舞台裏17-1 成就(前編)
ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます!
今回、長くなったので分割しました。
後編も来週には投稿したいと思います。
ザイデラの王宮から少し離れた場所に、テンユウが過ごす離宮があった。
元は王宮内に部屋があったのだが、ある理由により、テンユウは離宮へと移った。
仕事を行うための執務室は未だに王宮内に残されているが、テンユウは離宮にも執務室を作った。
偏に、原因不明の病に罹り、明日をも知れぬ身となった母親の側に付いているためだった。
午後の柔らかな日差しが入る離宮の執務室に、風に乗って微かな笑い声が届いた。
その声に、テンユウは書類の上で動かしていた手を止めた。
聞こえてきた声の持ち主はテンユウの母親だ。
侍女相手に話が弾んでいるのだろう。
執務室までに声が届くということは、離宮の中庭でお茶でもしているのだろうか。
楽しそうな母親の様子を思い浮かべ、テンユウの口元に笑みが浮かぶ。
「大分お元気になられたようですね」
「うん。暫く寝たきりだったせいか、まだ体は動かしにくいようだけど、中庭には出られるようになったよ」
傍で共に書類仕事をしていた側仕えの一人が、テンユウの表情を見て、同じように表情を緩める。
口にしたのは、テンユウの母親のことだ。
幼い頃からテンユウに仕えていた側仕えは、テンユウの母親が長い間、病に伏せていたのも知っている。
「あの薬が効いて、本当にようございました」
「そうだね」
側仕えに頷きながら、テンユウは側仕えの言う「あの薬」が見つかるまでのことを思い返した。
その日、テンユウが与えられた部屋で寛いでいると、国王の使いを名乗る者がやってきた。
話を聞くと、国王がテンユウを内密に呼んでいると言う。
呼び出しを受けるには遅過ぎる時間で、しかも使いの者は見たことのない顔だ。
常識的に考えれば、怪しいこと、この上ない。
普段であれば時間を理由に断るところだが、何となく第六感が働いた。
相手が相手であることもあり、テンユウは側仕えを一人だけ連れ、使いの者の後を付いていった。
使いの者も初めてであれば、通る道もまた初めてだった。
ザイデラでも城の中は入り組んでいることが多いが、スランタニア王国でも変わらないらしい。
記憶力の良いテンユウでも、ここから与えられた部屋までは戻れるが、別の場所へと行こうとするのは難儀しそうだと感じた。
それにしても、一体何の用で呼ばれたのだろうか。
一抹の不安を覚えているからか、テンユウは歩きながら色々と考えを巡らせた。
テンユウがいた部屋から真っ直ぐ国王の執務室に向かうよりも長い時間を掛けて、テンユウ達は目的地に到着した。
案内された部屋もまた、初めて入る部屋だった。
ドアの両脇には騎士が待機しており、テンユウ達がドアの前に来るとジロリと視線を向けてくる。
しかし、それも一瞬のこと。
テンユウ達の姿を確認した騎士は、部屋の中へと客が到着したことを知らせた。
テンユウ達が中から開かれたドアを潜ると、三人掛けのソファーに国王が座って待っていた。
国王の後ろには、宰相が立っている。
後は、テンユウと側仕え、そして侍従が一人。
その侍従も、国王とテンユウにお茶を淹れると、すぐに部屋を出ていった。
国王の用件というのは、余程周りに聞かれたくないものらしい。
部屋の中にいるのが四人だけとなり、テンユウは警戒を強めた。
「夜分遅くの呼び出しに応じてくれて感謝する」
「いえ」
「学園の方は慣れただろうか?」
「はい。周りの方々には親切にしていただいて、助かっております」
ザイデラでもそうであるように、国王は雑談から始めた。
本題が気になりつつも、テンユウは問われたことに答えを返す。
話している間の国王や宰相の表情は穏やかなもので、内心を窺い知ることはできない。
本題は気になるが、焦りは禁物だ。
テンユウも気を引き締め、相手に心情を窺わせないよう薄く笑みを浮かべた。
そうしていると、話は学園のことから、視察に行った研究所のことに変わった。
テンユウとの遣り取りが良い刺激となり、訪問先の研究が活性化されたことについて国王から礼を述べられる。
こちらこそ良い勉強になったと礼を返しつつ、テンユウの背中には冷や汗が流れた。
