90 評判
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ザイデラの皇子様こと、テンユウ殿下が来て一週間。
講義のために王宮に来ていると、ちらほらとテンユウ殿下の噂が聞こえてくる。
私自身、テンユウ殿下が来た理由が気になっていたせいか、他の話題よりもよく耳に付いた。
スランタニア王国に到着してからまだ一週間ということもあり、噂の種類はそう多くはない。
なにせ、テンユウ殿下の行動範囲が王宮内と王立学園のみだしね。
研究所の視察も控えているけど、視察が始まるのはまだ少し後のことだ。
だから、自然と、聞こえてくる噂は王宮内のものが多かった。
噂の発信源は、身の回りのお世話をしている侍女さんだ。
噂の内容は、概ね好意的なものが多かった。
王族といえども礼儀正しく、紳士なのだそうだ。
侍女さん達の話では、護衛としてテンユウ殿下に付いている騎士さん達からの評判もいいらしい。
そんな中、王宮で恒例のお茶会が開かれることになった。
参加者はリズのみ。
講義の一環として開くため、また仕事があるということでアイラちゃんは欠席だ。
日向にいなくとも汗ばむ季節となったこの頃。
お茶会は、王宮の庭にある風通しの良い東屋で開催された。
王宮の料理人さん渾身の茶菓子は、季節柄か、爽やかな物が多かった。
いつもよりもレモンをきかせたマドレーヌに、柑橘類のムース、薬草であるレモングラスのジュレなんかもあった。
それに合わせて、飲み物も王宮のお茶会としては珍しく、紅茶ではなくハーブティーが供される。
「薬草が使われていると聞いて驚きましたけど、風味が爽やかで、この季節にはよろしいですわね」
「そうね。流石、王宮の料理人さんよね。風味のきかせ方も絶妙だわ」
「あら、こちらのお菓子はセイが考えたものではありませんの?」
「えぇ、料理人さん独自のレシピよ」
薬草の料理というと、私が考案だと思う人が多い。
しかし、ここ最近は私以外の人が考え出したものも多いのだ。
ジュレのレシピを考案したのも王宮の料理人さんだ。
研究所の食堂で薬草が料理に使われているのを見て、お菓子にも使ってみたらしい。
リズが言う通り、風味付けの塩梅も私より遥かに上手だと思う。
新しい要素を取り入れ、美味しい物を作り出すことといい、流石本職といった感じだ。
このままいけば、日本で食べていたようなお菓子が食べられる日も、近いかもしれない。
「このお茶もミントが使われているのかしら? すっとした感じがして美味しいわね」
「ミント以外にも入っていそうですわ。どなたのブレンドかしら? 家でも是非いただきたいわ」
お菓子だけでなく、ハーブティーも美味しい。
侍女さんお手製のブレンドだろうか?
この時期に飲むのにちょうど良いので、できれば私も欲しい。
後で侍女さんに聞いてみよう。
そんな風に、リズとお茶を楽しんでいたけど、これは講義の一環でもある。
しかも、このところはマナーだけではなく、政治経済等の先生にも認められているお茶会だ。
たかがお茶会、されどお茶会。
お茶会は淑女の戦場だとは誰の言葉だったか。
そこで繰り広げられる話題は、政治経済等にも深く関わるものが多いので、先生方も認めたのだろう。
お陰で、マナーの講義の時間だけではなく、他の講義の時間にも開催できるようになり、リズと時間が合わせやすくなった。
ちなみに、マナー以外の先生に交渉したのはリズだ。
普段は穏やかでも、授業となれば厳しい先生方のお許しを得られるなんて、第一王子の婚約者でもあるリズの手腕に感心するばかりである。
どうせ開くなら、色々と学べた方が効率がいいでしょうとはリズの言だ。
一体、一石何鳥を目指しているのかしら?
