89 御一行の到着
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気温が徐々に高くなり、夏が近付いて来たなと思う頃。
ザイデラより王子様御一行がやって来た。
王子様の留学と言っても、来るのは王子様だけではない。
偉い人が来るときは、随行する人達も一緒にやって来るので、それなりの大所帯だ。
後から侍女さんに聞いた話では、彼等の馬車の列は王都を賑やかしたようだ。
外国から貴賓が来たということで、お祭り騒ぎだったらしい。
遠路遥々やって来た一行は、一晩休んだ後に、国王陛下に謁見する予定だ。
私も国王陛下と並ぶ身として、その謁見に参列する。
【聖女】の存在を完全に隠した方がいいのか、それとも形だけでも見せた方がいいのかは、最後まで揉めた。
最終的に、ザイデラの人達には恐らく【聖女】の存在がバレているだろうと、後者の意見に落ち着いた。
そして、最初と最後の謁見にだけ参列することになった。
謁見の場では、立っているだけでいいらしい。
それだけなら問題ない。
夜に開かれる、一行を歓迎するための宴には参加しなくていいのだから。
やはり、外国からのお客様ということで、こういう催し物が開かれるようですよ。
王宮の人達の中には、この宴にも参加して欲しそうな人がいたけど、そこは丁重にお断りするつもりだった。
きちんと断れるか少し不安だったけど、杞憂に終わった。
私が断るまでもなく、宰相様が却下してくれたからだ。
グッジョブです、宰相様。
そうして、臨む謁見の場。
公式な場ということで、お披露目のときと同じように、朝から王宮で支度に追われることになった。
支度は侍女さんが行ってくれるので、私は侍女さんになされるがままになっていればいい。
衣装はお披露目で使用したローブを再び着ることにした。
高貴な人達は催し物毎に衣装を新調するものらしく、王宮の人達も前例に倣って、新たに作る気満々だった。
けれども、庶民の私にはもったいなく感じられたので、言葉を尽くしてお断りしたのだ。
同じ衣装を着回すことに侍女さん達が難色を示したけど、小物を変えることで勘弁してもらった。
追加された小物の最たる物は白いベールだ。
【聖女】の参列を示しつつも、その容貌を明らかにしたくない上層部からの提案によって、追加された。
このベール、緻密に編まれたレースでできているため、頭から被ることで顔を隠すことができるという優れ物。
裾には重石代わりにいくつもの宝石が縫い止められていて、風が吹いても捲れることはない。
実は、この宝石にも仕掛けがある。
宝石には認識阻害の魔法が付与されており、レースの隙間から見える髪の色や容貌が認識し難くなっているのだ。
ちなみに、師団長様謹製だ。
今まで魔法付与で認識阻害を行うという考えがなかったようで、概念を説明すると嬉々として開発に取り組んでくれたわ。
本来であれば、どういう属性の魔法が必要になるか調べる必要があるのだけど、全属性の魔法が使える師団長様には必要なかった。
完成後に聞いたところ、闇属性魔法を付与することで作れたらしい。
そんな便利なベールだけど、唯一の難点は外から顔が見えない代わりに、私からも外が見えにくいことくらいだろうか。
お陰で、会場までエスコートしてくれる人が必要となった。
準備がほぼ完了し、侍女のマリーさんが用意してくれた紅茶を飲みながら時間になるのを待っていると、部屋のドアがノックされた。
ドアの側にいた侍女さんが応対に出ると、迎えが来たことを告げられる。
「第三騎士団団長、ホーク様がお越しになりました」
「ありがとうございます。お通ししてください」
告げられた名前に少しだけ驚く。
お披露目のときと同様に、今日のエスコート役として第一か、第二騎士団の人が来ると思っていたからだ。
ほとんど知らない人の腕を取らないといけないかと緊張していたので、ちょっと嬉しい。
部屋に入ってきた団長さんは、いつもより煌びやかな騎士服を着ていた。
行事に参列するための物だろう。
ご尊顔と相まって、キラキラが二割増しな気がする。
そして挨拶の口上と共に、いつものようにお褒めの言葉をいただいた。
大丈夫。
最近はこうして褒められることにも慣れてきた。
淑女よろしく、引き攣らない笑顔でお礼を言えるようになったもの。
内心で上手く対応できたとガッツポーズをしていたのだけど、そうして油断していたのがいけなかったのかもしれない。
いよいよ外に出るからということで、ベールを被ったときだった。
「まるで花嫁さんのようですね」
十代後半くらいの侍女さんが輝くような笑顔で、そんなことを言った。
白尽くめの格好にベールという姿は、確かに花嫁みたいだとは思う。
だから頷こうとしたときに、ふと団長さんの方を見たのが間違いだった。
最初はお互いに、きょとりとした表情で目を合わせただけだった。
けれども、団長さんの目が細められ、口元が緩やかに弧を描いたときに、嫌な予感がしたのだ。
これは、あれだ。
何か企んでいる顔だ。
かくして、攻撃は放たれた。
「ならば、私は花婿といったところだろうか?」
一拍置いた後に、考える。
白い衣装を着ているのは私。
イコール、私が花嫁?
