105 贈り物
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王宮から使いの人が来た翌日。
所長と一緒に国王陛下の執務室へ出向いた。
用件はザイデラに関することらしい。
詳細は使いの人が直接話すと聞いたけど、結局分かったのはそれだけだ。
詳細とは……。
ザイデラに関することと言われると、思い浮かぶのはテンユウ殿下と万能薬のことだ。
テンユウ殿下の母親である側室様は長らく病に伏せっていた。
テンユウ殿下はその病気に効く薬を求め、スランタニア王国に留学に来たのだ。
症状を聞くに、既存の薬はなく、新たに作ったのが万能薬だ。
その名が表す通り、万能薬は症状の種類を問わず状態異常を解除できる。
従来の状態異常回復ポーションと比較しても、遙かに高い効果を持つのだ。
そのため、万能薬は一旦王宮預かりとなった。
せっかく作った万能薬だったけど、テンユウ殿下の手に渡るかどうかは、国王陛下達の判断次第となってしまった。
しかし、私の心配をよそに、万能薬は作製者を伏せて、国王陛下からテンユウ殿下へと渡されたそうだ。
ただ、どういう経緯で渡されたのかや、側室様へと渡ったのかは分かっていない。
もしかして、その辺りの話を聞かせてもらえるのだろうか。
あれこれ考えてみたけど、想像の域は出ない。
まぁ、行けば分かるだろうと、使いの人には呼び出しに応じる旨を伝えて、帰ってもらった。
「よく来てくれた。掛けてくれ」
陛下の執務室には宰相様もいらっしゃった。
陛下の勧めに応じて、所長と並んでソファーへと座る。
それと同時に陛下が手を振ると、部屋の中にいた侍従さんや騎士さん達が皆、部屋の外に出た。
そして陛下と宰相様、私と所長の四人だけになると、宰相様が口を開いた。
「今日お呼びしたのは、ザイデラから届いた贈答品について、お話しさせていただくためです」
ザイデラからの贈答品?
想像していなかった内容に心の中で首を傾げると、それを感じ取った宰相様が説明してくれた。
宰相様の話では、二日前にザイデラから贈り物が届いたらしい。
贈り主はもちろんテンユウ殿下で、急な留学を受け入れてくれ、沢山の知己を得たお礼ということだそうだ。
届いた品々はテンユウ殿下が留学中に訪ねた研究所や人に関わる物ばかりだったらしい。
例えば、ザイデラの治水や農作物に関する書物だったり、ザイデラで採れる鉱石や貴石だったり。
それなりに量もあることから、王宮では関係各所に下賜することを決めたのだとか。
薬用植物研究所も例に漏れず、ザイデラ固有の薬用植物の種子や苗をいただけることになった。
「こちらが、そちらへと下賜される物の一覧だ」
「拝見します」
宰相様から手渡された一覧を読み進めた所長は、隠すこともなく目を輝かせた。
横から少し覗いたけど、思わず目を瞠ったわ。
ちらりと見えたあの植物の名は、ザイデラでもお目にかかる機会が滅多にないとテンユウ殿下が言っていた物ではないだろうか。
当時、話を聞いていた所長が一度実際に観察してみたいと言っていたはずだ。
その植物が含まれているのであれば、所長が表情を取り繕うことを忘れるのも納得できる。
「それから、こちらとは別にセイ様にもお渡ししたい物があります」
「私にですか?」
他にも珍しい植物がないかと、所長が持っている一覧をもう一度見てみようと思ったところで、宰相様から声が掛かった。
渡したい物があると言われて、漸く自分がこの場に呼ばれた理由を理解する。
最初に伝えられた通り、薬用植物研究所への物品授与だけであれば、所長を呼ぶだけで事足りる。
だから、何で自分が呼ばれたのか、少しだけ疑問に思っていたのよね。
「はい。セイ様には万能薬を提供していただきましたので」
万能薬の報酬だと言うのであれば、受け取ってもいいのだろうか?
普段の威厳ある表情とは違い、優しそうな笑顔をこちらに向ける宰相様を見るに、何かしらの意図は感じられない。
一瞬悩んだのに気付いたのか、宰相様は渡す物は文具等の日用品だと追加で教えてくれた。
日用品ならば、いただいてしまってもいいかな?
