97 頭痛薬
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テンユウ殿下の目的は分からないままだけど、上級の状態異常回復ポーションの知識は増えた。
あれからずっと、調べていたのよね。
最初に借りてきた本以外にも借りてきて、次々と読み進めている。
元々、ポーションには興味があるのだ。
興が乗ってしまうのも仕方ない。
調べているときに気付いたのだけど、やはり薬とポーションは似て非なる物らしい。
薬よりもポーションの方が即効性がある。
飲んだらすぐに効果が表れるのだ。
HP、MPポーションだけでなく、状態異常回復ポーションも同様のようだ。
また、薬と違って悪い副作用がない。
これは本を読んでいて気付いたのだけど、ポーションについて書かれている本には副作用の注意書きがないのだ。
薬草について書かれている本にはあるのにね。
だから、副作用がないのだろうと思った。
他の研究員さん達にも確認したけど、同じ認識だったので、多分間違ってはいないと思う。
副作用が抑えられている理由は不明だ。
研究員さん達に聞いたところ、誰も調べたことがないらしい。
悪い作用が出ない理由よりも他に調べたいことがあって、後回しにしていたのだと思う。
研究に使える資源は有限なので、後回しにされるのは仕方のないことなのかもしれない。
それから、状態異常回復ポーションの定めではあるけど、やはりレシピの種類は多い。
日本の薬と同じように、同じ症状を治す物でも、使用する材料が異なれば、付随する作用も微妙に異なった。
そのため、各ポーションの説明書きは非常に長文で難解だ。
読んでいると頭が痛くなるほどに。
「セーイー」
「何かしら?」
薬草を入れた小鍋を掻き混ぜていると、後ろから声を掛けられた。
呆れた様子が窺える声音に、振り返るのが躊躇われる。
その気持ちのままに、振り返りもせずに返事をすると、溜息が聞こえた。
隣に気配を感じたので恐る恐る横を見上げれば、予想していた通り、呆れた様子を隠しもしないジュードが立っている。
あぁ、やっぱり……。
「何作ってるの?」
「頭痛用のポーション」
「この間、読んでいた本に載ってたやつ?」
「そうそう。調べてみたら面白くって」
いくら面白くても、難解な文章が続けば飽きる。
そこで、気分転換がてらに、一つ試しに作ってみることにした。
選んだのは、数あるポーションの中でも、馴染みのある症状を治す物だ。
「それは分かるけど、作る必要あるの? 実験には使わないよね?」
「実験には使わないけど、実践は必要でしょ? それに、備えあれば憂いなしって言葉もあるし」
「え? そんな言葉あったっけ? どこの言葉?」
「どこだったかな?」
「覚えてないんだ……。それはいいとして、備えと言ってもセイには必要ないでしょ? 魔法が使えるんだし」
「私は必要ないけど、他の人は必要だよね?」
「そうだけど。上級のポーションなんて高くて、普通は誰も使わないよ?」
ジュードのいう通り、普通は病気を治すのにポーションは使わない。
薬草を粉にしたり、煎じたりして飲む方が一般的だ。
何と言っても、病気を治す物は上級のポーションであることが多く、薬草よりも非常に高価だからね。
貴族といえども、そう簡単には使わない。
上級のポーションが高価になってしまう理由の一つは、薬師の技術料だ。
作れる薬師が少ないため、自然と高くなってしまうのよね。
また、作るのに必要な材料も高価なことが多い。
「この薬草も結構いい値段……しないね」
「うん。今作ってるポーションの材料は手に入りやすいのよね」
ただ、物によっては安い材料でできるポーションもある。
そのうちの一つが、今作っている頭痛用のポーションだ。
頭痛用のポーションに使われる薬草は栽培しやすいため、安価なのだ。
「それに、材料は依頼者から提供してもらったから、掛かるのは手間だけね」
「依頼者?」
怪訝な表情を浮かべるジュードに、依頼者は研究員さん達だと伝える。
出来上がったポーションを渡す代わりに、研究員さん達から材料である薬草を提供してもらったのだ。
これなら、材料費は掛からない。
しかも、手間賃としてポーションの一部を貰える。
