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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第三章
113/206

93 訪問

ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます!

 テンユウ殿下との予期せぬ遭遇の後、すぐさま、そのことを所長に報告しに向かった。



「何だって? テンユウ殿下がいらっしゃったのか?」

「はい、薬草畑で水遣りをしていたら、急に後ろから声を掛けられまして……」

「おいおい、聞いてないぞ」



 ジュードと二人で報告すると、所長は片手で目元を覆い、天を仰いだ。

 所長の話では、テンユウ殿下が研究所に来るという連絡は来ていなかったらしい。


 事前にそういう連絡が来ていれば、朝一で私達にも伝えられたはずだ。

 特に、私は顔を合わせないようにしていたので、王宮から連絡が来たら朝一でなくともすぐに伝えられただろう。

 でも、そんな話は聞いていない。


 どちらともなく、ジュードと顔を見合わせる。

 気持ちは同じだろう。

 所長もか。


 所長もすぐに王宮へと連絡をした。

 報連相は大事。

 そして分かったことは、王宮もこのテンユウ殿下の訪問を把握していなかったと言うことだ。

 どうやらテンユウ殿下は無断で研究所まで来たらしい。

 それでいいのか?

 いや、よくない。


 もちろん、このことは問題となった。

 何と言っても、テンユウ殿下は他国の王族だ。

 そんな人が、王宮の中をフラフラと歩いているのは問題である。


 更に、テンユウ殿下が現れたのは機密情報満載の国の研究施設。

 本人曰く、散歩をしていて迷い込んだそうなのだけど、産業スパイかと疑われても仕方がない。

 しかも、その施設が【聖女】がいる薬用植物研究所となると、余計にね。


 しかし、薬用植物研究所に【聖女】がいることは、ザイデラ御一行には伝えていなかった。

 そのため、今回はテンユウ殿下に厳重注意するだけで済ませたようだ。

 ただ、テンユウ殿下に護衛という名の監視が常時付くようになったのは仕方がない話だろう。


 ちなみに、何故最初から護衛が付いていなかったのかというと、付いていなかった訳ではないらしい。

 最初は担当の騎士さんが付いて行こうとしたらしいのだけど、やんわりと断られてしまったらしいのよね。

 ちょっと外の空気を吸いに、部屋から見える庭に出るだけだからって。

 それでも、騎士さんは念のために少し離れたところで見守っていたらしいのだけど、途中で他の人に声を掛けられて少し目を離した間にテンユウ殿下の姿を見失ったそうだ。

 一度断られた手前、後を付けていた騎士さんが一人だったのも災いしたんだと思う。


 何だか色々な不幸が重なって、テンユウ殿下と遭遇してしまったのだけど、薬用植物研究所の視察は終わってるし、今後はしっかりと事前連絡を貰える体制ができたようなので大丈夫だろうと、すっかり安心していた。

 それが間違いだと気付いたのは、割とすぐ後のことだった。


 元々、テンユウ殿下は自国でも薬用植物を専門で学んでいたという話だ。

 それもあってか、視察後も隙間時間を縫って、テンユウ殿下は研究所を訪れるようになった。

 それでも、事前連絡は貰えるようになったし、連絡が来たときには研究所以外の場所に行くようにしたので、テンユウ殿下と会うことはなくなった。

 しかし、テンユウ殿下から指名を受けてしまった場合はどうすればいいのだろう?



「どういうことです?」

「あー、このところ、来る度にあの黒髪の研究員はいないのかと聞かれてな……」



 ある日、呼ばれて所長室に行けば、所長が困り切った顔で話し始めた。

 このところ、ちょくちょく研究所を訪れるテンユウ殿下が、黒髪の研究員を探しているらしい。

 この研究所で黒髪というと、私しかいない。

 あの日、特に容姿について何かを言われた覚えはないけど、髪の色は覚えられていたらしい。

 特別なことを話した覚えもないし、口にはしなかったけど似た容姿に興味を引かれたのだろうか?



