貴重な物を見せてもらえたのならお礼は言うべきだろう。
笑顔でお礼を伝えると、アシュレイ侯爵夫人もにっこりと微笑んでくれた。
薔薇がアシュレイ侯爵領の特産品だったからだろうか。
そこからは各々の領地の特産品の話になった。
同じ酪農の盛んな地方でも、地方によって出来上がる物が異なるのは、元の世界と同じらしい。
一口にチーズと言っても、色々な種類があった。
話を聞いていると、話題に上がるのは食材が多いような気がする。
討伐で地方に行ったときも、地元の特産品といえば食材を教えられることが多かった。
もしかして、私が王宮で色々な料理を作っていることが知れ渡っているからだろうか?
【聖女】が話に参加しやすいよう、気を遣ってそういう話題を選んでくれていたのかもしれない。
そうして盛り上がる中、特に興味を引かれたのはバルヒェット侯爵夫人の領地の特産品だった。
アシュレイ侯爵夫人の右隣に座っている御婦人だ。
元の世界にはない髪色で、強いて言うならペールグリーンブロンドと言えばいいのだろうか?
薄緑色の光沢のある髪色に、瞳は水色で、実は妖精だと言われても頷いてしまうような可憐な容姿をした人だ。
「バルヒェット様の領地ではサフランを栽培されているのですか? 香辛料の?」
「申し訳ありません。香辛料ではなく、薬草ですの」
サフランといえば、香辛料として馴染み深い。
だから、そう訊ねたのだけど否定される。
薬草、薬草ね……。
元の世界でも、サフランは薬として使われていたこともあったはず。
言葉通り、申し訳なさそうな表情をするバルヒェット侯爵夫人に、更に色々と訊ねてみると、やはり私が思うサフランと同じ物のようだった。
それを伝えると、バルヒェット侯爵夫人の顔がパッと明るくなる。
「香辛料ということは、お料理に使えるのでしょうか?」
「はい。故郷では米料理によく使われていましたね。それからスープにも」
「米料理というと、先日までいらしたザイデラの?」
「そうです。よくご存知ですね」
バルヒェット侯爵夫人の問い掛けに答えていると、話を聞いていた他の御婦人が「米料理」という単語に反応した。
研究所の食堂では提供しているけど、他の所で食べられるという話を聞いたことはない。
ザイデラとの取引が始まったのもこの数年のことだから、知っている人はあまりいないと思っていたのだけど。
一体、どこで知ったのかしら?
もしかして外交にでも携わっているお家の方だろうか?
何にせよ、耳早いことだと感心すると、向こうから知っている理由を教えてくれた。
御兄弟が宮廷魔道師団にいるそうだ。
あー、なるほど。
理解した。
あそこのトップが米料理に取り憑かれているのは、宮廷魔道師団内では有名だ。
「師団長のドレヴェス様は、セイ様のいらっしゃる薬用植物研究所で米料理を知ったとか」
「薬用植物研究所の食堂では、セイ様が考案した料理を食べられると伺いましたわ」
「いえ、私が考案したという訳ではなくて、元々故郷で食べられていた料理をお出ししてるんです」
「そうでしたのね!」
「米料理以外にも色々と新しい料理があるのでしょう?」
「研究員の皆様はいつも食べられるのですか? 羨ましいですわ」
み、皆さん情報通でいらっしゃる。
お茶会は情報戦の戦場だって習ったけど、本当なのね。
心の中で呆気にとられているうちに、周りは料理の話で盛り上がっていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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