106 予想
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王宮の庭園にある東屋に、コロコロと鈴を転がすような笑い声が響く。
笑っているのは、背後の咲き乱れる花々にも劣らないほど可憐なリズだ。
最近はアイラちゃんと三人でお茶をすることが多かったんだけど、今日はアイラちゃんの都合が付かなかった。
そのため、今日は久しぶりに二人でのお茶会を開いていた。
「それは、ゴルツ閣下に一本取られましたわね」
「本当よ……」
笑いながら話すリズに、ぐったりとした声を返す。
話していたのは、先日国王陛下から下賜されたザイデラの品々の話だ。
ゴルツ閣下というのは宰相様のことで、彼に日用品だと言われて受け取った品物が思った以上に高価な物っぽかったことを愚痴っていたのだ。
技巧を凝らしたティーセットに始まり、あると嬉しいなと思っていた綺麗な料紙、精巧な龍が彫られた白い文鎮や、同じく草花が彫られた透明な筆置き、鮮やかな色合いの光沢のある布地等。
渡されたのは、日用品と言われれば、そうかもしれないけど、とても普段使いするのが勿体無いような物ばかりだった。
文鎮が象牙っぽい色をしていたり、筆置きが水晶っぽかったりするのは、多分気のせいだと思う。
精神衛生上良くないので、そう思いたい。
「こちらのティーポットも贈られた品の一つでしたわよね?」
「そうよ。ぱっと見はただの白地の陶器なんだけど、よく見ると模様が入っているの」
今日使っているティーポットも、ザイデラからの贈り物だ。
王宮から送られた品を開梱した際に、最初に手に取ったティーセットに含まれていた物である。
せっかくの頂き物なので、今日のお茶会で早速使ってみることにした。
マナーの講師曰く、こういう高価で珍しい品のお披露目をする会には、それなりの格式が必要らしい。
とはいえ、今日のお茶会は内輪のお茶会と雖も、参加者は侯爵令嬢で、しかも王子の婚約者でもある。
そのため、このお茶会でザイデラからの贈り物のお披露目をしても問題ないはずだ。
講師に聞かれたとしても、きっと怒られないと思う……、多分。
「まぁ、本当に。形も珍しいですわね」
「リズから見てもそうなのね。形も気に入ってるのよ。一緒にカップも入ってたんだけど、そちらも形が変わっていたわね」
「どんな形ですの?」
カップも一緒に入っていたけど、スランタニア王国のティーカップとは違い、持ち手がない。
使い慣れない形の物をいきなり出すのもどうかと思ったので、今回は敢えてティーポットのみを使用していた。
リズの問い掛けを受け、側に控えていた侍女さんがトレイに載せたカップを差し出してくれる。
侍女さんにお礼を言ってからカップを受け取り、リズの目の前に置いた。
「これよ」
「持ち手がありませんのね」
「そうそう。だから、急に出したら戸惑うかと思って、今日は使わないことにしたのよ」
「そうでしたのね。ありがとうございます。それにしても持ち手がないなんて……。どう使うのでしょう?」
「お茶を六分目か七分目まで入れて、カップの上の方をこう持つんだと思うわ」
「セイは使い方を御存じでしたの?」
「日本にも似たような茶器があるから、そう思っただけよ。もしかしたら、ザイデラでは全然違う使い方をするかもしれないわ」
そこまで話すと、手に持っていたカップを側に控えたままの侍女さんに渡す。
いつまでも手元に置いておくと、うっかり割ってしまいそうで怖いからね。
リズは侍女さんがカップを受け取るのを見て、続けて手を上げた。
それを合図に、いつぞやのように、近くに控えていた侍女さんや護衛の騎士さんが遠ざかる。
相変わらず、統制が取れているわね。
内心で感心しつつも、何故人払いをしたのだろうかと首を傾げる。
「ザイデラでの使い方は、そのうち伝わると思いますわ」
「どういうこと?」
スランタニア王国とザイデラとの定期的な取引も始まり、取引の規模は徐々に拡大している。
うちの商会以外の、他の商会も様々なザイデラの品を仕入れるようになったからだ。
こうして交流が増えれば、その分、文化の流入も増える。
カップの取り扱い等のマナーについても伝わってくるのは時間の問題だろう。
けれども、リズはそういう伝わり方ではないと言外に匂わせた。
態々口にするということは、そういうことだと思う。
しかも、人払いをした後だ。
聞くのがちょっと怖いけど、つい気になって訊いてしまった。
「内々の話ですが、実はザイデラへと使節団を送ることが決まりましたの」
「使節団?」
「えぇ。複数の研究所からザイデラへの留学願いが奏上されたそうですわ」
テンユウ殿下から贈られた物の中にはザイデラの書物も多く含まれていた。
書物は関係各所に下賜されたのだけど、読んでみると色々と勉強になることが書かれていた。
載っていた情報のお陰で、滞っていた研究が進んだりしたため、最近は彼方此方の研究所が活況を呈している。
書物から学べることは多いけど、ザイデラの研究員達と顔を突き合わせて語ることができれば、もっと多くのことを学べるのではないか。
研究員達は書物を片手にそう考えた。
特に、視察の際にテンユウ殿下と話したことにより、新たな気付きを得た人達ほど、そう思ったらしい。
そして、自分達もザイデラで学ぶ機会を作って欲しいと、国王陛下に陳情を上げたそうだ。
「へー。それで使節団を送ることになったんだ」
「ザイデラで学ぶことは研究員達に良い刺激になるだろうと、陛下もお考えになったそうですわ」
確かに。
リズの言う通り、薬用植物研究所でも専門家ではないテンユウ殿下との交流は研究員さん達に良い刺激を与えた。
相手が専門家となれば、もっと良い刺激となると思う。
「そうなると、各研究所からも人が派遣されるのかしら?」
「恐らく、そうなると思いますわ」
うちの研究所からも誰か行くのかしら?
