94 思い付き
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テンユウ殿下を避けなくても良くなってからというもの、私は研究所にいる時間を増やした。
本音を言うと、以前と同じように研究所で暮らしたかったのだけど、そちらは許可が下りなかった。
部外者が頻繁に立ち入る研究所よりも、警備がしっかりとしている王宮の方がまだいいということでね。
そんな訳で、今日も研究所で作業をしていると、テンユウ殿下が訪れた。
研究員さん達から話は聞いていたけど、本当に頻繁にやって来る。
王宮の侍女さん達の噂話では、ここ以外にも彼方此方に顔を出しているという話だ。
総合すると、ちゃんと休んでいるんだろうかと心配になるくらい、過密スケジュールをこなしていそうなのよね。
いつか倒れないといいけど。
「今日もポーションを作られているのですか?」
「はい」
小鍋をかき混ぜながら、テンユウ殿下と話をする。
普段であれば大鍋で一気に作ってしまうのだけど、テンユウ殿下が来る日は一般的な作り方で作っている。
正直、面倒だ。
けれども、これもまた所長からの言いつけ。
きちんと守らないと、後が怖い。
ついでに言うと、大鍋で作っているところを見られると、テンユウ殿下から追及されそうだというのもある。
どちらがより面倒ではないかと比べれば、所長の言い付けを守る方に軍配が上がる。
だから、普通に作るのだ、普通に。
「作られているのは、やはり中級HPポーションですか?」
「そうですね。これが一番需要があるので」
「他のポーションは作られないのですか?」
「たまにMPポーションを作ったりしますよ。もちろん、中級のですけど」
「そうですか」
宮廷魔道師さんよりも騎士さんの方が人数が多いのもあり、研究所で作るポーションはHPポーションの方が多い。
研究所では、HPポーションが四分の三、MPポーションが四分の一といった割合で作られる。
他のポーションも作るけど、二つのポーションに比べれば、微々たる量だ。
ちなみに、同じレベルの物であれば、 HP、MPどちらのポーションを作ってもスキルレベルの上がり方は変わらないので、レベル上げのときはHPポーションを作ることが推奨されている。
それにしても、テンユウ殿下の期待していた答えではなかったのだろうか。
MPポーションを作ると言った後のテンユウ殿下は表情を変えないものの、少し気落ちしているような雰囲気を醸し出していた。
何を期待していたのか、確認した方がいいのかしら?
そう考えていると、テンユウ殿下が口を開いた。
「HP、MPポーション以外のポーションは作られないんですか?」
「以外ですか? そうですね、他のポーションは外から仕入れている物を使っているので」
「では、貴女は全く作られたことはないと」
「簡単な物なら、状態異常を回復する物なんかを作ったことはありますよ」
中級のポーションが作れるスキルレベルがあれば、いくつかの状態異常を回復するポーションも作れる。
レシピが分かっている物に関しては、試しにと、一度作ったことがあった。
それを伝えると、どんな状態異常を回復する物だったのかと聞かれたので、作った物の中で、有名な物をいくつか挙げる。
それらのポーションについては、やはりテンユウ殿下もレシピを知っていた。
そこから徐々に話は広がり、ザイデラで作られている状態異常回復用のポーションの話になった。
テンユウ殿下が教えてくれるレシピには、同じ効能のポーションでも聞いたことがない材料が使われているものもあった。
どうやら、ザイデラでしか取り扱われていない物のようだ。
やはり国が違えば植生も違うのね。
そのレシピの話をテンユウ殿下が口にしたときに、お供の人の眉が一瞬動いたので、もしかしたら一般的なレシピではなかったのかもしれない。
国家機密でないことを祈る。
そんなこんなで、テンユウ殿下とする話は面白く、気付けば終業時間となっていた。
こんなに遅くまで話していたのは初めてで、一瞬時間は大丈夫だろうかと心配になったのだけど、問題はなかったようだ。
今日はもう予定は入っていなかったと聞いて、胸を撫で下ろした。
そんな話をした翌日、王宮の図書室にやって来た。
置いてあるかは分からないけど、ザイデラの植物に関する本がないか、探しに来たのだ。
テンユウ殿下については、色々と考えなければいけないことがある。
でも、それはそれ、これはこれ。
ポーションについて研究している身としては、テンユウ殿下から聞いたザイデラ特有の材料の話は非常に興味深かったのだ。
クラウスナー領にいたときに学んだことと組み合わせたら、新しいポーションを作り出せるかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられなくなってしまった。
ザイデラに関して書かれている本がないかと探せば、いくつかの本は見つかった。
しかし、予想通りというか何というか、その数は少ない。
更に、外交に必要となる社会経済に関する内容の、本というよりは報告書のような物が多く、植物が専門に書かれている本は見つからなかった。
司書さんにザイデラの植物図鑑が欲しいと言えば、すぐに取り寄せてくれるだろうとは思う。
けれども、ここは異世界。
外国の書物が届くまでには、かなりの時間が掛かる。
ノリと勢いで図書室まで来てしまった身としては、その時間が待ちきれない。
こうなったら、今ある本の中から植物に関する記述を探すか。
そう思って、ザイデラの経済に関して書かれている本を手に取る。
流し読みしてみれば、期待通り、ザイデラ各地の特産品が記載されていた。
特産品に注目したのは、クラウスナー領と同じように薬草を特産品としている土地がないかなと思ったからだ。
他国のことについて書かれている本なので、年代も微妙に古ければ、書かれている内容も網羅されたものではないだろう。
それでも、少しでも何か面白いことが書いてあればと、目を通した。
「んー、残念。載っていないわね」
最初に手に取った物以外の本も一通り目を通したけど、期待していた情報は載っていなかった。
両手を上げ、背伸びをしながら、これはもう取り寄せるしかないかと頭を切り替える。
取り寄せる方法として、一番手っ取り早いのは、ここの司書さんにお願いすることだ。
王宮からの依頼ということで、手にはいる本の幅も広いだろう。
でも、少し悩ましい。
ザイデラの薬草を調べなければいけない理由は、今のところない。
単純に個人の趣味だ。
そんな個人的なことに、王宮の司書さんの手を煩わせてしまうのは、少し申し訳ない気がする。
もっと大手を振ってお願いできる理由があれば、遠慮なくお願いできるんだけど……。
他に何か方法はないだろうか。
少し考えて、ふとフランツさんの顔が思い浮かんだ。
化粧品を卸すために作られた商会だけど、何だかんだで、ザイデラの食料品の輸入もお願いしている。
書籍は畑違いのような気もするけど、今更だろう。
それに、王宮の司書さんにお願いするよりは気安い。
実際に取り寄せられるかは分からないけど、聞いてみるだけ聞いてみよう。
次の休みに商会へ行こうと考えながら、席を立ち上がった。