98 判明?
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上級の状態異常回復ポーションのことを勉強しながら日々を過ごしていると、テンユウ殿下が研究所に来るという報せを受けた。
一時は毎日のように来ていたからか、久しぶりな気がする。
前回はテンユウ殿下の目的を探るために、わざと興味を引きそうな本を読んでいたけど、今回はどうしようか?
報せを聞いたときには、そんなことを考えていたのだけど、時間が経つとすっかり忘れてしまっていた。
テンユウ殿下の来訪を思い出したのは、薬草畑で本人に声を掛けられたときだった。
「ごきげんよう」
「へっ!?」
考え事をしながら水遣りをしていたため、突然かけられた声に驚いた。
振り向けばテンユウ殿下の姿が目に入り、慌てて挨拶を返す。
わ、忘れてた……。
今来たばかりなのかしら?
それとも、研究所から出て来たところ?
どちらだろうと考えている間に、テンユウ殿下は薬草畑の縁にしゃがみ、繁々と薬草を観察した。
「こちらの薬草は、貴女が育てているのですか?」
「は、はい、そうです。研究員には実験用の畑が提供されていまして、この一角は私の畑になります」
「では、彼方にあるのは他の方の畑になるのですね」
「はい」
しゃがんだまま、テンユウ殿下は辺りを見回す。
続けて、私が育てている薬草について話し始めた。
私が水遣りをしていた薬草は、ザイデラでは栽培されていないらしく、あれこれと質問される。
そのうち、細かい話になり、薬草の近くに寄るように言われたので、テンユウ殿下の隣に私もしゃがみ込んだ。
「ところで、徐々に体力が衰え、手足等、体が動かせなくなるという病をご存知ですか?」
「え?」
そのままの体勢で暫く話していると、唐突に話が切り替えられた。
一段と小さく落とされた声音に、思わず聞き返したが、テンユウ殿下が応えることはなかった。
テンユウ殿下の方を向いても、目の前の薬草の葉を摘み、観察している。
これは、他の人に聞かれたくない話なのだろうか?
恐らく、後ろに立っている護衛役の騎士さん達には聞こえなかっただろうし、テンユウ殿下の様子からも薬草以外の質問をされたとは思えないだろう。
聞き間違いでなければ、病について訊かれたようだ。
体が動かせなくなるということは、筋肉が衰えるということだろうか?
詳しいとは言えないけど、その症状には心当たりがある。
とはいえ、同じような症状で違う病気もあるので、正確にこの病気だということはできない。
しかも、世界が異なるのだ。
この世界特有の病気である可能性だってある。
なので、テンユウ殿下と同じくらいの声量で、そういう症状を聞いたことがあるとだけ返した。
「治療法はあるのでしょうか?」
「……、調べてみないと分かりません」
「そうですか……」
「ザイデラにはないのですか?」
「はい。滋養強壮に良いと言われている薬を飲み、症状の進行を遅らせるくらいの手立てしか……」
治療法について聞かれたけど、専門家ではないので思い付かない。
知らないだけかもしれないけど、元の世界でも似たような症状の病気の治療薬はなかったような気がする。
ただ、この世界には元の世界にはなかったものがある。
例えば、魔法やポーションなんかがそうだ。
だから、この世界では治療法はあるかもしれない。
そこで、調査が必要だと答えた。
僅かに表情を曇らせたテンユウ殿下に、ザイデラでの状況を確認する。
念のために治療法について問えば、戻ってきた答えは芳しいものではなかった。
葉に触れたまま視線を落とすテンユウ殿下を見ながら、どうしようかと考える。
薬草の話をしている風を装って問い掛けられた、この質問は、恐らくテンユウ殿下の目的に関するものだ。
正体を知られないためには、ここで突き放した方がいいのだろう。
けれども、少し躊躇してしまう。
何と言っても、テンユウ殿下と話すのは楽しい。
ザイデラにあるという未知の薬草やポーションだけではなく、薬膳っぽい物の話や、それに関わる食材。
テンユウ殿下が口にしたそれらの話はとても興味深かった。
それだけではない。
こちらの研究について話していても、テンユウ殿下がくれる意見によって、いい考えが浮かぶこともあった。
そこに至るまでのやり取りも楽しく、とてもワクワクするものだったのだ。
さて、ここでもし突き放したら、どうなるだろう?
今までと同じように、テンユウ殿下と意見を交換することはできるかしら?