自分も行ってみたいとは思うけど、恐らく許可は下りないだろう。
最近は黒い沼が見つかったという話を聞かないけど、まだ各地の魔物は通常時よりも多いらしいし。
いつか落ち着いたら行けるといいな。
紅茶を口にしながら、そんな風に考えていると、リズから思いがけない話が飛び出した。
「その使節団ですけど、カイル殿下が大使を務めることが決まりましたの」
「え? って、第一王子の?」
「えぇ、そのカイル殿下ですわ」
驚いて、つい確認してしまったけど、真っ先に頭に浮かんだ彼で間違いなかったようだ。
ザイデラから来た使節団のトップが皇子様だったのだ。
釣り合いを考えると、こちらの使節団のトップも王子が務める方が丁度良いのだろう。
けれども、リズはそれで良いのかしら?
元々、リズとカイル殿下は、リズが学園を卒業した後すぐに結婚すると聞いていた。
予定通りに進めるのであれば、結婚まで後一年もない。
テンユウ殿下の留学は移動の時間を含めても一年もなかったけど、あれは異例の事態が発生したからだ。
この世界で海外留学というと、一般的には一年以上掛かることが多い。
使節団としてザイデラに行くのであれば、カイル殿下が予定通りにリズと結婚できるとは思えない。
そうなると、結婚が延期されるのだろうか?
卒業したとしても、そのときリズはまだ十五歳だ。
日本での感覚からすると、一年、二年遅れても問題はなさそうだけど……。
つい色々と考え込んでしまい、黙り込むと、辺りがしんと静まり返った。
リズはそんな雰囲気を気にした風もなく、ティーカップを口に運ぶ。
そして、考え込んでいた内容が伝わっていたのか、私が気になっていたことを話し始めた。
「こちらも内々に決まったことなのですが、カイル殿下との婚約が解消されることになりましたの」
「えっ?」
何てことない風に、リズは次の爆弾を投下した。
婚約解消!?
何で!?
それ、結構大事じゃない?
あまりの発言に驚いたけど、右往左往するのは私ばかり。
当事者であるはずのリズは口元に薄らと笑みを浮かべたまま、いつも通りだ。
「これから大変ですわ。暫く、お茶会のお誘いが増えそうですもの」
「大変って、そっち!? っていうか、お茶会?」
「えぇ、そうですわ。御子息や御兄弟を紹介しようとされる方が増えそうですの」
婚約破棄とお茶会の因果関係が結びつかず、怪訝な顔をして問い掛ける私に、リズが説明してくれた。
リズはまだ成人していないため、夜会には参加できないけど、昼間の社交には参加できる。
その昼間の社交の中心、御婦人方が開催するお茶会で参加者の子息や兄弟について、そこはかとなくアピールされるのだとか。
結婚相手として、どうかという売り込みらしい。
売り込みが上手くいけば、次に子息や兄弟を正式に紹介される場が設けられるそうだ。
婚約解消したばかりなのに? と疑問に思ったけど、そういうものらしい。
この国のことに関しては、まだまだ勉強中なので、先輩であるリズがそういうのなら正しいのだろう。
それに、王子の婚約者に選ばれていただけあり、外見も中身も、そして家柄も良いリズは好物件。
人気が高いから我先にと殺到されるのだと考えれば、何となく納得はできる。
非常に打算的な話だけど。
「社交には慣れておりますけど、少々面倒ですわ」
「うん、まぁ、そうね。面倒だっていうのは、何となく分かる」
想像してみると、確かに面倒かもしれない。
会ったこともない人の良い所を聞くのは問題ない。
けれども、それがお茶会の間中、延々と続けられるのであれば、少々問題だ。
愛想笑いで顔が筋肉痛になりそうだもの。
「他人事ではありませんわよ」
「私は……」
「セイは私よりも人気がありますもの」
「そんなことは……」
「ありますわ」
私は関係ないと言おうとしたけど、否定するように、リズが被せて口を開く。
その後も、否定しようとすると、同じように最後まで話させてもらえない。
珍しく悪巧みをしているような笑みを浮かべるリズに、ひくりと頬が引き攣った。
「セイもお披露目が終わりましたし、お仕事の方も最近は落ち着かれているでしょう? これから、そういう場に呼ばれることが増えるのではなくて?」
「そういう場って、お茶会に?」
「セイの場合は、夜会のお誘いもありそうですわね」
「えーーーー」
夜会と聞いて、思わず嫌そうな声を上げれば、リズはクスクスと笑う。
そして、止めを刺すかのように、既に王宮には大量の招待状が送られてきているのではないかと言った。
そんなことはないと思いたかったけど、実際にその通りだったと分かるのは、それから数日後。
所長から呼び出されたときのことだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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アニメの詳細については、こちらで最初に公開されますので、よろしければご覧くださいませ。
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