一応、受け取っていいものかを確認するために宰相様から所長へと視線を移すと、所長は真面目な表情で頷いた。
それを受けて宰相様へお受けすると返事をすれば、贈り物は研究所の分と合わせて、後日届けてくれるという話になった。
翌日の午後。
王宮から荷物が届いた。
倉庫に置かれた種子や苗を見て、研究員さん達と一緒に盛り上がる。
育成方法が記された書物を開きながら、いつどこに植えるかを話した。
研究員さん達と一通り騒いだ後は、自分の部屋へと向かった。
研究所の下働きの人にお願いして、自分宛の荷物は自室へと運んでもらったからだ。
日用品とは聞いたけど、一体何が来たのか。
文具だと宰相様が言っていたので、ザイデラで作られた紙もあるかもしれない。
ザイデラでは製紙も盛んで、料紙という染料で色付けされたり、文様が刷り込まれていたりする華やかな紙も作られているとテンユウ殿下から聞いていたので、少し楽しみだ。
ワクワクしながら部屋へ戻ると、机の上に大小様々な箱が積まれていた。
普通の木箱もあるのだけど、それに交ざって黒い箱があるのに気付き、思わず目を凝らす。
久しく見ていなかったけど、見間違いでなければ、あれは漆塗りの箱ではないだろうか。
少し嫌な予感がしつつも、机に近付いて詳細を確認し、そして頭を抱えた。
黒い箱は予想通り漆塗りの箱だった。
遠目では分からなかったけど、側面には植物の模様が立体的に彫られている。
それだけではなく、縁に蒔絵で模様も描かれていた。
蓋は更に豪華だ。
蒔絵の模様の中に虹色に光る部分がある。
そう、螺鈿まで施されていた。
あまりにも豪華な箱に遠い目をしてしまう。
この箱は何なんだろう。
文箱にしては大きい。
文具というのだから書類入れか何かだろうか。
他の用途が思い付かない。
取り敢えず、箱の用途は後で考えよう。
まずは一通り確認するのが先だ。
そのために確認が済んだ文箱(仮)を移動させようと手に持ったところで、違和感を覚えた。
思ったよりも重かったのだ。
不思議に思い蓋を開けると、そこにはティーセットが一揃え入っていた。
シンプルな白一色の陶器だけど、形が面白い。
ティーポットはスランタニア王国で主流の物とは異なり、胴体も持ち手も角ばっている。
また、カップは小さく、持ち手がない。
これはカップというよりも茶碗ね。
少しだけ日本を思い出して懐かしくなり、カップを一つ手に取って眺める。
そこで、薄らと入っている模様に気付いた。
目を凝らさないと分からないくらいだけど、確かに蓮の花の模様が描かれている。
ティーポットもよく見れば、同じ模様が入っていた。
何だか、お洒落だ。
「お、確認してるな」
「あ、所長」
カップの模様に見入っていると、開きっぱなしだったドアの向こうから声が掛けられた。
振り返ると、所長が立っていた。
私宛に届いた荷物の内容が気になり、見に来たようだ。
「何が来たんだ?」
「文具だって聞いていたんですけど、違う物もあるみたいで……」
そう言って、手に持っていたカップを差し出すと、所長は部屋に足を踏み入れた。
所長が受け取ったのを確認して口を開く。
「これは?」
「多分、ティーカップです。よく見ると模様が入っているんですよ。綺麗ですよね」
「あぁ、本当だ。こういう感じで模様が入っている物は初めて見た。凄い技術だな」
感嘆したように話す所長の言葉に、不穏なものを感じた。
凄い技術?
「凄い技術なんですか?」
「そうなんじゃないか? 万能薬のお礼だしな」
「万能薬の」
「あぁ、一国の王家が秘蔵していたと言われるポーションの対価だ。下手な物は贈ってこないだろ」
「ってことは、これってかなり高価なのでは?」
「まぁ、そうだろうな」
「あーーーーー」
嫌な予感が的中したことに、その場にしゃがみこんで頭を抱える。
うん、そうよね。
所長の言う通りだ。
王家の秘蔵品の対価が普通の品であるはずがない。
うぅ、日用品だって聞いていたのに……。
所長は宰相様の「万能薬を提供してもらったから」という言葉を聞いた時点で、渡される物が高価な物であると予想していたみたいだ。
それ故、私が視線を送ったときに神妙な顔で頷いたのだとか。
それならそうと、分かるように伝えて欲しかった。
もっとも、宰相様の前で私が辞退するようなことを所長が言えるはずがないのは理解している。
結局のところ、最終的に受け取ると決めた私が悪い。
あのとき、宰相様の笑顔を信じるんじゃなかった……。
今度からは宰相様の笑顔に油断しないよう気を付けよう。
高価な品を前に、私はそう心に決めた。