そういう訳で、話す内容はお茶とお菓子の感想から、講義に相応しい話題へと移った。
今話題のテンユウ殿下についてだ。
「テンユウ殿下だけど、今は学園にいるんだっけ?」
「えぇ、そうですわ」
顔を合わせないという目的のため、テンユウ殿下の行動予定は私にも開示されている。
この一週間で、テンユウ殿下が最初に向かったのは王立学園だ。
まずは同年代と交流をしましょうということらしい。
「どんな人だった? 謁見の場で見た感じでは真面目そうだったけど」
「その印象で合っていますわ」
学園ではリズ達がテンユウ殿下の相手をすると聞いていた。
侍女さん達には好評だけど、学園ではまた違った一面を見せるかもしれない。
それに、リズなら他の人が気付かないようなことでも気付いていそうな気がする。
だから、リズからテンユウ殿下の話を聞いてみたくて、話を振ってみた。
最初に抱いた印象は合っていたようだ。
学園でもテンユウ殿下は見た目通り真面目で、侍女さん達が言うように礼儀正しいらしい。
リズが愚痴りたくなるようなことも起きていないそうだ。
また、テンユウ殿下はリズ達と一緒に授業も受けていて、授業が終わった後には、その日の内容についてクラスメイト達と議論を交わすことも多いのだとか。
そのときの会話から、テンユウ殿下は幅広い知識を持っていることが分かったらしい。
「そんなに知識があるのに留学しに来るなんて、勉強熱心な人なのね」
「私もそう思いますわ。知見を深めるためにいらっしゃったと仰っていましたわね。特に植物にご興味がおありのようでしたわ」
「植物ねぇ……。植物って言っても色々あるけど、どういう植物なの?」
「それこそ色々ですわね。草花や樹木についてもお話されていましたわ。ただ、食せる物についてのお話が多かったかしら」
お互い口には出さないけど、何を気にしているのかは通じ合っているらしい。
それとなくリズは核心に触れた。
テンユウ殿下も王族だ。
幅広い知識を持っていることからも推測できる通り、王族としてそれなりの教育を受けていると思われる。
本当に知りたいことを隠して、それとなく周りから情報を収集する術なんていうのも、その教育のうちの一つだ。
故に、あからさまに植物への興味を丸出しにするといったことはないだろう。
それでも、同じように王族の婚約者として研鑽を積んできたリズから見て、「特に興味がある」ように見えたらしい。
ならば、テンユウ殿下がこの国に来た本当の目的は植物に関することなのかもしれない。
「食せる物?」
「えぇ。果実もですけど、根についてもお話しされていましたのよ。一見、食べられなさそうなのに、実は食べられるのですってね」
「あぁ。そういう物もあるわね」
「それに、薬として使える物もあると仰っていましたわ」
「薬? 根を?」
「えぇ」
植物に薬という単語に、嫌な予感がする。
思わず顔をしかめてしまったのか、こちらを見ていたリズがクスリと笑った。
「私には分かりませんでしたけど、もしセイが一緒に話を聞いていたら、ピンとくる植物の名前も出ていたかもしれませんわね」
「そうね……」
リズの言う通り、食用植物の中で薬にもなる物はある。
その場で話を聞いていたなら、テンユウ殿下が話している植物が薬用植物に偏っていることなんかにも気付けたかもしれない。
あくまで、もしもの話で、実際に偏っていたかなんて分からないのだけど。
「こちら、覚えているものだけになりますけど」
「……、ありがとう」
そっと差し出されたのは一枚のメモ。
メモにざっと目を通して、思わず苦笑した。
書かれているのは植物の名前だ。
恐らく、テンユウ殿下が口にした植物の名前だろう。
流石、リズ。
「薬となるものも交ざってるけど、特に偏っている感じはしないわね」
「セイから見てもそうですのね」
「えぇ。ただ、この国ではって注釈は付くけど」
一覧に載っている植物は、スランタニア王国では薬用でも食用でもない、ただの植物も交ざっている。
ただ、そういったスランタニア王国では普通の植物が、ザイデラでは薬用だったり、食用だったりするかもしれない。
そういう可能性について説明すると、然もあらんとリズは頷いた。
「セイはテンユウ殿下と顔を合わせないようにしていると伺っていますけど、一層気をつけた方がいいかと思いますわ。そろそろ、研究所の視察も始まりますし。薬用植物研究所も対象に入っていましたわよね?」
「えぇ、入っているわ。その日は研究所にはいないようにしようと思っているの。でも、リズが言う通り、普段も気を付けるわね。ありがとう、リズ」
私からリズに、テンユウ殿下と顔を合わせないようにしている話はしたことがない。
けれども、第一王子の婚約者でもあり、学園でもテンユウ殿下の相手をするため、王宮から何らかの説明があったのだろう。
だからこそ、学園でもテンユウ殿下の動向に気を配ってくれたのだと思う。
心配してくれるリズにお礼を述べると、リズはニッコリと微笑み返してくれた。