「それは、困りましたね……」

「あぁ、困った……」



 所長と二人、互いに眉を下げる。

 テンユウ殿下に探されていたとしても、王宮から顔を合わせないように言われている身としては「じゃあ会いましょうか」とは言えない。

 しかし、一度会っている以上、会わないままでいるのも問題だ。

 如何にも避けているように見えるしね。

 まぁ、見えるも何も、実際に避けているのだけど。

 ただ、それを相手に気付かれるというのが問題なのだ。


 どうしたものかと二人して悩んだけど、結局のところできることは一つだ。

 王宮に相談しようという結論に至った。

 悩んだときは、お上に聞くに限る。


 相談をした翌日、王宮から返事が来た。

 所長から聞いたところによると、王宮でも一度顔を合わせてしまった以上、避け続けるのは問題だろうという話になったようだ。

 渋い顔をした所長から、次のテンユウ殿下の訪問時には、私も研究所にいるようにと言われた。

 また、テンユウ殿下に会う際の注意事項についても、いくつか指示を受けた。


 そして、王宮からの返答が来た二日後、テンユウ殿下が研究所に来るという連絡が来た。

 見計らったかのように早い気がするけど、多分気のせいだろう。

 連絡によると、テンユウ殿下が研究所に来るのは昼下がり。

 他の用事を済ませてから来るらしい。



「あっ……」



 テンユウ殿下の訪問日。

 騎士団へ卸す予定の中級HPポーションを瓶に詰めていると、部屋の入り口から小さな声が聞こえた。

 一緒に作業をしていたジュードと共に声のした方を見ると、目を丸くしたテンユウ殿下とお供の人達が立っていた。

 手に持っていた瓶を作業台の上に置き、目上の人に対するお辞儀をすると、すぐに「楽にしてください」と声が掛かる。



「ポーションを作られているところですか?」

「はい」

「随分と多いですね」

「王宮で使う分も研究所で作っているので、多くなるんですよ」



 やっぱり、最初に言及されるのは量らしい。

 最近は突っ込まれることもなかったので、少し新鮮だ。

 研究所にいる人達は既に感覚が麻痺しているからか、この光景を見ても何も言わないのよね。


 机の上にずらりと並ぶポーションを、テンユウ殿下は驚いたような顔で眺めていた。

 今日はテンユウ殿下が来ると聞いていたから、これでも量を減らしたんだけど、まだ多かったようだ。



「こちらはお一人で作られたのですか?」

「いえ……」



 一般的な薬師が一日に作るポーションの量を知っていれば、ありえないことをテンユウ殿下は言った。

 薬用植物に詳しいというテンユウ殿下が、そのことを知らないということはないわよね。

 何故、そう思ったのかしら?

 テンユウ殿下の質問に否定を返しつつ、不思議に思って首を傾げると、テンユウ殿下は恥ずかしそうに笑みを浮かべながら「そうですよね」と呟いた。

 自分でも突拍子もないことを口にしてしまったのに気付いたのかもしれない。


 もちろん机の上に並んでいるポーションは全て私一人で作った物だ。

 けれども、所長からは、私のポーション作りの腕をなるべく隠すように言われている。

 だから、テンユウ殿下の質問に対しては嘘をついたのだけど、小心者故に非常に後ろめたい。

 そう思っていたからか、話はそこで一旦途切れ、部屋の中には沈黙が降りた。

 何となく気まずくて、テンユウ殿下に軽く会釈をしてから作業に戻る。

 テンユウ殿下も同じ気持ちだったのか、咎められることはなかった。


 黙々とポーションを瓶詰めしていると、同じように黙って作業を見ていたテンユウ殿下から、詰めているのは中級HPポーションかという問い掛けがあった。

 頷くと、テンユウ殿下は顎に手を添えて思案げな表情を浮かべる。

 今度は何だろうか?



「上級HPポーションは作られないのですか?」

「上級ですか?」



 唐突な質問に、思わず質問で返す。

 言ってしまった後から、質問に質問を返すのは失礼だったと、慌てて答えようとすれば、テンユウ殿下は気にした風もなく言葉を続けた。



「手分けをして作られているというお話でしたが、これだけの量を、毎日とは言わないまでも頻繁に作られているのであれば、上級のポーションも作れる方がいるのかなと思ったのです」

「そうですね……、確かに作れる人はいます。でも、失敗することの方が多いので、あまり作らないですね」

「失敗?」

「はい。製薬スキルのレベルが高くないと、失敗ばかりしてしまうのです。上級の材料は高価な物が多いですし」

「あぁ、確かにそうですね」



 製薬スキルのレベル上げをするためには、多くのポーションを作らなければならない。

 中級のポーションを作ることによって、上級のポーションをあまり失敗しないレベルまで上げようとすると、一般的な薬師であれば何年も掛かる。

 上級のポーションでレベル上げをしようとすると、掛かる年数は少なくなるが、今度は必要な材料費が非常に高額になる。

 しかも最初のうちは失敗ばかりするので、出来上がったポーションを売って材料費を回収するということもできない。


 また、何とか中級のポーションでレベルを上げ切るところまでいったとしても、それ以上は上級のポーションを作らないとレベルが上がらない。

 そして、上級のポーションでレベル上げをしたとしても、やはり費用が問題になる。

 材料費が掛かるということは、売値も高いということ。

 上級のポーションは買える人が限られてしまって、中々売れないため、材料費を回収するのが難しいのだ。

 結果的に、上級のポーションをほとんど失敗せずに作れるようになるまで製薬スキルのレベルを上げられる人は非常に限られてしまうのだ。

 それが一般的な認識だ。


 テンユウ殿下も、そういった製薬スキルに関する背景を知っているからか、軽く説明をするだけで納得してくれた。


 ちなみに、今の私は上級のポーションといえども、作製を失敗することはない。

 そこまで製薬スキルのレベルを上げられたのは、普通の薬師よりも多い魔力と、研究所という環境のお陰だろう。


 基礎レベルが高く、最大MPが多いせいか、私は巷の薬師よりも多い量のポーションを一日に作ることができる。

 しかも、上級のポーションの材料は研究所の薬草畑に生えているため、費用もそれほど掛からない。

 作ったポーションは騎士団に卸しているので、費用の回収も円滑に行える。


 そういった条件が揃ったお陰で、失敗を恐れずにレベル上げをすることができたのよね。

 今となっては、所長に怒られたのもいい思い出(?)だ。


 もっとも、私の製薬スキルのレベルがそこまで高いことは、テンユウ殿下には内緒だ。

 所長からの指示でね。


 その後は、特に当たり障りのない薬草の話ばかりをしていた。

 そして、瓶詰め作業が終わったところで時間が来たようで、テンユウ殿下は研究所を後にした。

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