舞台裏17-2 成就(後編)
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国王が口にした言葉を信じられない思いと、万能薬を渇望する思いとで、テンユウの心は千々に乱れる。
それでもどうにか表情に出すことなく、テンユウは返事を口にした。
「これを受け取るわけには参りません」
「何故?」
「私には、これに見合う対価を用意することができません」
硬い表情で断ったテンユウに対し、国王は何かを企んでいるかのように片側だけ口角を上げた。
「私も一国を率いている身だ。対価はいらない、とは言えない。だが、別に今すぐ用意しろという訳ではない」
「それは……」
「何、投資のようなものだ。いずれ返してもらおう」
返事を迷うテンユウに、畳み掛けるように宰相が説明を始めた。
曰く、今すぐ対価を求めないのには理由があると。
ポーションは他の物に比べて劣化しにくい。
保存方法を間違えなければ、百年近く効果が保たれるとも言われている。
ただ、目の前にあるポーションは作られてから既に百年以上は経っていた。
王家で保管されていた物なので、適切に保存されていたことは間違いないが、それでも未だに作られた頃と同等の効果を保っているとは限らない。
そのため、テンユウの母親の症状に効くかは、現時点では五分五分だ。
だから、対価はポーションの効果が判明してからで構わない。
それが、国王と宰相の言い分だった。
実際のところ、テンユウが考えた通り、国王と宰相はテンユウが万能薬を欲していたことも、欲する理由も知っていた。
薬用植物研究所の所長であるヨハンが報告を上げていたからだ。
そして、テンユウの前に置かれた万能薬を作ったのはセイである。
作られたのは、つい最近のこと。
その効能についても、主だった状態異常に効果があるのは実証済みだった。
セイが【聖女】の能力を活用して作った万能薬は、本来であれば王家で秘匿されるほどの逸品だ。
それをテンユウに渡したのは、国王がセイの希望を汲み取ったからである。
もっとも、【聖女】の能力を知られないためには、全てを明らかにすることはできなかった。
それ故、万能薬の作製者を薬師の祖として有名な【薬師様】とし、それに伴って作った年代を偽ったのだ。
結果として、対価を決めないまま渡すことになってしまったが、国王と宰相はそれでもいいと判断した。
スランタニア王国に来てからの様子を見れば、テンユウが誠実な人間であることを理解できた。
自身の利益のみを追うような者ではない。
であれば、後になったとしても、テンユウは必ず万能薬に見合った対価を渡してくるだろう。
それも、スランタニア王国の利益となるようなものを。
万が一、こちらに都合の悪いものであるなら、撥ね除ければいいだけの話だ。
国王達は、そう考えた。
「分かりました。ありがたく受け取らせていただきます」
宰相の説明を聞いた後、少しばかり考え込んだが、最終的にテンユウは万能薬を受け取ることにした。
座ったままではあったが、最大限の感謝を表すように深く頭を下げるテンユウに、国王は鷹揚に頷いた。
話が纏まってからのテンユウの動きは速かった。
表向きは母親の容態が悪化したとの連絡があったことを理由に、ザイデラへ戻る準備を始めた。
慌ただしくスランタニア王国を離れ、ザイデラに着いてからもすぐに母親の下へと向かった。
急に戻ってきた息子に驚く母親に、テンユウは挨拶もそこそこに万能薬を差し出した。
そうまで急いだのは、万能薬の話を聞きつけた他の者に奪われないためだった。
スランタニア王国の国王との話し合いの場に連れて行ったのは、側近ただ一人。
その側近が万能薬の話を漏らすとは思っていない。
しかし、留学を切り上げて急ぎザイデラへと戻ったテンユウの行動から、何かしらあったのだと勘付く者は多いはずだ。
それは皇帝も同じだろう。
皇帝から留学を切り上げた理由を問い質されてしまえば、力を持たぬテンユウは正直に話すしかない。
手に入れた万能薬は全て献上することになるだろう。
そうなれば、万能薬が再びテンユウの下に戻ってくることはない。
求めたところで、何だかんだ理由をつけて渡そうとしないだろう者の顔を、テンユウは何人も思い浮かべることができる。
