舞台裏16 風説
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御前会議は月に一回行われる。
参加者は、国王と宰相、それに各大臣と、スランタニア王国の重鎮のみだ。
その月に一度の定例の中で、【聖女】のお披露目と舞踏会を行うという話が国王より伝えられた。
以前より、そろそろ開催を、という話が上がっていたため、その報せは何の驚きもなく受け入れられた。
通達と共に、【聖女】への対応で気を付けることなどが宰相より連絡される。
それらの内容は【聖女】に配慮したものであり、貴族達が思い浮かべていた未来への差し障りとなることもあった。
例を一つ上げるならば、【聖女】へのお茶会や夜会の招待状を王宮が取り纏めることだろうか。
これによって、社交に不慣れな【聖女】を担ぎ出し、縁を繋げようと思っていた者達は予定変更を余儀なくされる。
会議に参加していた大臣職を預かっているような者達は心の内を表面に出すようなことはなかったが、これから話を聞く貴族の中には不快を隠さない者もいるだろう。
そう予想させる内容だった。
「それでは、今日の会議はここまでとする」
宰相の一言で御前会議が終了する。
会議が終了した後も、その場に留まって内務大臣と財務大臣が立ち話をしているのを横目に、軍務大臣であるヨーゼフは部屋を後にした。
王宮にある自身の執務室へと向かっていると、正面からアシュレイ侯爵が歩いてくるのにヨーゼフは気付いた。
緩やかな癖のある金髪に、目尻が下がった蒼玉のような瞳は柔らかな雰囲気を感じさせ、アシュレイ侯爵を年齢よりも若く見せた。
しかし、人当たりの良さそうな見かけに反して、かなりのやり手であり、ヨーゼフにとって油断ならない相手である。
また、第一王子の婚約者、エリザベス・アシュレイの父親でもあった。
ヨーゼフに役職はあれど、爵位は相手の方が上だ。
年齢も上で、顔見知りでもある。
挨拶くらいはするべきかとヨーゼフが考えていると、アシュレイ侯爵が笑顔を浮かべ片手を上げた。
ヨーゼフは立ち止まり、軽く会釈をする。
「ごきげんよう、ホーク卿。会議は終わったのかな?」
「ごきげんよう、アシュレイ侯爵。会議は先ほど終わりました。閣下はこれから陛下とお会いに?」
「あぁ。陛下に呼ばれていてね。恐らく、【聖女】様のお披露目についての話だろう」
お互いにこやかに話してはいるが、揃って高位貴族、歴戦の狐と狸である。
そんなアシュレイ侯爵が世間話のように、国王に呼ばれた理由を口にした。
奥まった位置にあり、さほど人通りが多くないとはいえ、誰が話を聞いているかも分からない王宮の廊下でだ。
事実、廊下には警護の騎士も立っていれば、僅かな人数ながら侍女も歩いていた。
【聖女】のお披露目に関しては、これから内務大臣により各貴族家へと通達される。
今、公にしても問題ない情報ではあるが、こんなところでその話題に触れるのには一体どういう意図があるのか。
表情を変えぬまま、ヨーゼフは訝しんだ。
「そうですか」
「会議でもその話が出たのではないかい?」
「えぇ、丁度、陛下からお話をいただいたところです。後程、内務大臣から各家に連絡が行くでしょう」
「そうか。お披露目の後は舞踏会が開かれるのだったかな?」
「そう、聞いています」
「それは喜ばしいことだ。皆、【聖女】様にお会いできるのを楽しみにしていたからね。そういえば、【聖女】様は正式な舞踏会は初めてだったね。お相手に立候補したい者が多そうだ」
「そうでしょうね」
舞踏会についても、お披露目と同様、内務大臣から伝えられることが決まっている。
これといって、秘匿するような話題ではない。
しかし、話の途中、ヨーゼフにはピンとくるものがあった。
それはアシュレイ侯爵が【聖女】の相手に言及したときだった。
恐らく、アシュレイ侯爵の本題はこれだろうと、ヨーゼフは予想した。
ヨーゼフの考えは正しかったようで、アシュレイ侯爵は表情を変えないまま、切り込んできた。
「君のところの三男坊はどうするのかな?」
「どう、とは?」
「【聖女】様のお相手に立候補するかということだよ。まぁ、立候補するのだろう?」
「さて、どうでしょうか。弟からはまだ何も聞いていないので」
ヨーゼフの言っていることは嘘ではない。
ただ、ヨーゼフもアルベルトがセイのエスコートに名乗りを上げるだろうと予想していることを口にしなかっただけだ。
「そうなのかい? 噂では、随分【聖女】様にご執心だという話だけど」
「そのようですね」
アルベルトの噂自体は、既に貴族達の間では有名な話だ。