研究員さん達にとっても、お店で買えば高価なポーションが、自分で育てている薬草を渡すだけで手に入るので、双方にとってお得な取引だと思う。
ちなみに、取引を持ち掛けてきたのは、ある研究員さんだ。
私が上級の状態異常回復ポーションを作ろうとしていることに気付いて、その人が頭痛用のポーションを薦めてくれた。
何故、研究員さんが取引を持ち掛けてきたかというと、その人が片頭痛持ちだったからである。
そして、話を聞きつけた他の頭痛持ちの研究員さんも話に乗ってきた。
研究員さん達には片頭痛持ちが多い。
ある意味、職業病なのだろうか。
規則正しい生活を送れば、改善されそうなものなのだけど、改善しないというか、できない人達が一定数いる。
研究に没頭してしまって寝食を忘れてしまう類の人達が。
話に乗ってきた研究員さん達は、そういう人達だった。
「材料だけで済むからって、贅沢な話だね。煎じて飲めばいいのに」
「そうね。でも、ポーションだと、すぐに効き目が表れるから、それがいいみたい。さて、できた」
ジュードと話している間に、ポーションが完成した。
小鍋から瓶に移すところはジュードも手伝ってくれたので、思ったよりも早く作業が終わった。
早速、材料を提供してくれた人達に配りに行こうとすれば、それも手伝ってくれると言う。
お礼に、ジュードにも私の分のポーションを少し分けてあげることにした。
何だかんだ言っていたけどポーションを貰えるのは嬉しかったらしく、いい笑顔で受け取ってくれたわ。
出来上がったポーションを研究員さん達に届けると、皆喜んでくれた。
背を向けた後に、「これで〇徹行ける」って言葉が聞こえたのは気のせいだろうか?
ちゃんと寝てください、ちゃんと。
一人あたり一、二本程度のポーションしか渡していないので、ポーションはいざというときのために取っておいて欲しい。
それから暫くして、頭痛用のポーションを渡した人達から報告を受けた。
気が向いたから作った物で、使用結果の報告なんて期待していなかった。
けれども、そこは研究員。
律義に報告してくれたのだ。
結果は少しだけ予想していた通りというか、効果が表れなかった人がいた。
一口に頭痛用のポーションと言っても数種類ある。
その中から片頭痛に効きそうな物を選んで作ったのだけど、一部の人には合わなかったようだ。
素人判断で作った物だったので心配していたのだけど、体調不良になった人はいなかった。
本に書かれていなかった通り、ポーションに副作用はないようだ。
元より、研究所にいるのは薬草に精通している人達だ。
しかも、自身の体で人体実験をしようとする研究員さん達だ。
材料である薬草が自身の体に悪影響を及ぼさないことは見越していたし、効果がなくても苦情を言うような人はいなかった。
ただ、効果が表れなかったという人達には、一度ちゃんと医者に診てもらった方がいいという話をしたわ。
本当は魔法で治してしまおうと思ったんだけど、実験に丁度いいからと丁重に断られたのよね。
流石というか何というか……。
「難しいわねぇ」
「どうしたの?」
手元にある頭痛用のポーションを翳しながら、独り言ちていると、ジュードに声を掛けられた。
振り返り、苦笑いを返す。
「状態異常回復のポーションは選ぶのが難しいなと思って」
「あぁ、この間の。そうだね」
頭痛用のポーションを渡した研究員さん達から話を聞いたのか、ジュードも苦笑いをしながら頷いた。
「やっぱり、お医者さんに診てもらってから選ぶしかないのかしら」
「それが一番無難だね。まぁ、診てもらったところで、治すのにポーションを勧められることはないと思うけど」
「そうね……」
ジュードに返事をしつつ、考えるのはテンユウ殿下のことだ。
相変わらず、テンユウ殿下の目的は不明だ。
ただ、仮に目的が上級の状態異常回復ポーションの入手だとしよう。
その場合、果たしてポーションを手に入れるだけで済むのだろうか?
今回の結果を鑑みると、それだけでは済まない気がする。
そして、あれほどポーションに精通しているテンユウ殿下が、そのことに気付いていないとは思えない。
だとすると、テンユウ殿下の目的はポーションの入手ではなく……。
考えるほどに重くなる気分を払うように、頭を振る。
そして、手に持った頭痛用のポーションを保管用の箱の中に片付けた。