そして団長さんが花婿?
イッタイナニヲオッシャッテイルノカシラ?
色々と一足飛びにしてしまった妄想に、思考が固まる。
後から考えると、ただ「何を言ってるんですか」と呆れればよかった。
他の人相手だったら、すぐに出せた台詞だと思う。
でも、相手は団長さんだ。
口に出すよりも先に、じわじわと頬が熱くなる。
団長さんはというと、私の反応を見て、企みが上手くいったという風に、目を一層甘く緩める始末だ。
侍女さん達から声にならない悲鳴が上がったような気がする。
「セイ?」
「~~~~~っ!」
団長さんが私の顔を覗き込んで来たのに気圧されて、思わず肩が揺れる。
今更、何を言えというの!?
反応が遅れたせいで、余計に窮地に立たされた気がする。
殊更、恋愛方面に縁がなかった身としては、こういうときにどう対処したらいいのか、すぐには思いつかなかった。
そんな私を見かねたのか、マリーさんが助け舟を出してくれた。
「恐れながら、お時間が迫っております」
「あぁ、そうだな……。では、行こうか」
「はい……」
団長さんは少し残念そうな顔をしたものの、マリーさんの言葉にすんなりと頷いた。
そうして、エスコートのために私へと手を差し出す。
差し出された団長さんの掌の上に手を載せつつ、ほっと一息吐いた。
そして、お礼の気持ちを込めてマリーさんに軽く会釈をすると、マリーさんも目元を和らげてくれた。
廊下に出てからは、団長さんもお仕事モードになったらしく、特に揶揄われることもなかった。
表情も部屋の中で見せていたものとは異なり、無表情に近く、キリッとしている。
普段、あまり見ることのない表情に、少しときめいてしまったのは内緒だ。
会場へ到着し、中へ入ると、既に多くの人達が揃っていた。
団長さんに先導され、予め知らされていた位置へと向かう。
陛下が立つための台にほど近い、所謂上座にあたる位置である。
ただ、台の上ではなく、一段下がったところとなる。
地位から考えるとありえないのだけど、あまり目立ちたくないので、この位置にしてもらった。
当初の予定では、陛下や宰相様と一緒に台の上に立つ予定だったんだけどね。
参加してることさえ王子様達に認識してもらえればいいので、この位置でいいと押し切った。
本音を言うと、先頭ではなくて、大臣達に紛れていてもいいくらいだったのだけど、流石にそれは却下された。
所定の位置に着くと、一旦団長さんとはお別れだ。
団長さんは団長さんで、他の騎士団長様達が並んでいるところに並ぶらしい。
とはいえ、そう離れていない位置ではある。
そうして少し待つと、進行役の典礼官さんがザイデラ御一行の入場を告げた。
会場の扉が開かれ、王子様達が入場する。
先頭を歩いているのが、件の王子様だろう。
王子様の入場に合わせて、何故か一部の人達が騒めいた。
理由は、王子様が近くまで来たところで何となく理解できた。
ベール越しのため、個々人の容貌はあまり分からないけど、髪の色は判別できる。
モルゲンハーフェンで出会った人達と同じく、ザイデラの人達は黒や焦茶色の髪の人達が多かった。
それは王子様も例外ではない。
事前情報では、年齢は十六歳だと聞いている。
名はテンユウ。
ザイデラの皇帝の七番目の側室の息子で、第十八皇子らしい。
側室という言葉から想像できる通り、ザイデラは一夫多妻制だ。
故に、皇子皇女の数もスランタニア王国と比べて多い。
スランタニア王国の人達と比べると、身長はあまり高くない。
しかし、テンユウ殿下以外の人達も同様なので、ザイデラでは標準的な身長なのだろう。
ただ、周りと比較しても、殿下は少し痩せ気味のようだ。
まぁ、それはいい。
それよりも目を引くのは、顔の真ん中で大きく主張している瓶底眼鏡だ。
皇子様というより、随行して来た研究者の一人だと言われた方が納得できる。
先程の騒めきは、そんな彼が先頭を歩いていたために起きたのではないかと思われる。
周りにいる高位の人達は全く動じていない辺り、流石だ。
予想外ではあったけど、見た目通り、テンユウ殿下は真面目そうだった。
謁見の際の、陛下への挨拶もしっかりしていた。
年齢の割に、とても落ち着いている感じがする。
これなら、王立学園でリズ達と過ごすことになっても大丈夫だろうか。
大丈夫だといいな。
そうして、謁見は無事に終わり、皇子様御一行が退場した後、私達も解散となった。
夜には宴が開かれるようだけど、そちらには出ない。
次にテンユウ殿下と顔を合わせるのは、帰国前の謁見のときだ。
後は見つからないよう、ひたすら隠れるのみである。