視察先でのテンユウ達の様子は、国王に全て報告されていた。
視察の際には、護衛としてスランタニア王国の騎士が付いていた以上、監視されているのはテンユウも理解していたことだ。
国王達の思惑を見越した上で行動には気を付けていたが、自身の最近の行動を思い返せば、溜息を吐く他ない。
テンユウがスランタニア王国に来た本当の目的を隠し果せているとは、とても思えなかった。
予想は当たり、最近は数ある研究所の中でも、薬用植物研究所によく訪れていることに言及された。
国王から薬草について興味があるのかと問われ、テンユウは微妙に言葉尻を濁しながら頷いた。
何か言われるだろうか。
テンユウが不安を覚えつつ、国王の様子を窺っていると、話は思いもしない方向に転がった。
「テンユウ殿は、その昔、我が国に薬師の祖と呼ばれている者がいたことをご存知だろうか?」
「いえ、残念ながら」
「そうか。その者は非常に優れた薬師で、今いる薬師達よりも遥かに優れた技術を持っていたと言われている」
「そうなのですか?」
「あぁ。今では作れない薬も作れていたようだ」
国王がそこまで話すと、国王の後ろに控えていた宰相が動いた。
宰相は壁際のチェストの上に載せられていたトレイを持ち、二人の間にあるテーブルの上に運んだ。
トレイの上には四角い箱が載せられているようだ。
しかし、光沢のある緋色の布が掛けられているため、中身がどのような物であるかは判別つかなかった。
「これは?」
「王家に残されている、その薬師が作ったと言われているポーションだ」
ポーションという単語に、テンユウの眉がピクリと動いた。
動揺を面に出してしまったことに、テンユウは内心で舌打ちしたが、それを目にしたはずの国王が言葉を続ける様子はなかった。
宰相も国王と同様で、反応を返すことなく、トレイに掛けられていた布へと手を伸ばす。
そして、宰相が布を取り去ると、その下には箱に詰められたポーションが三つ、並んでいた。
「このポーションは万能薬と呼ばれていた物になる」
「万能薬、ですか? 一体、どのような効果が?」
「あらゆる状態異常を治すと伝わっているな」
「あらゆるというのは……」
「言葉のままだ。毒でも麻痺でも病でも、症状に関係なく癒すと言われている」
名前を聞いた時から予想はしていたが、逸る気持ちを抑えて尋ねたテンユウに、国王は期待していた通りの答えを返した。
国王の説明を聞き、夜も更けてから人目を忍ぶように呼ばれた理由を、テンユウは即座に理解した。
失われた技術で作られた非常に優れたポーションは、王家が秘匿するに十分な物だ。
しかも、そのポーションは長きに渡ってテンユウが求めていた物だった。
信じられない思いで万能薬を凝視しながら、テンユウはどういう反応を返すのが正解なのかと、忙しく頭を働かせた。
ここで出してきた以上、万能薬を求めてスランタニア王国に来たことは間違いなく国王に知られていると、テンユウは判断した。
どういう経路で知られたのかは、今考えることではないので一旦頭の片隅に置いておいた。
最優先で考えなければいけないのは、国王がどういう意図を持って、万能薬を出してきたのかということだ。
希望的観測で、貰えるというのなら貰ってしまいたい。
けれども、その場合にスランタニア王国に支払う対価は、間違い無く大きなものになる。
今、対価を求められないとしても、いつかは返さなければならない大きな借りとなるだろう。
自分だけの話ならば、それでもいい。
しかし、ザイデラとしては……。
「こちらは貴殿に差し上げよう」
「それは……」
「探していたのだろう?」
考え込んでしまったテンユウに国王が話し掛ける。
自分に酷く都合の良い言葉が聞こえ、テンユウは落としていた視線を努めてゆっくりと上げた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
「聖女の魔力は万能です」のアニメのキャスト第一陣が発表されました!
今回発表されたキャストの皆さんは下記の方々です。
セイ:石川由依さん
団長さん:櫻井孝宏さん
所長:江口拓也さん
師団長様:小林裕介さん
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