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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第三章
116/205

96 探る

ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます!

 王宮の図書室から借りてきた本を読んでいると、研究所の入り口から少しだけ賑やかな声が聞こえてきた。

 朝予告があった通り、テンユウ殿下がやって来たようだ。

 喧騒が徐々に近付いてくるのを聞きつつ、ページを捲る。



「ごきげんよう」



 後ろから掛けられた声に、さも今気付きましたという風に振り返る。

 視線の先にはテンユウ殿下とお供の人に、護衛の騎士さんが二人。

 それから、ここに来るまで話していたと思われる研究員さんがいた。


 てっきり入り口で立ち止まっているかと思いきや、テンユウ殿下はそのままこちらに向かって歩みを進めている。

 こちらがまだ挨拶をしていないのを気にした風もない。

 礼儀として、挨拶をするために立ち上がろうとすれば、手振りでそのままでいいと示される。

 そして、テンユウ殿下は背後から机の上に広げられた本に視線を落とした。



「今日は何か調べ物をしているのですか?」

「はい。上級の状態異常回復用のポーションを調べているところです」

「上級の?」

「はい。普段作るのは中級の物なのですが、先日殿下と話した際に少し気になったので、これを機に少し勉強してみようかと思いまして……」



 調べていた物について話せば、狙い通り、テンユウ殿下の興味を引けたようだ。

 テンユウ殿下は興味深そうに、書かれている内容に視線を走らせた。

 そのことに、内心で一息吐く。


 先日、フランツさん達と話してから、今後の対応をどうしようかと頭を悩ませた。

 テンユウ殿下の留学期間は約一年だと聞いている。

 その間、正体を隠し通せる自信がなかった。


 ならば、どうするか?

 今まで通りに対応するのが正解なのかもしれない。

 でも、このまま時が過ぎるまで立ち止まっているのは気が進まない。

 なけなしの頭で考え出した結果、問題の早期解決のために行動することにした。


 まずはテンユウ殿下の目的を探ってみることにした。

 目的を知らなければ、こちらも動きようがないし、知らないままでは不利益を被る可能性もあるしね。

 情報は大事。


 後は、正体がバレてしまうことに怯えて過ごすのに疲れたのも理由の一つ。

 フランツさん達と色々話したけど、結局のところ全ては仮説に過ぎない。

 色々な仮説を想定して、あちこちに気をやらなければいけないのは非常に疲れる。

 だったら、目的をはっきりさせて、その上で動いた方が楽だ。


 とはいえ、積極的に探るのは、これまた地雷を踏みそうだった。

 そこで、消極的に探ることにしたのだ。

 例えば、テンユウ殿下の目的に沿いそうな物を置いておいて、会話を誘導するとかね。


 そうして、これまでのテンユウ殿下との会話から当たりを付け、王宮の図書室から本を持って来た。

 それが、上級の状態異常回復ポーションのレシピが書かれた本だった。



「上級の状態異常回復ポーションは、病気を治す物が多いですよね」

「そうですね。我が国でもそうですが、こちらの国でも同じようですね」

「えぇ。種類が多過ぎて、流石に全ては覚えられませんね」



 苦笑いを浮かべながら、ポーションの種類の多さに愚痴を吐くと、テンユウ殿下も同じような表情を浮かべた。

 やっぱり、多岐に渡り過ぎてるわよね。


 正直に言うと、上級の状態異常回復ポーションについては、ほとんど知らない。

 テンユウ殿下から情報を引き出すために、ちょっと知ったふりをしたのだ。


 状態異常回復ポーションに詳しくないのは、覚える必要に迫られなかったからだ。

 製薬スキルのレベル上げには上級HPポーションを作っていたしね。

 それに、普段ほとんど作る機会がないからというのも理由の一つ。


 王宮で使われる上級の状態異常回復ポーションについては、私が喚び出される以前からの通り、他から仕入れている。

 全てのポーションを研究所で作った物に差し替えてしまうのは、色々と問題があるからだそうだ。

 今まで王宮で利用していた商会とのお付き合いもあるしね。

 そのため、研究で使う以外の上級の状態異常回復ポーションを研究所で作ることはない。



「使っている薬草も、我が国と変わりませんね」

「そうなんですか?」

「はい。この辺りに書かれている物に限ってですが」

「では、ザイデラの方がポーションの種類が多そうですね。先日伺った話では、こちらでは使われない薬草を使った物もあるというお話でしたし」

「どうでしょうか? こちらの国で作られる上級の状態異常回復ポーションのレシピはこれで全てなのでしょうか?」



 何となく、来たという感じがした。

 ただの野生の勘なので、外れている可能性はある。

 それでも、少しドキドキしながら返事をした。



「この本は図書室で偶々目に付いた物なので、探せば他のレシピが載った本もあるかもしれませんね。どういった物をお探しですか?」



 少しだけ踏み込んで問い掛けると、テンユウ殿下の視線が僅かに揺れた。

 言おうかどうしようか迷っているのかしら?