もしかしたら、この楽しい時間は終わりを告げてしまうかもしれない。
そう思うと、二の足を踏んでしまう。
よくない傾向だ。
最初は警戒していたのに、いつの間にか他の研究員さん達と同様に、私もまんまとテンユウ殿下の罠に嵌まってしまった感がある。
でも、後少し。
治療法を探すくらいは許されないだろうか。
そんな風に思ってしまうあたり、私も立派な研究員になってしまったようだ。
後で怒られるかもしれない。
それでも意を決して、口を開いた。
「探してみましょうか」
「え?」
思わぬ申し出だったのか、驚いたテンユウ殿下がこちらを向いた。
こちらを見つめる視線に笑顔を返しながら、言葉を続ける。
「聞いたことのある症状ですけど、治療法については調べたことがなかったんです。いい機会ですから、調べてみましょうか」
「……、よろしいのですか?」
「えぇ。あっ! もし、お持ちでしたら、ザイデラの専門書を貸していただけませんか? ザイデラの薬草でいい物があるかもしれませんし」
「分かりました。何冊か持って来ているので、後程お持ちします」
「ありがとうございます!」
ポカンとしたままテンユウ殿下も言葉を紡いだ。
それに被せるように、専門書を貸してもらえないかと請えば、テンユウ殿下は口元を緩ませて了承してくれる。
笑顔でお礼を言うと、テンユウ殿下は笑みを湛えながらも、眉を下げ、首を僅かに横に振った。
「新しいポーションの開発か……」
「はい」
テンユウ殿下と別れた後、すぐに所長室へと向かった。
テンユウ殿下から聞いた症状を所長にも説明し、それを治すための状態異常回復用のポーションを開発したいと伝える。
所長は一度視線を落とし、少し考え込んだ後に、こちらをじっと見つめた。
「少し前から状態異常回復用のポーションについて熱心に調べていたのは知っていたが、またどうして作ろうと思ったんだ?」
「えーっと、それは……」
テンユウ殿下は他の人に知られたくなさそうな様子だったため、詳細を伝えるのは気が引ける。
けれども、研究所でポーションを作る以上、所長に報告しないという訳にはいかない。
相反する気持ちの間で板挟みになり、視線が泳ぐ。
そうして、言い淀んでいると、所長が大きく息を吐く音が聞こえた。
「テンユウ殿下か?」
「……はい」
私の葛藤を見て取った所長は、ぴたりとその原因を当てた。
何に悩んでいたかなんて、まるっと、お見通しらしい。
観念して頷くと、苦笑いが返ってくる。
「何悩んでるんだ? 殿下に口止めでもされたか?」
「いえ、口止めはされてないんですけど、あまり他の人に知られたくなさそうな感じだったので……」
「そうか。それでも、きちんと伝えないといけないだろう? お前の身の安全を守るためには必要なことだ」
「はい……。申し訳ありません……」
所長の言う通りだ。
後ろめたさはあれど、スランタニア王国の研究所に籍を置いている身としては、所長にきちんと報告する義務がある。
それに、テンユウ殿下の本当の目的については、王宮の上層部も気にしていた。
理由はもちろん、【聖女】である私の身の安全のためだ。
それなのに、テンユウ殿下の気持ちを考えると、正直に伝えていいものか迷ってしまったのだ。
テンユウ殿下ともう少し研究の話をしたいという自分の欲を優先させてしまった後ろめたさもあったんだと思う。
実際に所長に指摘されて、改めて考えると、自分のダメさ加減に落ち込んだ。
「それで? 徐々に体が動かせなくなるだったか? 聞いたことのない症状だが……」
「故郷では同じような症状の病気がいくつかあったんです」
内心反省していると、雰囲気を変えるためか、所長は話題を変えた。
落ち込んだ気分を少し引きずりながらも、所長からの質問に答える。
「へぇ。治療薬もあったのか?」
「いえ、確かなかったと思います」
「故郷でもなかった物を作ろうとしているのか?」
「はい。こちらには故郷になかったものがあるので、逆に治療法が見つかるんじゃないかと思いまして……」
「可能性は無きにしも非ずだが、見つけるのは難しそうだな」
「所長もそう思いますか?」
「まぁな。だが、いいんじゃないか?」
所長からの難しいというお墨付きに問い返せば、所長は頷きながらもニッと笑った。
思わぬ反応に、所長をぽかんとした表情で見てしまう。
話の流れから、てっきり反対されるかと思っていた。
「えっ? いいんですか?」
「別にいいだろう? 研究にはよくあることだ。難しいほどやる気になる奴もいるしな」
「でも……」
「テンユウ殿下が研究員達に良い刺激を与えているのは、俺も評価している。その恩返しに、少しばかり力を貸すくらいはいいだろう?」
「……、ありがとうございます」
私の罪悪感を減らすように、所長は明るい口調で、許可を出してくれた。
それがとてもありがたく、苦笑いに近い形にはなってしまったけど、自然と口が弧を描いた。
「あー、そうだ。治療法が見つかっても、作るのは時と場所を選べよ。流石にお前の実力までバレる訳にはいかないからな」
「分かりました」
暗に、試作する場合はテンユウ殿下がいないときに作るように言われる。
調査の許可が貰えたことだけでもありがたく、その言葉に異論はない。
大人しく頷くと、所長の雰囲気がほっとしたように緩んだ。