否定したところで説得力は皆無なため、ヨーゼフは苦笑いを浮かべながら肯定した。
ヨーゼフの首肯に笑みを深めたアシュレイ侯爵は話を続ける。
「【聖女】様も随分とホーク団長には気を許しているという話じゃないか。彼が立候補したら、その時点で決まりになりそうだと思うんだけどね」
「そちらもなんとも言えませんね。アルベルト以外にも【聖女】様と親しくしている者は何人もいますから」
「そうだね。ただ、薬用植物研究所にいる者を除けば、騎士団や宮廷魔道師団にいる者……、軍部にいる者ばかりだ」
口元に笑みを浮かべながらも、アシュレイ侯爵の瞳の奥に冷えた光が浮かんだ。
途端に、その場の空気が重さを増したが、ヨーゼフが飲み込まれることはなかった。
アシュレイ侯爵と同じように、笑みを浮かべたまま、ヨーゼフは口を開く。
「討伐でご一緒することが多いからでしょう。【聖女】様は元々、ほとんど研究所から出られないらしく、人と知り合う機会も少ないようですし」
「その話は聞いたことがあるね。精々、王宮の図書室にいらっしゃるくらいだとか」
「最近は講義を受けに王宮にいらっしゃることも多いと聞いています。軍部以外の者でも親しくなられた方はいそうですが」
「さて、そういう話はとんと聞かないな」
「どの道、舞踏会でのお相手は【聖女】様が選ばれます。我々がどうこうできるものではないでしょう」
「会議でそういう話が出たのかい?」
「えぇ。誰を選ぶかは【聖女】様に一任されるそうです。まぁ、陛下の気が変わって、お相手をすると言い出したら分かりませんが……」
基本的に、舞踏会は未婚の男女が出会う場とされている。
しかもスランタニア王国は一夫一妻制であり、既に子供が二人いる国王はセイの相手として不適格だと思われるかもしれない。
しかし、ヨーゼフが名前を上げたのには理由がある。
十年以上前に、病により王妃が亡くなっており、今現在も国王が再婚していないためだ。
独身の国王が立候補したとしても、書類上の問題は無い。
そして、ヨーゼフが言う通り、いくらセイとアルベルトが思い合っていたとしても、国王であればその間に強引に割って入ることができる。
セイはともかく、アルベルトは貴族の子息で、国王よりも地位が低いからだ。
けれども、アシュレイ侯爵はヨーゼフの言葉を即座に否定した。
「ははは……。それはあり得ない話だな。陛下が心を寄せられている方は今も昔もただ一人だ」
「そうでしたね」
セイとアルベルトの噂と同様に、国王が亡くなった王妃を深く愛していることも有名な話だった。
再婚話が幾度もあったにもかかわらず、国王が未だに独身であることがそれを証明している。
ヨーゼフがその国王を挙げたのは、偏に軍部以外の者でセイと一定以上親しい者がいないという言葉を明確に否定できなかったためである。
「さて、そろそろ移動しないと、陛下に怒られてしまいそうだ。長々と話してしまって、すまなかったね」
「いえ、こちらこそお引き留めして申し訳ありません」
我々がどうこうできるものではない。
誰を選ぶかはセイに一任されている。
それらの言葉をヨーゼフから引き出したからか、アシュレイ侯爵は話を切り上げた。
この後に国王と会う約束があると聞いていたこともあり、ヨーゼフも引き止めはしない。
「私としてはホーク団長でも構わないんだけどね」
すれ違う際に、アシュレイ侯爵がヨーゼフにのみ聞こえる声で零した言葉に、ヨーゼフは片方の口の端を上げる。
ホーク家とアシュレイ家は、軍部と文民という異なる派閥に属しているが、両家共に数代前に王家の者と婚姻を結んでいるということもあり、親国王派というところでは一致していた。
国王と親しいアシュレイ侯爵がアルベルトでも構わないということは、国王も同じ考えなのかもしれない。
アシュレイ侯爵がこんなところでヨーゼフに話し掛けて来たのは、全て、周りにいる者に聞かせるためだ。
世間話の体で話したあれこれは、結局のところ軍部に属さず、セイと接触する機会が持てないことを不満に思っている者達へのポーズだった。
あのヨーゼフの発言をもって、それらの者達のガス抜きとするのだろう。
あるいは、油断を誘うためか。
恐らく、明日明後日には、今話した内容がそれなりの範囲に広がっているだろうと、ヨーゼフは予想した。
自分の聞きたいようにしか人の言葉を聞けない者は貴族の中にもいる。
先程のヨーゼフの言葉から、セイの相手を決める際にホーク家が何も対策を取ることができないと受け取る者もいる。
そうした者達は、ヨーゼフが断言した訳でもないのにもかかわらず油断をすることだろう。
では、自分はどう動こうか。
これからのことを考えながら、ヨーゼフも自分の執務室へと向かった。