 早く聞きたい思いはあるけど、ジッと耐える。

 急かしてしまって、結局話してもらえないというのは怖い。



「特に、これといった物を探しているのではないんです。珍しいレシピがあれば知りたいと思ったくらいで」

「そうですか」



 テンユウ殿下は一度口を引き結んだ後、微笑みながらそう言った。

 声の調子だけであれば、普通に話しているように聞こえただろう。

 けれども、一瞬浮かべた表情は、そうではないと物語っていた。

 恐らくそれに気付いたのは、テンユウ殿下の顔を見ていた私だけだ。



「それにしても、状態異常回復のポーションって本当に種類が多いですよね。いっそ、症状関係なく治せるポーションがあればいいんですけど」

「症状関係なく……」

「はい。例えば、万能薬のような。そうすれば覚えるレシピも少なくて済みますし」



 話してもらえなかったことを残念に思いながら、気を取り直すように軽口を叩く。

 話すのは、取り止めもないことだ。


 万能薬。

 読んで字の如く、何の病気にも効く薬だ。

 日本でやっていたゲームには、そんな名前の物があった。

 たとえ作るのが難しくても、そういうポーションがあれば、覚えるレシピは一つだから楽なのになと思ってしまう。

 テンユウ殿下はというと、「万能薬……」と小さく呟いた後、「本当にそんなポーションがあればいいですね」と目を細めた。



「万能薬があれば、未だ治療法が見つかっていない病も治せそうですね」

「そうですね。それに、一見何の病気か分からないようなものも治せてしまえそうですよね」

「確かに。貴女は病にも詳しいのですか?」

「いえ、どうでしょう?」



 病気に詳しいかと言われると、何とも言えない。

 医者ではないけど、元の世界では色々な情報が手に入りやすかった。

 それもあり、こちらの世界のお医者さんが知らないようなことも知っている可能性はある。

 ただ、それを踏まえても、詳しいと言い切ってしまうのは気が引ける。

 結果として、疑問形で返してしまった。


 そのせいかテンユウ殿下が怪訝な表情を浮かべたので、症状には詳しいとだけ追加で答えた。

 治療法までは分からないからね。



「症状ですか。例えば、どのような症状があるのでしょうか?」

「病気に見えない症状というと……、どれだけ寝ても眠くなるとかでしょうか」

「眠くなるのは普通のことでは? それは病なのですか?」

「はい。寝不足のせいでもなく、昼夜時間を問わず眠くなる病気です」

「そんな症状の病があるのですね。他にもありますか?」

「そうですね……。後は、だんだん痩せて動けなくなるとか」

「……、痩せて、動けなくなるのですか?」

「はい。動けなくなると言っても、筋肉が急激に衰える場合や固まってしまう場合等、細かい症状が異なったりもするんですけど……」



 あまり詳しくは覚えていない。

 でも、同じ症状に見えて違う症状だったということは、よくあったはず。

 昔見聞きしたうろ覚えの内容を口にすると、テンユウ殿下はひどく真面目な表情をして考え込んだ。



「殿下、そろそろお時間です」

「もう、そんな時間か……。今日も有意義なお話をありがとうございました。是非またお話を聞かせてください」

「はい」



 会話が途切れたのを見計らったように、お供の人が殿下に声を掛けた。

 今日はこの後に予定が入っていたようだ。


 殿下が退室する姿を見送って、ひっそりと息を吐く。

 今日は殿下の目的を知ることはできなかった。

 けれども、上級の状態異常回復ポーションが殿下の興味を引いたのは間違いない。

 一瞬浮かべた表情から考えると、それこそが目的に思えた。


 とはいえ、まだ確定した訳ではない。

 引き続き、様子見の日々は続くようだ。


 疲れる日がまだしばらく続きそうなことを嫌だなと思いつつ、その気持ちを払うように両手を上げて背伸びをする。

 取り敢えず、まずは借りてきた本を読破することにしよう。

 何だかんだで、ポーションのレシピを眺めているのは楽しいもの。

 そうして、再び机の上の本に目を落とした。


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