100 困ったときのお師匠様
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決心したのは、ある物を開発することだ。
この間、状態異常回復用のポーションの開発の許可を貰いに行ったのに、また別の物の開発の許可を貰いたいと伝えたのだ。
あまりにも間が空いてないから、少しだけ罪悪感を感じた。
そして、作ろうと思っている物が物だったため、伝えた際の所長の表情は酷く微妙なものだった。
「もし作れたとしても、そのレシピをテンユウ殿下に提供してもいいかは、俺だけの判断では許可できない」
「そうですか……」
「少なくとも、宰相の許可は必要だ」
「そこまでですか?」
「当たり前だろう!?」
思い出すのは、そのときの所長との遣り取り。
問題の物を作れたとしても、レシピをテンユウ殿下に提供する場合は、宰相様の許可が必要らしい。
そうなると、テンユウ殿下が何故それを欲しがっているのかという理由も、宰相様に明らかにすることになる。
他の人にはあまり知られたくなさそうなテンユウ殿下の様子を思い出すと、少しだけ心に引っかかるものを感じるけど、仕方がないと諦めた。
うん、本当に仕方ない。
だって、これから作ろうと思っているのは前代未聞のポーション、万能薬だからね。
何故、万能薬かというと、テンユウ殿下の話を聞いたときに、ふと以前にした会話が頭を過ったからだ。
そういえば、症状に関係なく効くポーションがあればいいのにねって、前にテンユウ殿下と話をしたことがあったなって。
状態異常回復用のポーションと万能薬では、後者の方が作るのが難しく思える。
けれども、どちらもヒントの欠片も見つからない状況から考えると、そう難易度の差はないような気もした。
同じ難しさなら、症状に合う、合わないの心配をしなくてもいい万能薬の方が良いとも思えた。
結構な暴論だとは思う。
ほとんど賭けだ。
ただ、状態異常回復用のポーションを作るのも一種の賭けではある。
出来上がった物が側室様に合うかどうかは、実際に使ってみないと分からないからね。
所長と話してからは、状態異常回復用のポーションと一緒に、万能薬の情報も集め始めた。
状態異常回復用のポーションの調査も続けることにしたのは、テンユウ殿下との報告会があるからだ。
どちらのポーションの情報も見つかっていない状況で、急に万能薬に路線変更しますというのは気が引けた。
せめて、万能薬の情報の欠片でも見つかってから言うべきだろう。
「セーイー、手紙が来てたよ」
「ありがとう」
そうして、万能薬のことも調べ始めて、一ヶ月。
テンユウ殿下が言っていた症状の病気といい、万能薬といい、目ぼしい情報は中々見つからなかった。
それでも諦めずに、研究室で薬草辞典と睨めっこをしていると、ジュードが手紙を持って来てくれた。
手渡された封筒をひっくり返して、裏に書いてある差出人の名前を見ると、コリンナさんからだった。
はやる気持ちを抑えながら封を切り、中の手紙に目を通す。
手紙は時候の挨拶に始まり、近況報告、そして前回質問したことへの回答が記されていた。
「誰から?」
「クラウスナー領で良くしてくれた薬師さんからよ」
「そう。何か悪い知らせでも届いたの?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
もしかしたらという期待が打ち砕かれ、知らないうちに沈んだ表情を浮かべてしまっていたようだ。
ジュードに心配されてしまった。
前回、コリンナさんに質問したのは、側室様の症状に効きそうな薬草や、万能薬についてだ。
万能薬の調査を開始してからすぐに、コリンナさんにも問い合わせたのよ。
それ以前の、状態異常回復用のポーションの調査の進捗が思ったように進まなかったから、すぐに頼ることにしたのだ。
結果は敗北。
でも、惨敗というほどではない。
薬草や万能薬について、はっきりとした心当たりはないと言いながらも、もしかしたら効くかもしれないという薬草のことを参考情報としてコリンナさんは教えてくれた。
「へー、さすが聖地の薬師さんだね」
「えぇ。本当に色々なことを知っていて、凄い人なのよ」
経緯を説明すると、ジュードは感心したように頷いた。