そうなる前に、テンユウは万能薬を母親に使いたかった。
たとえ効くかどうかは五割の確率だと言われても。
試す理由など、皇帝に献上する前に効果を検証したかったとでも言えばいい。
国王から与えられた万能薬は三本。
そのうちの一本でも皇帝へ献上すれば十分だろう。
さらに言えば、この万能薬を手に入れたことを理由に、留学を切り上げて急ぎ戻ってきたことにしようとも考えていた。
テンユウは元より独り占めするつもりはなかったのだ。
そんな風に、常にない慌てた様子の息子から差し出された薬を、テンユウの母親はじっと見詰めた。
テンユウはこれまでも数多くの薬を母親に与えていた。
決して安くはないそれらの薬を用意するために、テンユウが苦労しているのを母親は知っている。
この薬を手に入れるのに、どれほどの苦労を掛けたのだろうか。
今までと同じように、また期待外れの結果に終わってしまったら、息子はどれほど落ち込むだろうか。
テンユウは母親にそうした姿を見せたことはないが、陰で落ち込んでいるのを母親は見抜いていた。
苦労をしたらした分だけ、結果が伴わなかったときの落胆は大きいだろう。
そう思うと、母親は直ぐには薬を飲むとは伝えられなかった。
そうやって母親が薬を手に取るのを躊躇っていたからか、テンユウはどうにか飲んでほしいと、言葉を尽くした。
もちろん、伝えたのは良いことばかりではない。
スランタニア王国の宰相から説明された通り、万能薬は古い物で、効くかどうかは半々の確率であることも正直に話した。
悪いことも包み隠さずに話したのは、効果が出なかった際に、母親が気に病まないようにするための保険だった。
テンユウが話し終わり、少しして、母親は薬を飲むことを了承した。
既に一人で起き上がることも、明瞭に話すこともできなかったが、母親は僅かに頷いてテンユウに意思を伝えた。
スランタニア王国では侍女に当たる宮女が母親の体を支えて起こし、テンユウが口元へと万能薬の瓶を添えた。
そして、ゆっくりと母親に万能薬を飲ませる。
一見、劇的な変化は見られなかった。
しかし、当人にとっては違ったのだろう。
飲み干した後、母親は大きく目を見開き、涙を流した。
その様子を見て慌てたテンユウだったが、母親がはっきりとした口調でテンユウの名を呼んだことで、事態を悟った。
万能薬はその名の通りの効果を現したのだ。
テンユウと母親は互いの長年の苦労を労うように抱き合った。
母親を抱きしめたテンユウの目にも、嬉し涙が浮かんでいた。
その後のことは、テンユウが予定していた通りに進んだ。
今まで母親の治療にあたってくれていた医者と共に母親の経過を観察し、病気が完全に治癒したことを確認した後、テンユウは皇帝に残りの万能薬を献上した。
効果のほどは、寝たきりだった母親が今では椅子に座れるほどに回復していることで実証済みだ。
以前のように、普通に生活しているだけで徐々に体が動かなくなるというようなことはない。
もちろん、皇帝に献上する前に母親に万能薬を使用した理由については、当初考えていた通りに伝えた。
ただ、万能薬を入手した経緯についてはスランタニア王国の王都で偶然手に入れた物という風にぼかした。
今まで入手してきた薬と同じように入手したことにしたのだ。
そうしたのは、物が物だけに、国王から譲渡されたことが表沙汰になれば、あちらに迷惑を掛けることになるかもしれないと危惧したからだ。
母親の病気が治った以上、テンユウにとってスランタニア王国の国王は恩人だ。
皇帝や後宮にいる他の者達よりも大事な人物である。
その恩人に迷惑が掛かることは何としてでも避けたかった。
本来であれば追及されても不思議ではなかったが、皇帝はテンユウの言うことを全てそのまま受け入れた。
皇帝もテンユウと母親のことを気に掛けてはいたのだ。
しかし、政治的な問題もあり、表立って何らかの支援をすることはできず、多少なりとも罪悪感を抱いていた。
それ故、皇帝はテンユウの話に不自然さを感じても追及することなく、万能薬を持ち帰ったことを労うのみとした。
こうして、長きに亘るテンユウの薬探しは終わった。
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