そして、傍らに置いてあった薬草辞典を手に取ると、ページを捲る。
けれども、手紙に書いてあった薬草は載っていない。
おかしいわねと思いながら、もう一度探してみたけど、やっぱり見つからなかった。
「載ってないわ」
「え? 薬草じゃないの?」
薬草辞典に載っていないことを伝えると、ジュードが別の本を取ってきた。
薬草以外の草花が載っている辞典だ。
そちらの本には載っていたようで、ジュードは該当のページを開いて、こちらに差し出してきた。
「これだね」
「薬草ではないみたいだけど……」
「クラウスナーの薬師の間だけで知られてる薬草とか?」
「その可能性はあるわね」
二人で同じ本を覗き込みながら、あれやこれと意見を交わす。
コリンナさんが教えてくれた薬草は、側室様の症状に効果があるらしい。
ただ、薬草辞典には書かれていなかったことから、一般的には効果があると思われていない植物だった。
しかし、ジュードの言う通り、薬師の聖地の秘伝の可能性はある。
「薬草の効能も鑑定魔法で調べられるといいのに」
「鑑定魔法も使用者のレベルで分かる情報が異なるみたいだから難しいんじゃない?」
「ドレヴェス様なら鑑定できそうじゃない?」
「あの人ならできると思うけど、薬草の鑑定に引っ張りまわせるような人じゃないだろ?」
「確かに」
調べ物に万能そうに思える鑑定魔法も、思わぬ弱点がある。
使用者の鑑定魔法のスキルレベルによって、鑑定できるものの幅が異なるのだ。
レベルが足りなければ物の鑑定ができても、人の鑑定ができないように。
そして、同じように、表示される内容の精度も異なるらしい。
しかも、使える人が少ない。
そういう訳で、薬草辞典に記載されている効能は、どれも地道な研究で判明したことばかりだった。
まだまだ未知の薬草は多くあるに違いない。
「実際にポーションを作って、確認してみる?」
「手紙をくれた人は試作してないの?」
「どうだろう? 特に記述はないのよね」
「ふーん。でも、作るのは良いけど、この薬草、この辺りには生えてないよ。普通の草扱いだから、研究所でも栽培してる人いないと思う」
「ほんとだ。暑い地方の植物なのね」
手紙に書いてある薬草で、コリンナさんがポーションを作ったかどうかは分からない。
もしかしたら効くかもしれないって書いてある辺り、作ったことはないような気がする。
はっきりとした効果が分からないのであれば、作ってみればいい。
出来上がった物を宮廷魔道師団に依頼して、魔法で鑑定してもらえば、詳細な効能が分かるはずだ。
いつもは普通の宮廷魔道師さんにお願いするのだけど、今回ばかりは師団長様にお願いしてみよう。
師団長様以上の鑑定魔法の腕前を持つ人はいないからね。
そう思って、ジュードに提案してみたものの、提案はあえなく却下された。
材料がないなら、どうしようもない。
コリンナさんがポーションを作っていないのも、材料が王都周辺や、クラウスナー領では手に入らない薬草だからだろうか?
「取り寄せてみる?」
「そうね。取り寄せられるなら、そうしよう。他にも、取り寄せが必要な物はあるかな?」
試作については一先ず置いておいて、手紙に書かれている他の薬草についても調べる。
取り寄せるなら、一度に注文してしまった方がいい。
ジュードと手分けして調べれば、やはり他にも取り寄せが必要な薬草があった。
注文はジュードがやってくれるというので、それらをメモして渡しておいた。
最初に調べた薬草と同じく、手紙に記載されていたのは薬草辞典に載っていない物ばかりだった。
さて、材料が届くまでは調べ事をしていよう。
そう思い、ジュードの後姿を見送った後、再び調べ事に取り掛かった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お陰様で、小説6巻が9月10日に刊行されることになりました。
遂に6巻ということで、非常に感慨深いです。
これもひとえに、応援してくださる皆様のお陰だと感謝しております。
本当にありがとうございます。
書影はまだですが、Amazon様や楽天様等で予約が開始されているようです。
ご興味のある方は是非、お手に取っていただけると幸いです。